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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

昭和生まれ、平成の恋、令和の真相

作者: farmfarm

とある昭和から令和までのお話。

 俺が生まれた時、世の中にはスマホもネットもなかった。

 田舎だから、遊びにいく所もなかった。

 だから、小さい頃は近所の友達と集まって、野球やサッカー、途中からはゲーム機で遊んで過ごした。

 農家だったので、5月と10月は休みが家の手伝いで潰れて嫌だった。ゴールデンウィークなんて最悪で、学校に行った方がよっぽどましだった。


 そうやって暮らすうちに、昭和が終わって平成になって、俺が高校に入ってすぐ、生まれて初めて彼女ができた。

 俺の住む町の隣町のまた隣の市立高校。そこで恵美と出会った。


 彼女は隣町に住んでいて、学校に向かう電車の、俺が毎日乗っている場所に、彼女も毎日乗ってきたのがきっかけ。


 遅れてもいいように、まっすぐ行けば八時前には学校につくための早い時間の電車。入学式から何日かして話しかけて、二人とも野球ファンだと分かると距離はすぐに縮まった。


 田中君、町山さん、と呼び合う関係で水族館へ一緒にいって、楽しく終わった帰りに君と付き合いたいとお願いして、OKを貰った時が俺の人生で一番幸せな時だったと思う。


 それからは月一ペースでいろいろな所へ行った。

 野草園で森林浴を楽しんだり、遊園地で色々乗って目を回したり、プロ野球の地方開催にいったり、本当に楽しかった。


 この頃の携帯電話は俺にはまだ高くて手が出せなくて、でも出かける時に合流できないのが怖くって、恵美の最寄り駅で俺が待って、合流してから出かけていた。


 その頃にはもう純一、恵美と名前で呼び合うようになっていた。

 一六歳の子供同士のくせに、キスもまだのくせに、将来は街の郊外に家を建てて住みたいね、なんて話をしてたんだ。


 でも、そんな楽しい生活はたった半年で終わってしまった。


 その日は土曜日だった。初めて恵美の家に遊びに行って、恵美のお母さんとお婆さんにも挨拶をして、楽しく4人で話した。俺は恵美の嫌なことは絶対しないし、恵美の頼みは何だって聞くとか、今思うとずいぶん恥ずかしいことも話した。その後、確か俺がこう言った時だったと思う。


「うちの長男は代々名前に純が付くんですよ、俺が純一、親父が純平、死んだ爺ちゃんが純太郎で」


 その瞬間、お母さんとお婆さんの様子が変わった。俺は「変な風習だと思われたかな?」くらいに考えたけれど、この後、家がどこか聞かれたのは間違いないかの確認だったんだろうな。


 帰り際、恵美のお母さんから言われた。


「純一君、あなたに迷惑がかかるから、恵美と付き合うのはやめた方がいいわ」って。


 俺も恵美も意味が分からなくて混乱した。そしたら俺に、恵美のお母さんはさらにこう言った。


「今は詳しく説明する時間がないけれど、家に帰ったらお父さんに、彼女は町山千春の孫だった、と言ってみて。それで教えてもらえると思うわ。」


 本当にわけが分からなかった。でもそれ以上聞けそうになかったので、恵美には「別れたりなんかしないぞ」って話してとりあえず家に帰った。


 そして夜、親父に恵美のお母さんが言っていた事を話したら、可哀そうなものを見る目をされてしまった。それから、とんでもない話をされた。


 * * *


 田中純太郎と町山千春はどちらも大正生まれで、家同士の取り決めで将来結婚する約束をした許嫁だった。しかし昭和になり戦争が始まると順太郎は兵隊に取られて、戦争が終わるまで何年も大陸で戦っていた。


 その間に順太郎の嫁が変わった。大人になった千春は現代の基準なら決して病弱ではなかったが、機械が無くて手作業で今よりもずっと大変で、農繁期はブラック企業なんてもんじゃない昔の農家の嫁になれるほど頑丈ではないと分かったからだ。


