179 魔法使いは思い出を振り返るんだけど、お仕事は最後まで油断してはならない
- - -
「では、よろしく頼むであります」
緊張し通しのベルルーエとは対照的に、何の躊躇いもなく。
ゼブロアーゼは軽い口調でそう言うと、水を浴びやすいように軽く両手を開いて目を閉じた。
全くの無防備な状態に、今なら自分の魔法でやれるのでは――なんて考えが浮かびそうになるのを、慌ててかき消して。
ベルルーエは静かに魔力を集中させると、杖を掲げる。
やがて、掲げられた杖の先から、水がシャワーのように広がってゼブロアーゼに降り注いだ。
(ハルトと出会った日には、まだコップ一杯分しか水を出せなかったのよね)
つい一月前の話。
あの時、森で木々を焼いたベルルーエは、まともに水を出すことが出来ずハルトに怒られたりギルドに叱られたりした。
ギルドに課された借金はまだ残っているが──それは思い出さないでいい。
あれからは森へ通う傍ら、水魔法の練習にも真剣に取り組んできた。
その成果が、今このシャワーに込められている。
本当は、ハルトに見てもらって、褒めてほしかったけれど。
時間を稼げる、つまりハルトを助けられる。ならば、これ以上の名場面はないだろう。
少しだけ誇らしい気持ちで、すこしの間シャワーを出し続ける。
ゼブロアーゼが自身の手で色っぽく身体を撫でまわすと、その身に掛かっていた血は綺麗に洗い流された。
「おお、すっかり綺麗になったであります!
少し肌寒いでありますが、感謝するでありますよ」
先ほどまでの妖艶な気配は薄れ、喜ばし気な様子で声を出すゼブロアーゼ。
その声を聞き、ベルルーエは水魔法を止める。
「ええ、無事に終わってよかったわ」
ハルトとセーナはゼブロアーゼの向こう側なので、その様子は見えないけれど。
自分の役目を無事に終えた事で、少しだけ安心してベルルーエは息をついた。
その様子に、少しだけ見直したとばかりにゼブロアーゼが言葉を続ける。
「戦闘以外にも役に立つのでありますな。
魔法使い、しかもド貧乳のまったいら──」
「撲殺魔導杖!!!」
言葉の瞬間、振り下ろされたベルルーエの杖が、ゼブロアーゼの左腕に叩き付けられた。
――数瞬の、奇妙な静寂。
杖を振り下ろしたベルルーエと、腕で受け止めたゼブロアーゼが、至近距離で視線をかわし――
「あ、ちが、あのっ、これはっ!」
「ほうほう、なるほど。
流石は魔法使い、油断したところを襲いかかるとは卑怯な存在でありますね」
ゼブロアーゼの言葉に、ド貧乳という最低のワードに、ベルルーエが条件反射で振り下ろしてしまった杖。
怒りはあっても、殺意や、まして不意を突こうなどという計画性は皆無な一撃だったけれど。
攻撃を受けたゼブロアーゼに、そのような言い訳は、通用しない。
「非力な魔法使いながら、目の前まで来て殴りかかってきた意外性だけ、評価するであります」
「あ、ぁ、ぁあ……!!」
腰に下げた斧を抜き。
意趣返しとばかりに、ゼブロアーゼがゆっくりと武器を持ち上げて――
「──死ね」「たっ、助けてハルトぉぉぉぉっ!」
そうして、舞台もろとも貧弱な魔法使いを両断すべく振り下ろされた斧が。
真横に構えられた、たかが木刀一本に、受け止められ。
一拍遅れて、斧の風圧を受けたベルルーエの帽子が、ぱさりと舞台に落ちた。
「……何者でありますか?」
突然目の前に出現し、己の斧を受け止めた男を見て、ゼブロアーゼが眉をひそめて声を掛ける。
だが、そんな質問など意にも介さず。
「オレの女には、指一本触れさせねぇっ!」
雄たけびと共に、斧を振り払って。
『ゾンビ』のハルトは、激闘止まぬ舞台へと、今舞い戻った――!!
長らくお待たせしました!
主人公、ゾンビのように復活です!!