第60話 その正体
「ここは……」
男は目の前に映る現実に唖然とし、息を呑んだ。
小島ひとつ、人ひとりさえ見受けられなかった大海に突如として現れたクラーケン。そして、そのクラーケンに導かれてやって来たのは、まるで要塞のような島だった。
「驚いた?」
「ええ、とても驚きました」
いくら魔法があろうとも、このような要塞を造り上げられる技術力は今の人類には無い。ドアーフか、はたまた魔の力だろうか。
「通行手形を」
「はーい」
鎧で全身を覆った兵士。薄れてしまってはいるが、胸にはシャイン帝国海軍の紋章がある。ということは、やはりこの島はシャイン帝国の領土なのか。しかし、当たり前のようにクラーケンが通行手形を持っているし、謎が深い。
「……そちらは?」
「ああ、この人はウチが助けた迷い人だよ」
「あの……シールス殿、いくらなんでも連れて来すぎではありませんか」
やはりこのクラーケンはただの魔物ではないようだ。個体に名前が付いた魔物は、その事実だけでステータスが大幅に上がると言われている。
そして、もっと重要な懸念は、この個体に名を付けた存在がこの島にいる可能性だ。
“名を与える”という行為は本来、そのモノの人生を変える手段であり、知能を持った上位の存在だけが扱える最高級の魔法。
魔力のあるモノなら難しいことではないが、魔物ほどの吸収力があると、並みの人族には名付けなど不可能だろう。
「なにをぼうっとしてるの? 早く行くよ!」
「は、はい」
ここで萎縮してはならない――それは分かっているが、この大きな門もきっと《《人用ではない》》という証。警戒は怠らない方が良いな。
「クラーケン……いや、シールスと言いましたね。これから私をどうするつもりですか?」
「とりあえず今は島長が居ないから、その身体と体力を元に戻さなくちゃだよね!」
「島長ですか……」
「そう! この島の長でね、すっごく強くて優しい人なんだー」
優しい《《人》》か。あり得ぬ話ではあるが、不在というなら都合がいい。体力を戻した後に情報集めといこう。
「はい! いっぱい食べてね!」
「海の幸、それと肉ですか」
「あれ、もしかして嫌いだったり?」
「いえ、そんなことは無いのですが……」
「良かった! ここの料理は美味しいし、量が多いから遠慮せず食べてね」
どうやら悪意は無さそうだ。毒も入ってはいない、か。
いつぶりかのまともな飯。
あの頃の私は食事に感謝するなど表面上でしかしていなかったが、いざ食べられなくなると自然に感謝の念が湧き上がってくる。
「美味い、こんなに美味いものが……」
「え、泣いてるの?!」
いいや、きっとこの味は何度も食べたことのある味だ。空腹は最高の調味料というように、死を覚悟した後の料理がこれほどに美味であるとは。
「兄ちゃん、大変だったんだな」
「ええ、とても――」
声の方を見上げると、身体は確かに人のモノであるはずなのに、頭だけがタコの料理人が立っていた。
それ以上に驚いたのは、彼が身に纏った調理服の胸元には、オーム領警備隊の紋章が入っていたのだ。
「失礼、この服をどこで?」
「あ? ああ、これは俺のもんだ」
「そう、ですか」
捨てられた服を拾ったのか、はたまた殺して奪ったのか。いずれにしても、料理の腕は確かなようだ。
「とても美味しかったです。ありがとう」
「良いってことよ。俺もアンタがそんなに美味そうに食べてくれるなんて感激だぜ」
まるで私を知っているかのような口ぶりだが――。
「キミキミ、食べ終わったかい?」
「あ、ああ」
「よかった。今さっき島長が戻ったみたいだからさ、挨拶に行こうか!」
シールスと共に向かったのは島の中央部。大きな石碑の袂にある階段を下り地下へ。
そこには見たこともない魔道具や、鎧の兵士たちによって厳重に警備がされていた。
「島長、島長!」
「不敬であるぞシールス」
辿り着いたのは玉座の間であった。それは島長と呼ぶには些か品のある場所で、どこかの王宮と比べても大差ないほどに輝いている。
「ワタシはこの島を統括する、というかさせられている島長よ」
目が釘付けになるほどの美貌と妖艶な声色。間違いない、コイツは。
「あら、コイツだなんて酷い言い草ですね」
「し、失礼致しました。まさかこの目の黒いうちに《《シレーヌ》》様に出会えるとは」
「ふふふ、良いのよ。さて、貴方のことを教えてくれる?」
「はっ、私の名はファン・ダグラス。
インヒター王国は《《元》》オーム領警備隊副隊長でございます」




