02 プロローグ2
同僚については、非常に申し訳ないと思いつつ、居眠りしている間に思いっきり後頭部を殴りつけて昏倒してもらった。
流石にまだ、無防備な相手を殺すだけの覚悟はできない。
精々がロープで手足を縛り、ズボンを切り裂いて口に詰めてさるぐつわにして、ベッドに寝かせて一瞬でもミリリアがまだいると思われてくれることを願ったくらいだ。
すまん、無事に生きてくれ。牢屋の鍵は施錠した後に隠しておくので、他にスペアキーがなければきっと殺されずに済むと思う!
幸運をお祈りします。なむー。
「あ、あの……」
「静かに。チャンスは今しかない、逃げましょう」
ミリリアの腕と身体を固く縛るロープを必死になって解く。その際に柔らかい肌とか手にちょっと触れちゃったけど不可抗力です、嬉しいけどごめんね。
「いえ、短剣を使って斬っていただければ」
「あ」
ミリリアのツッコミにわずかに赤面しつつ、足を縛るロープは短剣で慎重に斬る。
思った以上にすんなり斬れた刃物にちょっとどきどきしつつ、手を取って立たせた。
「ありがとうございます」
「さあ、行きましょう」
手を引いて、洞窟の入り口──ではなく、奥の方へ向かう。
きっとあると信じてる気配察知を意識すると、いくつかの部屋に人の気配らしきものを感じた。
……というか、気配察知しなくてもいびきが聞こえてるんだけどさ。うん、念には念をということで!
「……どちらへ向かってるのでしょう?」
「隠れ家、かな?」
アジト内の牢屋でさえ、不寝番が二人も居たんだ。当然、入り口にも最低二人は見張りが居るだろう。
なので今は、アジトである洞窟を奥に向かって歩く。
途中、無人の部屋に寄ったら運良く食糧庫だった。必要な非常食やら水やら道具やら諸々を、置いてあった袋に詰めて頂戴する。
牢屋や食糧庫なんてアジトの奥の方に作るのが当然なわけで、すぐに最奥に突き当たった。
「行き止まり、みたいですが……」
「少し待ってて下さい」
信じているぜ盗賊の器用さ、今こそパラメータの力を見せつける時!
ロープの端を輪にして、壁の上の方、松明が立てられていない松明立てに引っ掛ける。一発成功、ひゃっほう!
引っ張って強度を確認し、ロープの端に足を掛けられるよう輪を作ってから、先に上に昇った。
そこには、ちょうどアジトからは見えない窪みがあって、壁面には何とか人が通れそうな程度の亀裂があった。
記憶があっていた事に小さく安堵しつつ、ロープに足を掛けてもらってミリリアを引き上げる。
それから、やや狭い亀裂を先に潜り抜けた。
「ま、待ってくださいぃ」
「どうしました?」
「その、む、胸が……引っかかって……」
胸が。引っかかって。
なんと、なんとけしからん……!
僭越ながら高貴なるミリリア様の安全のために心を無にして是非ともご協力致したい。人生細心の注意を払い、柔らかく自由自在な夢と希望を柔軟に形を変えてもらってなんとか亀裂を通っていただく。服もめくれあがり、途中からは必至で胸を強く押さえつけたり脇に寄せたりまぁ何やかんや、大冒険でした。
素晴らしい発育です、本当にありがとうございました!
「た、たいへん、お手間を取らせて」
「い、いえ、その、結構なお点前でした」
真っ暗な部屋で、きっとお互い真っ赤な顔で、気配だけで頭を下げる。
微かに髪が触れる程度に互いの頭が接触し
「……ふふ、うふふ」
「ははは、あは」
一息つけた安心感も手伝ってか、なんとなくおかしくて声を押し殺して笑った。
この場所は、この洞窟に作られた隠し部屋である。
ゲーム開始時点では、たとえ存在を知っていたとしても、スキルがなくて入ることはできない場所だ。
盗賊達もこの部屋の存在には全く気付いていないので、侵入時点でこの部屋にあるものは一切が手つかず。
だから我々は、逃げるのではなく、ただじっとこの場所に隠れる。
必ず、白の主人公がこの洞窟にやってくる、ただそれを信じて。
「……不思議な人、ですね」
「え?」
「あなたは盗賊なのに、わたくしを助けて下さって。
しかも、我が国の騎士が必ず助けに来る、などと」
顔も見えない闇の中。
ミリリア様が、多分こちらを向いて、静かに呟いた。
「不安ですか?」
「……はい、少し。
助けが来なかったら、もし見つかってしまったら。
わたくしはおそらくあの牢屋に逆戻り、ですが。あなたは」
「ええ、殺されるでしょうね」
震える手をきつく握りしめ、小さく笑いながら。オレは自分の死を口にした。
盗賊Aとしては、それが当然の展開だからだ。
「でも私は、ストーリーというやつに抗いたいんですよ」
「運命……」
「ミリリアが、こんなところで不幸に襲われ、悲嘆にくれる未来。
そんな未来を、ぶちこわしたい――ってね」
見えないながら、少し震える手を恐る恐る伸ばす。
その手が、ミリリアの指に触れ。そっと、互いの震えを打ち消し合うがごとく、包むように握る。
「私が何度も見てきたイベントを、今度こそ、絶対に変えてみせる。
だから、辛いだろうけれど、ここでじっと我慢して下さい」
「……はい、分かりました」
そんな会話の後、非常食と水を少しだけ摂って。
何も見えない闇の中だが、寄り添い握った手のぬくもりと柔らかさが、確かなミリリアの存在を教えてくれた。
ともすれば、光の中で向き合う以上に。全ての感覚が、手と肩と、息遣いや匂いと。視覚以上にミリリアを感じさせる。
