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凡夫転生〜異世界行ったらあまりにも普通すぎた件〜  作者: 小林一咲
第3章 凡人は牙を研ぐ

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第96話 傾向と対策

 グラウスの体温が背中越しに伝わる。剣先がまだ僕たちを狙っている。

 それでも一歩も退かなかった。


「……連れて行け」


 リュークの短い命令が下り、僕とグラウスは兵士に囲まれて連行されることになった。



 冷たい石造りの部屋。

 机と椅子が置かれただけの簡素な空間で、僕は椅子に座らされていた。

 目の前にはリューク准尉。組んだ腕を机に置き、じっと僕を見据えている。


「説明してくれ」


 その一言に、喉が乾いた。

 だがもう、誤魔化す気はなかった。


「……あいつらは、ただ生きたいだけなんだ。人を襲う気なんてない。過去に過ちがあったとしても、それを繰り返すつもりはない」


 僕は拳を握りしめた。

 兵士の視線よりも、この冷酷な軍人の沈黙のほうがよほど堪える。


「人と魔物が……共に生きられるんじゃないか。僕はそう思う」


 一瞬、空気が揺れた気がした。

 だがリュークの表情は変わらない。


「……甘い理想論だね」


 彼は冷ややかに吐き捨てた。

 そして、わずかに口元を歪める。


「だが、その言葉は外交で利用できる。異邦の英雄が魔物との共存を説く――各国に与える影響は小さくない」


 立ち上がり、背を向けて出口に向かう。

 冷たい声が石壁に響いた。


「考えておく。君はすぐに部屋へ戻りなさい」


 扉が閉じ、部屋に静寂が戻った。

 僕はただ、唇を噛みしめるしかなかった。



 尋問が終わったあとも、胸の奥に重たいものが残っていた。


 リューク准尉の冷たい言葉。利用価値があるから放っておく、という態度。


 あの人の目には、僕も、グラウスも、バジリも……ただの駒にしか映っていないのだろう。



 部屋に戻ると、すぐにグラウスが土下座を始めた。


『だ、旦那ァ! 本当にすいやせん! オイラ、ちょっと散歩するだけのつもりで……』


「……散歩で馬車をひっくり返す奴があるか」


『ひ、ひぃ……!』


 隅に座っていたバジリが、かすかなため息をついた。


『だから申し上げたでしょう、外に出て良いことなんて一つもないと……』


 彼女の声はいつもながら上品で落ち着いていたけれど、今はほんの少し震えていた。

 心配でたまらなかったのだろう。

 僕は頭を掻いて、二人を見回した。


「……これ以上は、誤魔化せないな」


 帝国では「魔物は徹底排除」が鉄則。

 けれど彼らと過ごすうちに、僕の中では別の考えが芽生えていた。


 彼らを“隠す”のではなく、“人として見せる”方法が必要なんじゃないか、と。


◇◇


 その夜、僕は護衛兵の目を盗んで、城の文庫に忍び込んだ。


 整然と並ぶ魔導書の背表紙に指を滑らせながら、目的の一冊を探す。



 ――あった。


 〈幻影魔法の基礎〉。

 人の目を欺き、姿形を偽るための魔法。

 これを応用すれば、彼らを人間と同じ姿に見せかけられるはずだ。



 蝋燭の灯りを頼りに、僕はページをめくった。

 魔法陣の描き方、魔力の流し方、視覚の錯覚を強制する理論。

 難解な言葉に頭が痛くなるけれど、そんなことを言っている場合じゃない。


◇◇◇


 数日後。


「よし……出来た!」


 僕は床に描いた簡易陣に両手をかざした。

 淡い光が広がり、グラウスとバジリの身体を包み込む。

 眩い閃光のあと、そこに立っていたのは――。


『お、おお!? 旦那ァ、手足がつるつるだ! 角もねえ! しかもイケメンじゃねえか!』


 鏡を見て大はしゃぎするグラウス。


『……まるで夢のようですわ』


 恥ずかしそうに頬を染め、裾をつまむバジリ。

 二人は、どこからどう見ても人間の紳士、淑女だった。


「……よかった」


 胸の奥の緊張が、一気に解けた気がした。

 それからというもの、僕たちは狭い部屋の中で鍛錬を始めた。

 グラウスの多動っぷりに折れて、仕方なく剣術や魔法の練習を付き合う羽目になったのだ。


『旦那ァ、もっと本気出してくだせえ!』


「うるさいな、僕だって疲れてるんだよ!」


『まぁまぁ……グラウス、あまり無茶を言ってはなりませんわ』


 そんな騒がしい日々。

 でも、不思議と心は落ち着いていた。

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