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凡夫転生〜異世界行ったらあまりにも普通すぎた件〜  作者: 小林一咲
第3章 凡人は牙を研ぐ

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第91話 選択の刻

 戦の始まりは、僕らの方が押していた。


 ファンの采配で盾を組んだ兵たちが、矢の雨を浴びながらも敵を押し返す。僕も剣を振るい、ただ無我夢中で敵を斬った。血の匂いにむせび、腕はすぐに痺れたけれど、不思議と恐怖はなかった。ただ「ここで退けば全てが終わる」という思いだけが、体を動かしていた。


 だが、優勢は長くは続かなかった。


 白銀に輝く鎧の列が霧を切り裂き、轟音のような鬨の声が戦場を震わせた。八百の聖騎士団。その先頭に立つのは、冷たい光を宿すユーア王子。馬を駆り、抜き放った剣に朝日を浴びせていた。


 その瞬間、戦の空気が一変した。

 重装備の聖騎士が壁のように押し寄せ、我らの陣形を簡単に引き裂いていく。矢を浴びても怯まない。槍で突いても倒れない。盾は弾き飛ばされ、兵が次々と地に転がった。


 「くそっ……!」


 僕は必死に剣を振った。だが、重さも速さも敵わない。かろうじて体を動かし続けることだけで精一杯だった。


 気がつけば、領民を匿った城門のすぐそばまで王国軍の旗が迫っていた。



 ――もう持たない。



 そんな言葉が、胸の奥で呟かれた。

 その時だった。


「バルト!」


 土埃を巻き上げ、一騎の馬が駆けてきた。

 外套に覆われた騎士――顔を見て、僕は息を呑む。


「……エリク大尉」


 かつて同じ隊で汗を流した戦友。今は王都の軍に仕えているはずの彼が、どうしてここに。


「まだ、一つだけ道がある」


 彼は短くそう告げると、僕とピグレット伯爵の前で馬を止めた。


「バルト……お前だけなら逃せる。隣国のシャイン大帝国へ。海路はまだ封鎖されていない。俺の伝手を使えば必ず逃げられる」


 耳を疑った。

 

「僕だけ……? みんなを置いて?」


「ここでバルトが死ねば、この戦は終わる。領も、民も、未来も失われる。生き延びなければ意味がない」


 僕は何も言えなかった。


 剣を握る手の中に、汗が滲む。

 ――逃げる? 僕が? そんなことをすれば、裏切り者じゃないか。


 僕のせいで皆が戦っているのに。僕が背を向ければ、それは全部無駄になる。


 その時、背後から声がした。城壁に避難していた領民が、幾人も身を乗り出して僕を見つめていた。涙に濡れた顔。けれどその瞳は、揺るぎなく僕へ向けられていた。


「この戦いは、君だけのためじゃない!」

 

「あなたが生きなければならぬ! それが私たちの願いだ!」


 胸を殴られたような衝撃だった。

 僕は呆然と民を見返した。責める言葉など一つもない。誰も僕を裏切り者と罵らない。むしろ――「生きろ」と背を押している。


 ピグレット伯爵が苦渋の表情を浮かべながら僕に視線を向けた。

 

「……選ぶのはお前だ、バルト。生きるか、ここで死ぬか」


 僕の心臓は激しく脈打ち、全身が熱に包まれる。

 戦場の喧噪が遠のき、血と炎の匂いさえ霞んでいく。


 ――僕が生き延びることが、この戦の意味。

 ――僕が死ねば、全ては消える。


 わかっている。頭では理解している。

 でも、足は地に縫い付けられたみたいに動かない。剣を握る手は震えて、今にも折れそうだ。


「僕だけが……生きるのか」


 呟いた声は自分のものと思えないほどかすれていた。


 それでも――皆が望むなら。

 僕が逃げることで未来が繋がるのなら。

 胸の奥で、熱い炎が燃え上がった。

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