寄りそう存在に、場違いに幸せを感じながら。
いつしかオレ達は、短い眠りについていた。
おそらく翌朝。
暗闇で時間の経過は分からなかったが、居なくなった王女を探す盗賊の怒声が洞窟内に響き渡った。
恐怖に身を固くするミリリアの手を強く握り、ただただじっと二人で時が過ぎるのを待つ。
そうして、おそらくはさらに数時間後。
将来的に白の勇者となる、新人騎士のオスティンとその他騎士達が洞窟にやってきたのか、激しい戦闘の音が聞こえてきた。
「助けが、来たようですね」
「はい……!」
小さな声に、確かな歓喜を滲ませて。
溢れ出す喜びを伝えるかのように、ミリリアは、手だけでなく身体全体で腕に抱き着いてくれた。
「ミリリア、様」
「はい、何でしょうか」
「今から言うことを、けして忘れず、オスティン──救出に来た新人騎士に、後日伝えて下さい」
白の主人公のオープニングイベント、王女救出。
このイベントは、4人一組となった多数の騎士が王女捜索に出撃し、たまたまオスティンの居るチームが洞窟を発見、盗賊を撃退して王女を助け出すという筋書きになっている。
本来のイベントの流れでは、盗賊を追い詰めていく途中で、盗賊のボスが王女を人質に取るイベントが発生する。
その際、武器を捨てた騎士二人が王女を救けるために特攻し、その身を斬られながらも王女を取り返すというシーンが起きる。
これにより残った二人だけでボス戦後半を戦う事になるんだけど、今回は王女が敵の手元にいないためその人質シーンがない。
だから、この時斬られた騎士とオスティンとの感動的な会話が発生しないはずなんだ。
ないとは思ってるけど、もしも万が一、この斬られた騎士との会話がない事によって勇者覚醒イベントが発生しない……なんてことになったら、魔王を倒せず人類は滅亡するかもしれない。
その万が一を避けるために、オレはミリリアに、白の主人公が聖剣入手のために啓示を受ける、その内容を伝えた。
「聖剣の在処に勇者の啓示……
なぜあなたは、そのような事までご存じなのですか?」
「あー、えっと……
ごめんなさい、企業秘密です」
ゲームだから知ってるんですとか言えない、そこは突っ込まないでください!
思わずサラリーマン的な返しをしてしまうが、それを聞いたミリリアはくすりと微笑んでくれた。
「……分かりました。
不思議なお方。あなたは盗賊のフリをしてわたくしを助けに来て下さった預言者様なのですね」
預言者……なるほど。
未来に発生する出来事を知り、先回りして解決する。傍から見たら、預言者っぽいのかもしれないなぁ。
「あなたのお言葉、必ずや彼の新人騎士に伝えましょう」
「ありがとうございます」
「いいえ、お礼を言うのはわたくしの方です。
不幸な偶然が重なって囚われの身となりましたが、全てはあなたに、あなた様に会うため必要な事だったのでしょう」
違います、制作側のストーリーの都合です!
主人公に助けられるために必要な事だっただけで、むしろオレがぶち破っちゃってすみませんでした!
やがて、盗賊のボスのものと思しき罵声と断末魔が響き、戦闘の音が止んで。
亀裂の向こう、洞窟の方から、ミリリアを探す声が近づいてきた。
「さあミリリア様。お別れの時間です」
「え?」
その声を聞いて、オレはそっと、腕に抱き着いていたミリリアを離した。
腕を包んでいたミリリアの温もりが離れることに寂しさや惜しさを感じるけど、ぐっとそれを飲みこんで。
「私には急ぎやらねばならない事があるのです。
申し訳ございませんが、騎士の下へはお一人でお戻り下さい」
「そんな!
わたくしを助けて下さったのはあなた様です、なのに何のお礼もせずにお別れなどと……!」
互いの顔も一切見えぬ暗闇の中。
離れた腕を取り戻すように、ミリリアは近づき、確かめるようにオレの顔に触れた。
「……」
様々な葛藤が、頭の中を、心の中を渦巻く。
すべきこと。
したいこと。
それでも、すべきこと。
「すみません。
本来私は、表に出るべきではないんです。
それに、私でないと助けられない、苦しんでいる人達がいるのです」
あなたのように、と。
少しだけ罪悪感を感じながら、ミリリアに告げた。
その美しい瞳が見えない事を、今だけは感謝しながら。
「……そんなこと、言われて、しまったら……
で、でも!
でしたら、その人を助けたら、必ず会いに来てください!」
「約束はできません。助けるべきは、一人ではありませんから」
「うぅ……」
ミリリアの押し殺した声。
今大声をあげれば、探しに来た騎士に見つかってしまう。きっとそれに気づいているんだろう。
そんなミリリアの手に触れて、包み込むようにそっと握る。
「いつだってオレは、けして手の届かないあなたの幸せを、願っていました。
何度やり直しても、どれほど急いでも、今までは届かなかった。
──そんな子供っぽい願いが、今ここに叶った。あなたの幸せを守れた。
それだけで、とても満足なのです。それだけあれば、他にお礼は要りません」
心から、想いを、告げる。
助けたかった。何度やり直しても叶わなかった。
それが今ここに叶えられた事が、どれほど嬉しく誇らしいかを。
知らず、己の頬を伝う涙を感じながら。
心の中でだけ、想いを、浮かべる。
叶うなら、ここから先は、白の勇者に代わりたい。
笑顔で過ごすあなたと、共に、と──
新連載記念、本日は4話投稿!
次回、プロローグ最終話は18時頃投稿予定です