180 僧侶は倒れた盗賊を回復させたいんだけど、結界が邪魔して回復魔法がちゃんと届かない
主人公、復活……したんだけど、ちょっと待ってね!
大事なシーンなので、セーナ視点でもう一回復活劇です。
- - -
時は、少しだけ遡る。
衛兵達を蹂躙するゼブロアーゼを見ながら、セーナはハルトを回復させることを決意した。
これまでは、外部からの手助けと見なされて試合結果を左右する恐れがあったので、必死で我慢していたけれど。
事ここに至っては、試合の勝敗を気にする場面ではないだろう。
……セーナが手助けして反則負けとなることで、どこぞのゼイニドラ女王の魔の手から逃れられるのでは?なんて考えたりはしていない。
少なくとも、先ほど衛兵につまみ出されたので、今なら例えハルトが活躍しようとも危険はないだろう。
そんな思考がセーナの脳裏をよぎったかはさておき、想定外の事態ともなれば、激闘の末に気絶したハルトの回復は急務だ。
ハルトであれば、きっと何とかしてくれるだろう。
そんな信頼が、仲間達の心にはあった。
だが、今衛兵たち相手に猛威を振るっているゼブロアーゼは、その前にはガンゼイオーにとどめを刺した。
最初は優勝者と戦いたいと言っていたが、なぜか倒れたガンゼイオーに馬乗りになり、全身に返り血を浴びるほどの攻撃を繰り出したゼブロアーゼ。
今まではハルトに意識が向いていなかったが、手当てを始めてその姿を視界に捉えたならば、何を仕出かすが分からない怖さがある。
だからと言って回復しないという選択肢はないのだが、できれば彼女の目を反らす何かが欲しい。
その認識は仲間達も持っていたようで、囮としてアズサが名乗り出た。
「拙者であれば、あの者と斬り結ぶことができましょう。
その間にセーナ殿は兄上の手当てをお願いするでおります」
勝てるかどうかは分からずとも、アズサであれば戦える。
少なくとも、ハルトの仲間達の中で前衛を張れるのはアズサだけだ。
この場にはオスティンの仲間のエルマとディーも居るが、ハルトや皆と関わりの薄い二人に危険を伴う仕事を任せるわけにもいかなかった。
何より、東方の血を色濃く宿したアズサ自身が、ゼブロアーゼの強さを見て非常にやる気になっていた。
だが──
「待って。
アズサが戦闘を始めたら、どんな被害があるか分からないわ。
あたしが、あの女を引き付ける」
血気盛んなアズサを抑えたのは、ベルルーエであった。
ゲームのステータスで言えば、この中で最も近接戦闘に向かないステータスを持つ魔法使いのベルルーエ。
だが、確固たる意思と少しの勝算を持って、ベルルーエは一歩も引かない。
「血を浴びるまでは普通に会話も成立してたんだから、あの血を洗い流せば落ち着くかもしれないじゃない?
今こそ、あたしの水魔法の鍛錬の成果を見せる時よ!」
――ちなみに、彼女らの居た観戦エリアはおおむねハルトの後方にあったため、ガンゼイオーまでの距離は遠かった。
ガンゼイオーに声を掛けたあと、座り込んだゼブロアーゼが何をしたか背中しか見えていない。
だから、実際にはゼブロアーゼのエロい肢体に不意打ちを受けたガンゼイオーが鼻血を噴いただけなのだが、彼女らは誰一人としてその事実に気づいてはいなかった。
ある意味でベルルーエの指摘通り、血を浴びるまでのゼブロアーゼは短絡的に殺りくに走るような真似はしていなかったのだ。
ともあれ、やることは決まった。
セーナはハルトの手当て。アズサは万一のための護衛。
ベルルーエはゼブロアーゼの意識がハルトとセーナの方を向かぬよう、気を引く役目だ。
ちなみにターシャとディーアは観戦エリアで非常時の補助要員(という名目で待機)、オスティンの仲間3人はセーナ達の動きを伝えるために控室に向かったオスティンと合流を目指した。
ゼブロアーゼに向かった衛兵達の奮闘むなしく、彼らは次々に倒れ伏していく。
結界があるおかげで命を落とすことはないが、彼らにはゼブロアーゼの暴威を止めることは出来なかった。
それでも、ハルトの仲間達が動くための時間を作ったことは、この状況を打破するために大事な一手となったことであろう。
ゼブロアーゼに向かっていくベルルーエを見送ると、セーナはすぐに倒れたハルトの傍へ移動した。
観客席と舞台の間には、今なお強固な結界が張られているため、直接触れる事は叶わない。
アズサが目線で『結界、斬っちゃうでおりますか?』と尋ねてくるが、首を横に振って止める。
戦闘行為をすればゼブロアーゼに気づかれるかもしれないし、結界を破壊したら中で倒れている衛兵達の命に係わるかもしれない。
結界越しであっても、回復魔法を掛ける事はできるはずだ。
セーナは小声で詠唱を済ませると、結界を背に地面に崩れ落ちたハルトに向けて魔法を行使した。
「……効果がすごく弱い」
思わず呟き、セーナは唇を噛んだ。
元々、武闘大会で戦う戦士たちの戦いの余波が観客席に行かぬよう、強力な攻撃や魔法の直撃さえ通さず観客を守るための結界だ。
ゼブロアーゼはなぜか軽々と出入りしていたが、セーナや他の人間からすれば物理的にも魔法的にも強固な壁に等しい結界。
攻撃魔法が通過せぬよう防ぐその結界が、回復魔法の通過も阻害することは何ら不思議なことではなかった。
意識の端でゼブロアーゼの許可を得たベルルーエが舞台に上がるのを認識しながら、必死に回復魔法を使い続ける。
結界に阻まれてはいるが、射撃する攻撃魔法ではなく人体に直接作用する回復魔法だからだろうか?
