第二話
――夕焼けに照らされた部屋。
一日の終わりが着々と近づいている。
(眠てぇ……)
気づけば三時間も寝ていた。
通りで頭痛が酷い訳だ。
「寝すぎたか……って!?」
いない。
さっきまでいたはずの"アイツ"がいない。
あれは夢だったのか。
それとも消えてしまったのか。
「あれは、夢とかいうレベルじゃねぇぞ……」
そう半信半疑になりながら、俺は晩飯を食べるために自室から一階の食事室へと足を進めた。
――古沢家の食事室。
いつもと変わらない家の景観に、今日は一つの違和感があった。
それは……。
「おはよっ! 少し起きるの遅くない?」
「やっぱり夢じゃねえ!!!!」
そう。”アイツ”がいる。
夢でもなく、消えたわけでもない。
紛れもない事実だったわけだ。
「夢じゃないって、何が…?」
「なんでもねーよ!! てか、なんでお前がここにいるんだよ!!」
「君が寝ている間、すごく暇だったの! だからつい…。」
「つい…。じゃねえよ…。」
出来れば夢やらなんやらが良かったのだが。
目の前の光景が、その可能性の全てを否定している。
「で、でも! 何も触ってないし…! あ!ご飯も作ってみたし……!」
「ちゃんと触ってるじゃねぇか!!」
「で、でも、頑張って作った…し……」
「そんなに大げさにいじけるなよ……」
俺の言葉がかなり刺さってしまったのだろうか。
フレアは少し俯きながら、いじけた様子を見せている。
「全然怒ってねぇから…顔上げろよ…」
「……っ!?」
「なっ…なんだよ…」
「あ、あた…ま……」
「……は?」
突然場の空気が固まった。
「ゆ、優斗くん…大胆、だね……」
「……あ。」
しまったしまったしまった。
無意識のうちにフレアの頭に手を載せてしまっていた。
この状況だけを見れば、まるで恋人同士のようだ。
完全にやってしまった。
「や、やっぱり…僕のこと、好k……」
「そ、そんなんじゃねぇから!! からかうんじゃねぇよ!!」
「なんで!?!? せっかくいい雰囲気だったのに!?!?」
「ぜんっぜん!!そんなんじゃねぇよ!!」
完全に焦りが先行してしまった。
否定するので精一杯だ。
「そ、そんなぁ……」
「そんなもくそもねぇよ!! 早く飯食うぞ!!」
飯だ。飯を食おう。
腹を満たせばなんとかなる。よな?
「ぼ、僕のご飯食べてくれるの!?」
「そ、そりゃあ…作ってもらって食わない訳にはいかないだろ?」
「う、うん! それじゃあ準備するね!」
そうしてフレアは、足早にご飯の支度へと向かった。
「にしても危なかったな……」
不覚にも変な空気になってしまった。
次からは迂闊な行動は改めなければ。
またしても、変な誤解を生んでしまうことになる。
(ちょっと休憩だ……)
食卓の椅子に腰をかけ、目を瞑る。
急激に上昇したかのように感じる体温を、乱れた呼吸とともに整える。
「よし……。」
だんだんと落ち着きを取り戻してきた。
ゆっくり。ゆっくりと。
「おまたせっ! 準備完了だよ!」
「お。来たか。」
心を整えている間に、晩飯の準備は出来ていたようだ。
「えっと…これが鳥の唐揚げで、これが僕特製のサラダで……」
「お、おぉ……」
フレアの料理の出来に圧倒される。
一つ一つが輝いているような料理だ。
「これがお味噌汁で…」
「ん?味噌汁とか知ってるのか?」
「置いてある本、勝手に読んじゃった☆」
「お前すげぇな……」
「そ、そうかなぁ…えへへ……」
短時間で覚えられる料理の腕前。
他人の私物を見漁れる根性。
そのどちらもすごい。
「早速食っていいのか?」
「うんっ!いいよ!でも、食べる前には手を合わせるんだよ?」
「そんなこと分かってるわ!!」
一体俺は何歳のように見られているんだ。
幼稚園児か?保育園児か?
「それじゃ!いただきまーす!」
「いただきます!!」
しっかり手を合わせてから、箸に手をかける。
まずは味噌汁から。
「……!?」
「ど、どうしたの…?」
「うめぇ……」
味噌汁がうめぇ。
ただの味噌汁なのだが、濃さも塩味も完璧。
配分がしっかりしている。
「そ、そんなに目を光らせなくても……」
「お前…すげぇよ……」
「そ、そう…かな?」
お次は鳥の唐揚げだ。
「う、うめぇ……」
「そ、そんなに褒めても何も出ないよ…?♡」
「気持ち悪いぞ……」
「何なのその落差は!?!?」
言動は気持ち悪くても、唐揚げは美味い。
嫌味のないシンプルな味付けには、思わずご飯が進んでしまう。
「でも、料理はうめぇ……」
「褒めたり褒めなかったりで、嬉しいのか悲しいのかもう分かんないよ……」
「一応褒めてるぞ。美味いもんは美味いからな…」
「なんだか変な気持ち……」
「そんなこと考えてていいのか? 俺はもう食い終わるぞ?」
「早すぎない!?!?!?」
他人と比べ、比較的ご飯を食べる速度は早いほうだ。
美味い飯の前ではより一層に早くなる。
「このサラダもうめぇけど、なんの味付けなんだ?」
「ふっふ〜ん…?気になるんだ…?」
「またそれかよ!?」
「要するにひみつってこと!これを聞いたら、あっ!と驚いちゃうからね〜」
「怪しすぎだろ…」
ま、美味しいんだけどな。
「ご馳走様でした!!」
「"そこだけ"は丁寧なんだね……」
「"そこだけ"ってなんだよ。」
「言葉遣いとかは荒いのに、ご飯の時だけは丁寧だなぁって…」
「失礼だなおい。」
「てへっ☆」
「しばくぞ??」
いくらなんでも失礼すぎやしないか?
普段から丁寧だっつの。
「にしても美味かったな……」
「ほんとに!?!?」
「ああ。」
「あんまり人に食べてもらったことが無かったから、嬉しい…!!」
「そりゃ勿体ねぇな?」
この料理の腕前は賛美に値する。
相手が不審者であっても、素直に感心してしまう。
「ご馳走様でした!」
「案外お前も食うの早くないか?」
「そんなことないし!! 君より遅いし!!」
「そんなに否定しなくてもいいじゃねぇか……」
「と、とにかく!! お皿とか洗うから!一緒に持ってきて!!」
「へいへい。」
食いしん坊って言われること、そんなに悪いことなのか?
何か癪に障ってしまったのだろうか。
「……まあいいか。」
そうして晩飯を終えた俺は、やる事を一通り済ませてから自室に向かうのだった。
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