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フレッシュの値段交渉

東名高速・大井松田IC付近、16時55分。


春先の陽射しが薄曇りの中に差し込む中、山間を縫うように走るミラVAN。窓を閉め切ったその車内には、湿気を帯びた空気が重くのしかかる。だが、その正体はただの湿気ではない。フレッシュ――その愛の織布から発せられる爆淫香が充満し、車内は常人なら理性を保てぬほどにむせ返っていた。


後部座席のシンジの額には、汗がじんわりと滲む。ただ暑いのではない。緊張と、そして今まさに自分が交渉に踏み出すという高揚感が入り混じっているのだ。


前席では、彩香とすずが無言で見守っていた。二人とも、下半身のスースー感に耐えながらも、この瞬間を逃すまいと息を潜めている。


シンジ、意を決してスマホを手に取る。指が、かすかに震えた。


ピッ…ピッ…ピッ…

通話音が鳴る。ワンコール。ツーコール。すぐに、相手が出た。


「はい」


それは、相も変わらず無機質で冷淡な野崎の声だった。心臓が一瞬キュッと掴まれるような感覚に襲われながらも、シンジは言葉を絞り出す。


「オ、オレだよ…」


「あと1時間ですけど。まだ神奈川県ですか?」


野崎の声には、わずかな皮肉が滲んでいた。


「そ、そうだよ…あのさぁ、ちょっと聞きてえんだけどさ…」


「時間は18:00から変更は出来ません」


わかってる。わかってるんだ、そんなことじゃねぇんだ。シンジはぐっと唇を噛み、言葉を叩きつける。


「いや、そうじゃなくてさ…お前、あのフレッシュ届けたら、依頼人からいくらもらうことになってるんだ?」


通話の向こうで、わずかな間が空く。だが野崎の声は冷静そのものだった。


「それは守秘義務があるので教えられません」


「そうかよ。だったら、15億以上は貰うことになってんだろうな?」


「15億…ですか?」


野崎の声に、初めて僅かな動揺の気配が混じる。それを感じ取ったシンジ、畳みかける。


「そうだよ!このフレッシュ達は、相当な上玉のもんだ。それにな、もう18時間近く熟成されてて、匂いがすげえんだぞ?知ってっか?爆・淫・香だよ!」


助手席で聞いていた彩香が、無意識に脚をすり合わせる。運転席のすずも、手を胸元に添えて俯いた。


「爆淫香…?」


「そうだよ!それにな、フレッシュからの湯気で、爆淫液までも抽出できるんだ。これを首筋に一滴だけ垂らした女性警官がどうなったか…知らねえだろ?」


「……」


「パトカー戻った途端に、同僚とユッサユッサだぞ!どんな媚薬より効くんだよ、これ!こんなもん15億でも安いぐらいだ!」


声が震えていた。怒りではない。興奮でもない。これは、商談だ。命がかかっている。


「お前もしこれを数百万とかで売ろうとしてるんならよ、世間知らずの大馬鹿野郎だぞ?だから、オレ達と取引しようぜ!」


沈黙。野崎は喋らない。しかし、切られてもいない。


シンジは勝負に出る。


「今ここにいる彩香がな、15億で買う奴を探すって言ってんだよ。お前には半分渡す。7億5000万だ。今の金額と比べて、どっちが良いか…もう分かるよな?どうだ?」


しばらく、通信の向こうはノイズ混じりの沈黙に包まれた。車内の誰もが息を呑み、通話に耳を澄ませていた。


そして、ようやく──


「……わかりました。少しお時間を下さい。折返し電話します」


プツッ。

音もなく、通話が切られる。


シンジ、スマホを握ったまましばらく硬直していたが、やがて顔を上げた。


「ヨシ…野崎が乗ってきたぞ…!」


スマホを握る手に、確かな手応えが戻る。


「彩香!お前はこのフレッシュを出来るだけ高値で買う、ド変態を探すんだ!個人でも組織でも、何だっていい!人間以外でもいいぞ!」


「分かったわ!探す!」


助手席で、彩香が即答する。スマホを構え、どこかにアクセスを始める。


すずは、やや呆れながらも微笑んでいた。


「ほんとに、シンジって時々すごいね…」


「だろ?」


妙な誇らしさを滲ませながら、シンジは鼻を鳴らす。


爆淫香に満ちた車内は、まるで戦場のように熱を帯びていた。だがその熱は、今や恐怖ではない。交渉、駆け引き、そして未来への希望だ。


この命懸けのフレッシュ輸送ミッションが、ついに大きな転機を迎えようとしていた――


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