第77話 考えごと
部屋に残された静寂は、まるで重い霧のように僕の周りを包み込んだ。
「バルト、大丈夫? 兄上の言葉、気にしないで。本当に失礼なことを言って……」
シュリアが心配そうに僕の顔を覗き込む。
「大丈夫ですが……少し考えたいことがあって」
◇◇
ユーグ・ドリシャンと名乗った魔族と、その直後に会った幻の第一王子。見た目は完全に同一人物と言わざるを得ないほどに似ていた。
考えすぎかもしれないが、《《もしも》》の場合に備えて警戒は怠らないようにしよう。
まぁ、王子の態度や言動からしてみると、同一人物という可能性は低いだろうが、今は証拠が少ない。
「今は様子見か」
ぼんやりと天井を見上げてそう呟きながら、王子の言葉を思い返す。
『――君は魔族か、人間か』
確かにテオドラック海岸での一件は、僕にとっても理解できない事だった。
人の言葉を話す上位種の魔物と実際に会話をし、退けたのも事実。だが、きっとあれは僕が特別というよりも……。
「もう、わからない!!」
僕は不貞寝を決め込んだ。
◇◇
「元気そうで何よりだ」
翌朝、近衛騎士団の団長室へ呼び出された。団長の柔らかい表情は一瞬だけで、すぐに仕事モードへと変わる。
「国境近くの黒の森で魔族の痕跡が確認された。イシュクルテと共に調査へ向かってくれ」
「はっ。しかし、僕は今王女の護衛で――」
「これはユーア王子の進言だ。頼んだぞ」
ユーア王子が僕を指名した?なぜ?
信用できないのではなかったのか?
「詳細はここに書かれている。準備が整い次第、即刻出発だ」
試されている――そう思った。王子は僕を監視し“本性”を暴こうとしているのかもしれない。ならばその信頼を勝ち得るために尽力するのみ。
僕は頷き、団長室を後にした。
◇◇
「遅くなってごめん……いや、申し訳ありませんイシュクルテ中尉」
「いいのよ、敬語なんて」
「でも一応は上官なわけだし」
「では命令します。バルト・クラスト少尉、以降の敬語と敬称は厳禁とします」
真剣な眼差しからの、その笑顔はズルい。
「りょーかい。よろしく、イシュクルテ」
「ええ、こちらこそバルト」
今回調査を行う黒の森は、王都から三日ほどの場所にある。大陸最大の渓谷があり、人の手が行き届かない場所であるため、魔物や未知の植物が多く生息しているのだという。
ちなみに、イシュクルテは何度か調査に行ったことがあるらしい。
「この渓谷って、どのくらいの深さなんだ?」
「わからないわ。下に降りた者はいないし、いたとしても帰っては来れないでしょう」
「そんなにか……」
「ええ、間違っても足を滑らせたりしないようにね」
フラグにしか聞こえないが。
王都から出発して五時間ほど。今日はここで野営することにした。
「しかし、他の騎士もつけないで二人だけの任務とは荒っぽい扱いだよな」
「……そんなものよ。王宮は私たちを《《ただの》》駒にしか思っていないもの」
焚き火にチラつく彼女の瞳は、とても寂しそうに映った。僕にも分からない、何か大きなものを無理やり背負わされているような――そんな気がした。
「先に寝るのと、後で寝るの、どっちが良い?」
「どちらでも良いよ。バルトに任せるわ」
「そ、そっか……」
多少の緊張感はあれど、二人での任務は楽しいものになるだろうと思っていたけれど、そんなに上手くはいかないよな。
結局、イシュクルテには先に休んでもらい、明方まで僕が見張りをすることにした。
どうせなら二人で朝まで語り合おう、なんて言える雰囲気でもなかったし、第一今は任務中だしね。
「仕方ない、仕方ない」
大きな独り言を空に向かって呟くが、厚い雲のおかげでそれが星々に届くことはなかった。
◇
「そこに居るのは誰だ?」
たんぽぽコーヒーを嗜んでいると、背後から何者かに声をかけられた。振り向いて見ると、三人の武装したパーティがいた。
なんだかコスプレ集団みたいだな。
派手さは認めるが、それは機能美ではなくただのオシャレな感じだ。耐久性もイマイチで殴っただけで凹みそう。
「その制服、王国の近衛騎士団か?」
「そうだけど。君たちは?」
「「「はぁ」」」
デッカいため息。
「いやーすまない。俺らは冒険者でな、火の光が見えたから盗賊でもいるんじゃないかって怯えてたのさ」
じゃあ話しかけないほうが良かったのでは?とも思ったが、彼らはそれなりに実績のあるパーティらしく、盗賊を討伐すると結構カネになるのだとか。
「俺たちも一緒に野営しても良いか?」
「ギルド証も確認したし、僕は構わないよ」
「ありがとう。助かるぜ」
んーやっぱりコスプレみたいなんだよなぁ、その装備。




