第100話 裏切り者
黒い石の神殿。
灯る炎は青白く、揺れるたびに影が歪んで見える。
(ここは……どこだ?)
目を開けた瞬間、背筋に悪寒が走った。
ただの地下ではない。魔族の気配が空気そのものに溶け込んでいる。
「起きたね、バルト」
背後から聞こえた声に振り返る。
「ダリウス……」
彼は以前と変わらぬ柔らかい笑みを浮かべていた――が、その瞳だけが鋭く冷え切っていた。
「説明してくれる?」
声が自然と低くなる。
「もちろん。むしろ聞いてもらわないと困る」
ダリウスは静かに息を吐いた。
その仕草だけで、何かを長い間抱えていたのが分かった。
「バルト。
ボクは“魔族側の人間に化けて潜伏していたスパイ”じゃない」
「……じゃあ、君はいったい」
「帝国直属の潜入要員だよ。
魔族内部に潜って五年。ずっと人間側のために動いていた。」
思わず息を飲む。
「魔族の……味方じゃない……?」
「味方なわけないでしょ。
むしろ何度も殺されかけたよ。笑えないね」
口調は軽いが、その目は痛々しいほどに疲れていた。
そして――
僕をここに連れてきた理由を語り始めた。
「バルト。君が“魔物を従えた”って噂、あれ全部魔族に筒抜けなんだ」
「……!」
「帝国より先に“魔族”が君を欲しがった。
君の精神が削られていったのは、遠隔で魔族が“接触”してきていたせいだよ」
『だ、ダンナ……そんな……』
『主人様の苦しみは……魔族の仕業……』
(……だからあんなにしんどかったのか)
ようやく全ての辻褄が合う。
「じゃあ……君は僕を連れ去ったんじゃなくて……」
「救い出したんだよ。魔族に捕らわれる前に。
本当に間一髪だった。あと数日遅ければ君は“魔核器”にされてた」
「魔核……?」
「魔族の兵士を量産するための核。
生きた人間に無理やり埋め込まれると、ほぼ確実に精神が崩壊する」
背筋が凍る。
「帝国はね、それを防ぐために君を“保護”する計画を立ててた。
でも帝国内にも魔族の協力者がいて、おかげで計画は全部筒抜け」
思い当たる顔がいくつも浮かぶ。
「……まさか、エリシアも」
「彼女は関係ない。むしろ君を守ろうとしていた側だよ」
胸の奥が少しだけ軽くなる。
ダリウスはゆっくり立ち上がると、神殿の奥を指さした。
「バルト。君はこれから魔族領の“深部”に送られる予定だった。
でもボクが儀式を妨害して、この転移を“浅層”にずらした」
「じゃあ……ここは……?」
「魔族の本拠地からはだいぶ離れてる。
今ならまだ“人間側”へ逃げられる」
ダリウスは僕の肩を掴む。
「バルト。
君は人間側に必要だ。帝国は君を守るつもりだし、ボクだってそうだ。
魔族に渡すわけにはいかない。絶対に」
『ダンナ……行きましょう……!』
『主人様、早くここから離れないと……!』
二匹も切迫した声で急かす。
「……でも、どうやって?」
「道は作ってある。
魔族の監視網をかいくぐって、人間領へ戻る。
そのための“作戦”をずっと準備してきた」
ダリウスは珍しく真剣に笑った。
「バルト。もう選択肢はないよ。
生きたいなら、ボクを信じてついてきて。」
その時だった。
神殿の奥から、低く響く唸り声が聞こえた。
『……見つカッタ……』
青白い炎が一斉に揺れる。
魔族だ。
「くそ……早すぎる」
ダリウスは短剣を抜き、僕の前に立ちはだかった。
「バルト! 走れ! 出口は右奥の祭壇裏だ!!」
次の瞬間、神殿の壁が破壊され、巨大な影が姿を現した。




