第70話 朗報でなくとも
「何者かによる計画、ですか……?」
僕はトミヨ婆さんの言葉に絶句した。
彼女は今回の魔物襲来、そして王都に現れた魔人の存在は、極めて国家的な政略によるものではないかと考察したようだ。
あの時現れた3体の上位種。彼らの発言からも『何かに召喚された』ということは分かっていた。しかし、改めて言葉にされると信じたくないという感情が生まれてしまう。
同じ人間であるはずなのに、と。
「前の世界にも戦争や陰謀なんてものはあったはずだ。それが今回だよ」
「でも、一体どうやって……」
「そこが問題なのさ。本来、召喚魔法というのは、大きな力を持つ魔法使いが何百人集まってやっと完成するもの。いわば女神的な力が必要なのさ」
女神――まさか女神が?
「まだ詳しいことは分からないがね。バルト、お前はあの時、あの戦場で何か妙なものを見なかったかい?」
「なにか――」
海上での戦闘は、およそ戦闘とは言い難い。魔物の数こそ多かったものの、最終的にこちら側の戦力が圧倒的だった。もっとも、リヴァイアサン、クラーケン、シレーヌが参戦していたのなら勝ち目は無かっただろうが。
「思いつかないか。まあ、仕方がないね」
「すみません」
「そういえば……」
トミヨ婆さんは思い出したように何かを探し始めた。やがて見つけると振り返って一言。
「これは朗報じゃないが、希望ではある」
そして、僕の片手ほどの大きさの瓶を手に取り、いつになく真剣な眼差しでそれを目の前に出した。瓶はコルクでしっかりと口が塞がれ、中には小さな紙切れが一枚入っている。
僕はそれを受け取り、コルクを外す。逆さまにして二度手のひらに打ち付けると紙切れがするすると落ちてきた。丁寧に折り畳まれた紙を恐る恐る開くと――。
<拝啓、この手紙を拾った君へ。君がこれを拾ってくれたことに感謝を。君の善意に甘えてしまうことになるが、願わくばこれをインヒター王国のオームという港町へ届けてくれないだろうか。そして、彼らに伝えてほしい。
私は生きている、と。
インヒター王国オーム領《《元》》警備隊副隊長
ファン・ダグラス>
「こ、これは本物なのですか……」
「わからん」
「誰がどこで拾ったのですか」
「外から帰ってきたら店の前に置いてあったのさ」
確たる証拠は何も無い。でも、本当に生きていたとして、どこかで誰かがこれを拾って、届けてくれたとしたら。
「泣くんじゃないよ、みっともない」
「すみません、すみません」
「ったく、まだ決まったわけじゃない。どこにいるのかも分からないんだしね」
そう。最初にトミヨ婆さんが言った通り、これは朗報ではなく、希望。今の僕にはそれだけでも嬉しかった。
◇◇◇◇◇
「苦っ!」
しばらく泣いて、ようやく落ち着きを取り戻した頃、トミヨ婆さんの不味いお茶を飲みながら少しばかり話をしていた。
僕は仕事や友達の話。彼女はご近所とのイザコザ話と、他愛の無い雑談だったけど。
そんな時、トミヨ婆さんが徐に大きな鏡を取り出した。懐かしのステータス写しの鏡だ。
「ほれ」
当然、躊躇することなく鏡の前に立つ。
*****
名前:バルト・クラスト
年齢:11(自覚=81)
レベル:15
腕力:45
器用:45
頑丈:45
俊敏:56
魔力:75(適正自覚属性=全属性)
知力:65
運:40
覚醒スキル【普通】(自覚=攻撃系???)
*****
「覚醒スキルに魔法適性が全属性かい……」
トミヨ婆さんは頬杖を付き、信じられないといったように首を横に振ったのだった。
◇◇◇◇◇
「報告は以上です」
「うむ、ご苦労だった。バルト・クラストが敵でなくて実に安心した」
世間に知られることのない魔導秘匿通信。そこで語られるは、1人の少年の事。
親友スパイをした彼の心は今にも砕け散りそうであったが、そんな彼に更に追い討ちをかける一言が浴びせられる。
「こちらでも調査を行った。彼と親友について――」
この組織に、もはやプライバシーや人権なんてものは関係ない。
彼は制服の胸ポケットから取り出した辞表を握りしめると、そのまま王都へと向かった。