 そのせいで純太郎と千春の親同士が話し合って、許嫁の約束はなしになってしまった。いわゆる婚約解消だ。代わりに原田吉江が純太郎の許嫁になった。この人が純一の祖母だ。


 戦争が終わって帰ってきた純太郎は文句も言わず吉江と結婚したが、吉江が三人目の子を産むための入院中に浮気をした。いや、させられたのか。


 戦争が終わった後、兄弟がみんな戦死した町山家で、千春は婿をとらなくてはならなかったが、女余りのご時世に裕福でもない町山家に婿入りする男はいなかった。困りきった町山家は、家族そろって田中家へ頭を下げて、千春に純太郎の子を産ませてほしいと願い出た。婿は諦めるにしても跡継ぎは必要で、でも知らない男の子を生むのは嫌だったそうだ。


 純太郎の親は必死の頼みを無視できず、かつて純太郎が千春とお互いに憎からず思っていたことも思い出して、二人を床入りさせた。順太郎は吉江に申し訳ないと抵抗したが、最後は親に従った。


 そうして千春は女の子を産んだ。この事を田中家が吉江に隠さなかったのは良かったのか悪かったのか。吉江は悔しくて泣いたが、純太郎が吉江に操をたてようとしたこと、先方が家の絶える瀬戸際だったのには同情したこと、今回限りで、たとえ生まれた子が小さいうちに亡くなっても二度目はないと約束したことで納得したという。


 それから代替わりして、以降の田中家と町山家は付き合いがなくなっていったが、何十年もたって、千春と吉江の孫同士が交際していたというわけだ。


 * * *


 親父の話が終わった時、俺は信じられなかった。恵美はいとこだったのか。若い頃の写真を見てもハンサムじゃない、むしろ冴えない感じだった爺ちゃんが、二人の女性と子供を作っていたなんて。我が家は戦争に負ける前は結構な土地持ちだったと聞いたことがあるけど、そのせいか?


 とはいえ、恵美と別れる気なんて俺にはなかった。親父からは明日の午後、婆ちゃんのいる老人ホームに行こう、そこで婆ちゃんが何て言うか聞いてみよう、と言われた。


 そして日曜日、お袋と親父と俺の三人で婆ちゃんのいる部屋に入ったら、たまげた。二人の叔母さん達も旦那さんと来ていたんだから。


 親父が事情を話すと、みんなが俺と恵美が付き合い続ける事に反対した。親父たちからすれば働いてばかりで子供の面倒をろくに見なかった爺ちゃんより婆ちゃんが大事なのは当たり前で、婆ちゃんを泣かせた町山の家は今でも許せないそうだ。


 だからって孫の俺達の邪魔をするのはおかしいだろうと訴えても、いざとなったら農繁期の手伝いを止めると脅された。それじゃあ一人っ子の俺の家が回るはずがない。ここまでするのかよ。


 それでも交際をやめるとは言わなかったけど、「おら嫌だ、純一の相手があの人の孫なんて嫌だ」と泣く婆ちゃんを見て、絶対やめないとも言えなかった。


 その日の夜、子供なりに俺は必死に考えた。剣道なら二段まで取っていたし、高校を出るまでには三段を取る自身もあった。成績だってかなり良かった。なんとか別れたふりをして、高校を出たら警察官にでもなって、生活が安定したら、二十歳になって完全に家から出られるようになったら、恵美と結婚したらいいんじゃないかって。明日恵美に話してみようって。


 でも、月曜日、いつも通り電車で顔を合わせた恵美は挨拶以外無言で、学校のある駅で降りた後、まだ人気のない教室で、「純一、おととい帰った後、家の人から何か言われた?」

