177 謎の美女は騎士口調なんだけど、溢れ出るエロスに衛兵も平常心ではいられない
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名乗りを上げた謎の美女、ゼブロアーゼ。
彼女は後方へ高々と跳躍すると、結界に阻まれることなく一回転して軽やかに舞台の上に立った。
「世界一の強きものを決める大会ということであれば、優勝者は現時点で世界一強い人間ということでありますね?
ならば、それを打ち破ることで騎士としての自分の強さを証明したく、はせ参じたのであります!」
腰に下げていた斧を天に掲げながらそう言うゼブロアーゼの姿に、観客の誰かが呟いた。
「痴女だ……」
痴女。
そう、痴女である。
膝当てから足全体を覆う脚甲は、猛獣さえ一撃で蹴り殺せそうな武骨で重厚な代物。
腰の両脇にも、同じく重厚な腰当てを側面のみを守るように身に着けている。
名乗りと共に掲げられた斧は、今は柄と刃に分離して両腰に下げられていた。
下半身の過剰な装甲とは異なり、肩当てと肘から先を覆う腕甲は細く洗練され、簡素で最低限の装甲だけが腕部を守っていた。
黒い縁取りに赤紫の金属質で作られた装甲は、不吉な色合いながら、どこか妖しく艶めかしい。
それら、細部を守る鎧のパーツとは一転し。
身体の中心である肉体を守るのは、紐である。
いや、紐というのは言い過ぎだろうか。
細いところで1センチ、太いところでは幅5センチ程度の、帯である。
金属質の装甲よりも薄い紫の布地が、まるで際どい水着の如く。
首の後ろで結んだ細い帯は、巨大な胸の先端を通り両腰の装甲へ結ばれ。
両腰の装甲から、V字に下半身を包み隠している。
否、包み隠せていない。
過剰な色香を放ちながら、半ば露出した胸と尻を強調した立ち姿に、ある者は鼻血を吹き、ある者は食い入るように凝視して。
会場中の視線と意識を、一手に集めていた。
「して、試合の結果はどうなったのでありますか?
そこな寝ている御仁、教えて欲しいのであります」
そんな風に、自分の際どい外見が会場中の視線を集めていることを知ってか知らずか。
舞台に立っていたゼブロアーゼが、舞台上で倒れている人物に歩み寄りながら声を発した。
鍛え上げられた筋肉を黒い道着に包んだ、禿頭の巨漢。
胸元にいまだ血の滴る一文字の傷をつけたまま、舞台上で大の字になって眠るガンゼイオーである。
外見からはすさまじいいびきをかきそうな印象があるが、寝息はすやすやと穏やかであり、そこだけは意外にも愛らしい。
先ほどまでは騒がしくて気づかれて居なかったが、静まり返った舞台に静かな寝息が微かに響いていた。
「もし、そこな御仁。起きるであります」
眠るガンゼイオーの傍らへ近寄ったゼブロアーゼは、何を思ったか、突然ガンゼイオーの頭を跨ぎ。
自らが座る事で口元を塞ぐように腰を下ろすと、艶めかしい手つきで頬を撫でた。
「もし、もし!」
「む、ぐぅ……?」
頬を撫でられたガンゼイオーが、その感触に穏やかな寝息を止めて薄っすらと覚醒し。
自らの口もとに跨り、巨大な胸を釣り下げて真上から覗き込んでくる痴女の姿を認識して――
「ふぶあぁぁっ!?」
盛大な鼻血を噴出した!
「きゃわぁっ!?
なっ、何をするでありますか!」
あまりにも大量の鼻血に全身を真っ赤に染められ、驚いた声をあげるゼブロアーゼ。
驚いた拍子に飛びのくのではなく、ぎゅっと太ももに力を入れてガンゼイオーの顔を挟んだため、より一層鼻血の勢いは凄かった。
先ほどまでは安らかな寝息を立てていたガンゼイオーだが、覚醒と同時の奇襲によって出血多量、生死の境を彷徨う事に。
だが、人々はゼブロアーゼにばかり注目していたので、自らの(鼻)血だまりで瀕死になっているガンゼイオーに注意を払う者は居ない。
幸か不幸か、ほとんどの人はガンゼイオーが鼻血を噴いた事に気付かなかった。
その顔を太ももで圧迫して血を絞りつくし、全身をガンゼイオーの鼻血で赤く染められたまま、やっと立ち上がって数歩後ずさったゼブロアーゼ。
それから、自分の身体の惨状を見下ろし、小さな声で呟いた。
「ああ、真っ赤であります……熱い男の血にまみれさせられ、ああ……」
真っ赤な血まみれの自分の肌に、指を這わせ。
手指を染めた血に無意識で恍惚とした声を漏らしながら、ゆっくりと舌で舐め上げる。
そんな、匂い立つほど淫靡な姿に、無言で興奮する観客と、逆に嫌悪や警戒の視線を向ける者達の中で。
衝撃から立ち直った――あるいは色香への葛藤に吹っ切れた衛兵達が、武器を構えて舞台を取り囲んだ。
上と対応の確認を終えたのだろう、武器を構えずに後方中心に立つ衛兵長が静かに声を掛ける。
「ゼブロアーゼ殿よ。
貴殿の要望は分かったが、今はまだ決勝の途中。今しばし、観客席でお待ちいただきたい」
「たまらない、この血の匂いと温もりが身を包んで、嗚呼……!
もっと、もっと私に熱を、血が滾る!!」
だが、ゼブロアーゼは衛兵長の呼びかけを無視し、己に酔ったように言葉を続けた。
それを見て、衛兵長も武器を構える。
武力行使の実施にあたり、舞台を囲む結界の一部、選手入場口が解かれた。
さながら武闘大会の選手達のように、そこからぞろぞろと舞台上に上がってくる衛兵達を、ゼブロアーゼがぐるりと見まわし――唇を舐める。
「ああ昂ぶるであります、この熱を受け止めていただきたいのであります。
優勝者との戦いを前に、肩慣らしといくであります!」