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凡夫転生〜異世界行ったらあまりにも普通すぎた件〜  作者: 小林一咲
第2章 テラドラックの怒り

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第59話 砂塵に呑まれて

「君の裁判も、処刑も引き延ばされたよ。魔人に感謝するんだな」


 ボクは八つ当たり気味に言葉を吐いた。仕事は誠実に。なんて、そんな寛容な心は今の精神状態では到底待ち合わせることはできない。


 牢の中で痩せ細った囚人の女は、斜めに見据える黒い瞳に無念の色を浮かべて、軽蔑の言葉を並べたボクを見ようともしない。それが何とも腹立たしかった。


「そうですか」


 やっと口を開き、そう言うとすぐに口を閉じた。

 女の罪は国家反逆罪。騎士でありながら、悪党に心を喰われた哀れな奴。この囚人がこの先どうなろうとボクの知れたところではなかった。


「お前の――オーム領は大変な騒ぎだったぞ」


 怒りに身を任せてツラツラと守秘義務を話しているが、自分では止められない。たが、ボクがオーム領での魔物襲来の話をした途端、女の目色が変わった。


「オームは、騎士団や民に被害は?!」

「な、無いと聞いている」

「そう……良かった」


 この女は今でも騎士の《《フリ》》を続けるというのか。ボクの怒りは留まることなく溢れ出した。


「お前はもう騎士ではない! 他人ひとの心配をする前に自分のことを考えたらどうなんだ」

「それでも私は騎士でした。過去のこととはいえ、今でも仲間や家族、領民の心配をするのは普通ではないですか?」


 何を言っているんだこの女は。

 コイツは仲間や家族、民を裏切った身でありながら心配をするなど。


 ボクにとって彼女の言葉全てが挑発的に聞こえてしまう。


「……もういい。お前の処刑は既定路線だ。そこで怯えながら待つといい」


 あぁ、いつからボクはこんなにも――バルトは今でもあの頃のように笑っているのだろうか。


◇◇◇◇◇

 

 ここは、とある孤島から沖合数十キロ、お手製のいかだで漂流中の男が独り。

 

 水死体の如く身動きひとつせず、ただ流れるままにボンヤリと空を見上げていた。


「宝探しは難航を極めた、か」


 文字通りうわ言であるが、男の心は未だ死んでいない。“想い人”と言うと重過ぎるだろうか。男の探している宝というのは、まさしくひとりの女性であった。


 流れ着いた孤島で自分が独りだと悟った時、彼は生きることを選択した。きっとどこかでまた彼女の世話を焼く――そんな夢を見て。


「おーい!」


 誰かの呼びかけに、痩せ細った身体を起こす。しかし周りを見渡しても、船どころか魚の一匹も跳ねやしない。


「ははっ、とうとう潮時ってか?」


 男は幻聴が聞こえたのだと思い、また筏に寝そべると、陽気に口笛を吹き始めた。


「うるさいうるさい! その音嫌い!」

「五月蝿いのは幻聴さんでしょう? 最期くらい陽気に逝かせてくれませんかね」


 ――あの人が自由だったように、ね。


「ふぅーん。じゃあ助けなくても良いんだ?」

「幻聴さんに何が出来るとは思えませんが……」

「あぁもう! ゲンチョウって名前じゃないもん!」


 幻聴にも名前が付いているのか。

 面白い話だ。


「信じてくれないみたいだから姿を見せるね」


 幻聴がそう言った直後、筏がユラユラと揺れて海面に波の花がモコモコと湧き出し始めた。やがてそれが《《何かの仕業》》だと分かった時、海底からの気配に呑み込まれる他なかった。


「まさか……」

「どう? これで信じてくれた?」


 姿を現したのは《《イカ》》だ。


「あ、今しょーもないこと考えたでしょ?」

「いいえ」

「ホントにー?」


 訝しげな目線はコレが魔物だと思えないほどに可愛げのあるものだった。


「クラーケン、でいいのですよね?」

「うん! そうだよぉ」


 魔物が人のように話すとは。いや、確かに過去の文献によれば『上位の魔物であれば、他種族との意思疎通が可能』というのは事実。

 しかし、このクラーケンはそれだけではないような気がする。


 言い方が正しいか分からないが、この魔物は――


「人間らしいが過ぎる」

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