 と聞いてきた。


「両親も婆ちゃんも叔母さん達までみんな、恵美と別れろって言ってきたよ。俺は嫌だけど」


 俺は確かにそう伝えたのに。恵美は俺に「純一、私達、別れましょう」って言った。


 その時、自分がどんな顔をしていたかは分からないけど、きっと酷かったと思う。頭も真っ白だった。

 言いたいことがたくさん浮かんだけれど、「嘘だろ、本気なのか」って口に出すのが精一杯で、恵美に「ごめんなさい」とさらに言われて心が折れた。


「お前もお母さんとお婆さんに言われたんだな。分かった。別れよう」と返事をしたら、泣き出しやがった。泣きたいのはこっちだよ。いっそ死にたい。その日は家に帰ってから親父に別れたと伝えた。


 それからは本当にぼんやり暮らしていたと思う。そして二年生になった後、親友の村上が俺に話しかけてきた。真面目で面倒見がよくて礼儀正しくて、本当にいい奴だ。

「田中、俺、町山の事が好きなんだけど、告白していいか」って。


 こいつは俺が親に反対されて別れたって事は知らないはずだけど、俺が今でも恵美に未練たっぷりなのは知ってるから聞いてきたっぽい。


 まあ、恵美がろくでもない奴と付き合うのも嫌だったし、「お前ならいいよ」って答えた。


 それからすぐ二人は付き合い始めて、恵美が村上を「慶介」と呼ぶようになったのも聞こえていた。でも、不思議と嫉妬はしなかった。


 そして高校を卒業して、結局俺はただの農家になった。村上と恵美の結婚式に出席して、あいつらに子供ができても、俺はずっと独り身だった。


 嫁のなり手がいなかったわけじゃないんだが、農家に嫁に来てくれるような菩薩みたいな人と、俺みたいに振られた女への未練たらたらの奴が結婚するなんて許されないと思ったからだ。


 こんなクソみたいな家の血統なんぞ絶えちまえ、ってのもある。親も親戚も最初は跡継ぎがどうのと言ってきたが、跡継ぎを作る機会を奪ったのはあんたらだろ、ってそのたびに言い返した。


 俺が死んでも家と土地は従兄弟たちにはやらん。町にやるなり、それこそ欲しかったら村上にでもやろうと思っている。


 その村上家とは米を売ったり野菜をやったりと付き合いを続けていた。そのうちに令和になった。


 今は田畑を営農組合にまかせて、俺は働きに出ながら暇があれば組合の手伝いをする形で、贅沢はできないが、労働時間的には昔より楽な暮らしをしている。婆ちゃんも両親もくたばって、気楽な独り暮らしだ。まあ草刈りは大変だけど。


 秋の収穫が終わった後、一年分の新米を村上家に届けて、大幅に割り引いた料金の代わりに、泊りがけで晩飯をごちそうになって次の日に帰るのが毎年恒例の行事だった。


 でも、この年はいつもと違っていた。食事が終わり、子供たちが部屋に行った後、村上と恵美と三人で飲んでいると


「田中、由香里のことをどう思う?」


 こないだ剣道二段を取った、お前の自慢の娘がなんだって?


「剣道の弟子で、可愛い姪っ子みたいなもんだな。嫁に行くときはお前より泣くかもしれない」


 そしたらこいつは馬鹿みたいなことをぬかしやがった。


「お前のことが好きだってさ。お前が良ければ俺は交際を認めるぞ」


 冗談にしても俺の年を考えろ。あの子がそんな意味で言ったはずないだろ。というか彼氏いるぞ。それは置いといて、恵美との事を親に反対された時よりも腹が立った。


「ふざけんな!俺は可愛い娘を貧乏農家のおっさんにくれてやるような奴を友達にした覚えはない!」


 そんな可哀そうなこと、冗談でも認められないし、言った事が許せない。


「そもそも親が子供の相手を決めるなんてのはクソだ!そのせいで俺は恵美と別れさせられたんだ。お前まで俺と恵美の親みたいな真似すんのか!」


 村上は知らなかったかもしれないが、知ったことか。


「俺が好きになったのは恵美だけだ!恵美に捨てられたんだから俺は一生結婚しない!」


 そこまで言い終わった時、恵美の様子がおかしくなった。


「私は捨てていないわ」いや、別れようって言ったのはお前だろ。


「あなたは私が別れようって言ったら、分かったって言ったじゃない。」だからお前だろ。


 こいつ、何を言ってるんだ?


