第61話 決断
魔物との戦いが終わり、ひと月が経とうとしていた。王都での魔人騒ぎも無かったかのように静まり返り、人々の関心も徐々に薄らぎ始めていた。
一方でオーム領テラドラック海岸付近では、人的被害は無いに等しかったが、海岸線は魔物の侵攻により荒れ放題となっている。
海洋騎士団の面々は、その後始末に奔走し、先延ばしになったリラ中尉の裁判について綺麗さっぱり忘れていた。
「御免ください」
きっちりとした身なりに、ハキハキとした口調で現れたのは現最高尋問官の御子息で、リラ中尉の代弁官を務めるユークリッド氏であった。
「……ご無沙汰です。ユークリッドさん」
「君は確かバルトくんだったね。リラ・ライトニングの裁判について相談があるのだが――」
「少々お待ち下さい!」
僕もまた、忙しさにかまけてリラ中尉の裁判を忘れていた。
「えっ?! 裁判の続きを2日後の正午に執り行う?!」
イザベラ海将は覚えていたようだったが、まさかの急展開に驚きを隠せなかった――というか、盛大に驚いていた。
「最高尋問官が急遽発表したもので……すぐにお伝えできれば良かったのですが、あの騒ぎが原因で中々王都から出れず」
「そう、ですか……」
心身共に疲労困憊なイザベラ海将はそのまま落ちるように腰を下ろすと、鋭い視線をユークリッド氏に向けた。
「で? 勝ち目は?」
「あります」
即答した彼に少々の動揺が見えたが、海将は鋭い視線そのままに――
「根拠は?」
「出し惜しみはできません。証人を3名用意しました」
この世界の裁判は、逮捕されれば8割以上の者が有罪となる。それは最高尋問官の権力が大きく、例え代弁官が優秀であっても彼らの勝率はかなり低い。
その上で大事なのは“証拠”と“証人”だ。
まず証拠についてだが、当たり前のように人を鈍器で殺せばそれが証拠になるし、魔法で燃やし殺しせば現場にその者の魔力の残穢が証拠になる。
しかし、今回の場合は人対人の反逆罪。それを証明することはできても、《《反逆ではない》》と証明することは難しい。
「そこで証人、か」
「はい。海洋騎士団には秘密裏に創設された特殊部隊がありますね?」
「……」
彼が言っているのは海洋騎士団に唯一存在する非公開の特殊部隊、内偵を生業としている特殊海影潜査部隊、通称“影魚”。
ユークリッド氏が何故それを知っているのかはさて置き、もし裁判でリラ中尉の証人としてその部隊員が赴けば、非公開部隊の存在を世界に知らせることになる。
そうなれば、海を挟んだ向こう側のシャイン帝国との軋轢が更に大きくなるだろう。
今すぐに王宮に相談したとしても、結論が出るまでに1週間はかかる。そもそも、たかが兵士ひとりのために国家機密を他国に公開するなど最早、天地がひっくり返っても無理だろう。
海将として、公人としての決断が迫られていた。
◇◇◇◇◇
「まさか、軍人さんだったとはねぇ」
私は未だ謎に包まれた孤島にいた。
この島の長はまさかまさかのシレーヌ。伝説級の魔物が支配する島など聞いたことがない。
ここは本当にどこなのだろう――。
「ねぇ! 聞いてるの?!」
「あ、あぁ、すみません」
「まったくもう。せっかく島長から滞在許可も貰って、『傷が癒えたら国まで送ってやろう』なんて言ってくれたってのにぃ」
「ありがたい話ですね」
「なにそれぇ、もっと喜びなよ! 普通はこの島で働いて生きていくしかないんだから!」
ん……普通は?
「つまり、君も?」
「そうだよぉ!」
この島は魔物を含めた全ての遭難者を労働源にしている、というわけか。一見良いようには聞こえないだろうが、当事者からすれば一度は諦めた人生を《《やり直せる》》としたらここまでの好環境は他に無いだろう。
「それにしても、魔物も遭難することがあるのだな」
「うん? あ、言ってなかったっけ?
ウチ、《《元人間》》だよ?」




