第97話 仮面の晩餐
夜の帳が下りると同時に、帝都の城は光に包まれた。
数十の燭台と、飾り立てられた銀器。
それは、秩序という名の仮面をかぶった祝宴だった。
「――晩餐の場には、各国の使節が集まる。君も同席してもらう」
リューク准尉は淡々と言い放つ。
軍服の襟元は整えられ、冷たい青の瞳には一片の感情も見えない。
「……僕が行く意味は?」
「異邦の英雄が帝国に忠誠を誓う。その姿を見せることが、最大の意味だよ」
要するに、見せ物。
僕の思想など、彼らにとっては外交の飾りに過ぎない。
それでも、行くしかない理由があった。
――幻影魔法の実験を成功させた今、グラウスとバジリを“人として”連れ出す好機なのだ。
◇◇◇
晩餐の夜。
大広間の天井に吊るされたシャンデリアが、光の海を作っていた。
各国の貴族が笑顔を貼りつけ、杯を掲げ合う。
リュークが中央に立ち、帝国の威光を誇るように言う。
「我ら帝国は、人族の平和を守り抜く。魔族に心を許せば、必ず滅びが訪れる」
その言葉に、周囲が頷いた。
彼らにとって、魔族は“理から外れた存在”であり、共に生きるなど思いもしない。
僕はその列の隅に座り、幻影に包まれた二人――
今は人間の姿をしたグラウスとバジリをそっと見やった。
彼らは静かに立ち、控えめに給仕の真似をしている。
それだけで胸が熱くなった。
その時、背後から小声が聞こえる。
「噂では、インヒター王国の王子が魔族と通じているらしいな」
貴族の囁きが耳に刺さる。
――インヒターか。
◇◇◇
その刹那、空気が震えた。
バジリの幻影が、一瞬だけ乱れたのだ。
光が弾け、彼女の額から小さな角が覗く。
「――魔族だ!」
悲鳴が上がり、椅子が倒れた。
貴族たちが後ずさり、剣が一斉に抜かれる。
リュークの視線が、氷のように僕を射抜いた。
「バルト。これはどういうことだ?」
心臓が跳ねた。だが、もう退けない。
「彼女は魔物じゃない!」
「帝国では、魔族も魔物も生かさない。それが秩序だ」
「秩序? それが正しさなのか!」
怒鳴った瞬間、頭の奥に声が響いた。
――バルト。
また会えたね。
あの“女神”の声だ。
けれど、その声色は前よりも冷たい。
> 『お前は理を乱す。世界が拒むのも当然だ』
> 『秩序こそが、我が造りし世界の根。お前はそれを壊そうとしている』
「……女神が、そう言ってるのか」
無意識に口に出た。
リュークが眉をひそめる。
「誰に話している?」
答えずに、僕は拳を握った。
「理なんか、知るか。生きたいって気持ちまで、罪にするのか!」
バジリが震える声で叫ぶ。
『わたくしは、ただ――人と共に、生きたいだけです!』
その言葉が響いた瞬間、幻影が再び戻り、彼女の姿は人間に戻った。
けれど場の空気はもう、戻らなかった。
◇◇◇
晩餐は混乱のまま中止となり、僕は拘束を命じられた。
部屋に戻る途中、兵士たちの囁きが聞こえる。
「異邦の英雄は、女神に見放されたらしいな」
「理に背いた者は、いずれ消える。そういうものだ」
足元の石畳がやけに重い。
世界そのものが、僕を拒んでいるようだった。
けれど、廊下の奥――誰もいないはずの暗闇から、別の声がした。
> 「……まだ、信じているわ。あなたの理想を。」
その声は、あの女神のものではなかった。
柔らかく、けれど底に微かな熱を秘めている。
> 「私は“ノクト”。光の女神が見放した者を拾う影」
> 「あなたが望む世界が、本当に‘普通’なら――私はあなたを導きましょう」
暗闇の中、ほんの一瞬だけ、白銀の瞳がこちらを見た気がした。
そして夜が、静かに、深く沈んでいった。




