第98話 英雄と反逆者
あの夜から数ヶ月。僕の監視は以前にも増して強くなった。
部屋には常に二人の兵士。扉の外には全身武装した兵士が四人。
そこまでか――とも思うが、魔物を使役しているとなればその対応も当然と言えるだろう。
あの時聞こえた声は、以来ばったり聞かなくなった。有象無象は“女神に見放された”と口々に囁く。
僕の精神状態は非常に危険な域まで達していた。
『ダンナ、ダンナ!!』
『主人様……』
例の二匹は僕の中に《《しまって》》いる。時々こうして念話で話しかけてくれているのが唯一の救いだろうか。
(……どうした?)
『今日が何の日か覚えてますかい?』
(何かの記念日だったか? すまない、思い出せないよ)
『ダンナの誕生日ですぜ!』
誕生日……?
あぁ、そうか。もうそんなに月日が経ってしまったのか。
『ささやかながらお祝いを――と思いましたが、この状況では出来そうにありませんね……』
『オイラたちのせいで、本当にすまねぇ』
(気にしないで。こうなってしまったのは僕の行動が原因なんだし)
『でも、主人様。そのお顔はあまりにも……』
(そんなにヤバい顔してる?)
『こう言っちゃなんですが、今にも死にそうですぜ』
『コラッ! グラウス!!』
『す、すまねぇ……でも心配なんですぜ』
確かにここ最近、生きる意欲という者柄薄れている気がする。別に死にたいわけではない。しかし、生きたいとも思えないのだ。
まるで、生きた屍だな。
「お、お待ち下さい、大佐!」
何やら外が騒がしい。
僕の処刑でも決まったかな。もしそうなら清々しくて助かるけど。
「我が兄から許可は得ています。通しなさい」
「そのような報告は……」
「上官命令よ。まさか、従えないと言うの?」
「い、いえ……」
この声は彼女か。
「久しぶりだね、エリシア」
「随分痩せたわね、バルト。居心地はどうかしら?」
「ダイエットにはもってこいの場所だよ」
ふふっと笑ったエリシアの目は、すぐに真剣な表情へと変わる。
「バルト・クラスト。今より貴方を隣国、インヒター王国へ引き渡します」
そう、きたか。
「これも外交よ……ごめんなさい。貴方を救いたかったのに」
「君が謝ることじゃない。色々と手を尽くしてくれてありがとう」
「バルト……」
目に涙を浮かべる彼女に、僕は精一杯の力で笑って見せた。
◇◇◇◇
港には既に護送艦が到着し、物々しい警戒態勢がひかれていた。
今の僕に何ができるわけでもないのに、これじゃ税金の無駄遣いだろ。
「引き渡しには、インヒター王国第一王女、シュリア・リッチ・インヒター殿下が参加されるわ」
「ありがとう。それじゃあ、身だしなみを整えないと、だね」
「バルト……」
エリシアは僕の肩を引き寄せ抱きしめてくれた。ふわりとした花の匂いと、温もりがほんの少しだけ僕心を癒した。
「まだ軽口を叩く余裕があるようだね。バルト・クラスト」
背後から現れたのは、黒い外套に身を包んだリューク准尉だった。
「リュークさん。いつもと装いが違うようだけど、まさか一緒に行ってくれるのですか?」
「その予定ではなかったが、急遽行くことになりましてね」
「そんな……そんな話は聞いておりません!! どういうつもりですか!?」
「おや、何をそんなに焦っているだい? エリシア」
「いえ、なにも……」
リューク准尉は僕の目の前に立つと、ボロボロになった服の懐に手を入れた。
「やはりね。エリシア、君は自分が何をしようとしているのか分かっているのかい?」
そう言って手錠の鍵を取り出すと、鋭くエリシアを睨んだ。
彼女は僕を逃そうと最後の強行に出たのだろうが、それもあっけなく潰えてしまった。
「何か言うことはあるかい?」
「なにも無いわ」
「君の処分は帰国してから考えるとしよう。それまでは帝都の自宅で謹慎とする」
あぁ、こうして彼女の未来まで潰してしまうのか僕は。
もう嫌だ。
こんな思いをするくらいなら……
――誰か、殺してくれ。
「おい、バルト、バルト……気をしっかり保って……」
どこからか小さく声が聞こえる。
エリシアか、いや、違う……これは――
ガコンッ――と鈍い音が鳴ると同時に、両手が軽くなるのを感じる。
「手錠が、どうして……」
「兄さん……な、何をしているの、ですか?」
手錠を外したのはリューク准尉。しかし、様子がおかしい。
これは前にも見たことがある。晩餐会で偽装魔法が破れるあの瞬間と同じ。
「いやぁ、久しぶりだね二人とも」
徐々にその姿が顕になっていく。
「ボクだよ、忘れちゃったの?」
「「ダリウス!?」」