必死に治療を続けた効果があって、ずたぼろだった外傷がほんの少しずつ癒されていく。
それでも、本来の回復魔法の効果と比べればあまりにも効き目が弱すぎて、己のふがいなさにセーナは歯噛みする想いであった。
遅々として進まぬ治療を必死で続けながら、結界越しに背を向けたハルトを見つめて。
セーナは、ふと思った。
──ハルトなら、こんな時どうするだろうか?
ハルトならば。
この、えっちで、非常識で、何を仕出かすか分からなくて、すごくえっちで。
だけど、力がなくても強くて、どんな事でも知っていて、言った事は何でもやり遂げて、未来さえ知る預言者で――
セーナの事を愛していると言った、どうしようもなく困ったこのハルトだったら。
(結界があるから回復できない? だったら――)
そこまで考えたセーナは、今まで手から放っていた回復魔法を、直接ハルトを中心に発動するよう思考を切り替えた。
教会で使う回復魔法と言えば、相手に手で触れて癒すのが当たり前だ。
相手は教会を訪れた怪我人や、ベッドに横たわった病人。
手で触れることで安心感を与えられるし、わざわざ離れた位置から回復する必要なんかない。
けれど、今のセーナは、ハルトに触れることができない。
この、とっても困った、けれど少しだけ、その、大切かもしれなくて、ちょっとは愛……んっ、んんっ! 困った人に、触れることができないのだ。
だけど癒したい。何が何でも癒したい。
自分の持てる力の全てで、激闘の末に傷ついたハルトを癒し、支えたい。
この役目は誰にも渡さない、絶対に自分が成し遂げる。今この場で、自分がハルトの傷を全て癒し、ハルトを目覚めさせるのだ!
「ハルトさん、起きてください。
私たちには、あなたが必要なんです」
手からではなく、相手の身体そのもので回復魔法を発動させ、傷を癒す。
手から出すでも、遠方へ放つでもなく。これまでの常識をひっくり返すような魔法の使い方だった。
それでも、セーナの魔力の高さと回復魔法への深い造詣、何よりも『絶対に癒す』という強い信念が、頭に浮かんだ閃きをすぐさま形にして実現させてみせた。
いまだかつて誰も為したことのない、新たな回復魔法の生まれた瞬間であった。
それまでの結界越しの回復魔法と比べて、明らかにハルトの傷が癒えるスピードが上がった。
完全に回復させるには程遠いが、このペースなら数分で終わるはずだ。何とか回復の目途は立ったと言えるだろう。
少しだけ安心して、回復魔法を続けつつ目線を向ければ、舞台上で魔法を使っていたベルルーエが水を止め──
『戦闘以外にも役に立つのでありますな。
魔法使い、しかもド貧乳のまったいら──』
『撲殺魔導杖!!!』
ゼブロアーゼに、杖で殴り掛かっていた。
「そ、そんな!」
思わず声を漏らすセーナ。
セーナのそばに居たアズサは、非常事態と判断し迷わず刀を抜いて結界を斬りつけたが、それだけで結界を破ることはできない。
「はっ、ハルトさん、起きて下さい!
早く!」
驚きで途切れた回復魔法を必死に掛け直し、セーナは叫ぶ。
「起きて、ハルトさん!
ベルさんが危険です、ベルさんが!」
「兄上、兄上!
ええい、こんな結界を斬れず何が東方の武士でおりますか、ぬうう!」
必死に叫ぶセーナとアズサの視界の中で、ゼブロアーゼがゆっくりと斧を持ち上げて――
『──死ね』『たっ、助けてハルトぉぉぉぉっ!』
「ハルトさん!!」「兄上っ!!」
四つの声が響き──
ハルトの姿が、突然消えた。
「「……え?」」
セーナとアズサの困惑の呟きが漏れる。
その困惑に、答えるかのように。
彼女らに背を向けて立つ、ゼブロアーゼの向こう側。
いつの間にか、構えた木刀で斧を受け止め、薙ぎ払ったハルトが。
『オレの女には、指一本触れさせねぇっ!』
ベルルーエをその背に庇い、雄たけびを上げた――!!