「あの日の朝、お前が、親から何か言われたかって聞いてきた時、俺は、みんなから恵美と別れろって言われたけど俺は嫌だ、って答えたぞ」


 そう、別れたくないと意思表示はしているぞ。


「なのに別れようって言ったのはお前だ。嘘だろ、本気なのか、って聞いてもお前にごめんなさいって言われて、俺は絶望して諦めて分かったって言ったんだ」


 俺が嫌でも自分は別れたいってお前が言ったんだぞ。だから俺はお前の頼みを聞いたんだ。


「あの時、俺は別れたふりだけして、高校を出たら警察官になるから成人したら結婚してくれって頼む気だったんだけどな」


 まあ、昔のことだ。ほろ苦い思い出って奴だ。


「そんな……聞いてない……」なんだよそれ。


「お婆さんに、純太郎さんは親に逆らえない人だった。だから、純一君にも一回別れるって言って、別れたくないって言ってくれたら認めるって……」なんだよそれ。


 本当はお前も別れたくなかったってのか?だからあの時泣いたのか?もっと話し合えば良かったのか?クソッタレ!今さら何もかも遅すぎるんだよ!


「俺が恵美の頼みを断れないと聞いていたくせにそんな条件出したのかよ。お前の婆ちゃん、優しい顔していい性格してんな」


 酒の勢いだ。お前の親だが、恨みごとの一つくらい言わせてくれ。


「まあ、後悔先に立たずだ。お互い飲み過ぎたみたいだ。もう過去の事だ。忘れよう。今の暮らしを大事にしよう。今夜はトラックの中で寝るよ」


 酔いが抜けるのを待って、翌朝帰った。


 そして家で寝直して起きたら、スマホに着信がたくさんあった。恵美は殺人犯になっていた。

 実家に帰って、包丁でお母さんとお婆さんを刺したらしい。この大馬鹿野郎……。


「自分たちは好きな人の子供を産んだくせに、私を好きな人と別れさせたのが、どうしても許せなかった。私も好きな人の子を産みたかった」


 村上に恵美はそう言ったらしい。いや、気持ちは分かるし俺だってお前の立場なら刺したかもしれないが、もうちょっと言葉を選べよ。村上と子供たちが可哀そうなんだが。好きだから結婚して生んだんだろ?


 そこから大変だった、俺も関係者として警察から事情聴取されたし、マスコミにもまとわりつかれたが、村上から恵美を助けたいので協力してくれと頼まれたので、なるべく俺たちに同情してもらえるような内容で洗いざらい話した。


 結果、相思相愛の二人が親のエゴで別れさせられた真相が今になって判明したことによる衝動的な犯行、家父長制度の闇、的な報道をされた。


 おかげで叔母たちも時代錯誤の嫌がらせで子供の人生を台無しにしたろくでなしだと人から指さされて、従兄弟や孫たちからも嫌われたらしい。ざまあみろだ。俺も世間から何とも言えない目で見られるようになったが、別にかまやしない。


 後は恵美の罪がなるべく軽くなるように、公判が終わるまで頑張るだけだな。死んだ二人にも色々事情はあったんだろうが、俺からすれば人生を灰色にしてくれた仇だ。遠慮はいらない。


 それにしたって神様、浮気をしたのは爺ちゃんなのに、なんで俺たちがこんな目に合わなくちゃいけないんだ?


 そんなことを考えながら、俺は今日も働き、誰もいない家へ帰る。


 おしまい。

拙文をここまでお読みいただきまして、誠にありがとうございます。

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