163 ついに決勝戦が始まるんだけど、突発的なゲストが登場して混乱を隠しきれない
朝から多かった雲は、その厚みを増して完全に日差しを覆い隠し。
今にも雨が降り出しそうな、黒い雲の下で。
その雲を地上から押し上げるかのように、じわじわと熱気が渦を巻き空へ立ち昇る。
会場全体が、間もなく始まる決勝戦への期待で、まるで煮えたぎる鍋のように絶え間ない熱を生み出していた。
観客のざわめきの中、実況の女の子が舞台の上にあがった。
頭を下げるでも、ざわめきを鎮めるでもなく。実況は、マイク状の棒を握りしめ、静かに語り始める。
「フェイルアードにおける、今年の武闘大会。
全541名の選手達が、それぞれの力と技を存分に振るい、鎬を削ってきました」
会場に満ちていたざわめきも、静かな語りを前に潮が引くように静まっていく。
歌うように語り掛ける可愛らしい声が、結界の力により会場中に響き渡った。
「一週間にも渡って繰り広げられてきた試合も、もはや残すところあと一つ。
本日、これより行われる試合が、最後となります」
少女の声に、観客達の身体に力が入る。
湧き出す熱情が、人々の身の内から外に溢れ出そうと膨れ上がり。
けれども、声は漏らすまいと、口を引き結び、歯を食いしばって。
観客達は、熱を解き放つべき時を待つ。
「まずは、本大会を開催下さった、フェイルアード王家の皆さまに多大なる感謝を」
少女が貴賓席を向き、大きく頭を下げる。
人々の視線が集まる中、立ち上がって舞台を見下ろしていたフェイルアードの国王が口を開いた。
「すべては、今日の日のために研鑽を積んできた選手達の努力があってこそ。
こちらこそ選手達に感謝しよう。
最後の試合も、楽しみにしている」
短い言葉を終えると、王様は頷いて椅子に腰を下ろした。
その脇に並んでいたミリリアや王子達も、頭を下げて着席する。
「ゲンザーロ=アルサー=ウァード=フェイルアード陛下。お言葉、ありがとうございました。
続いて、今日までの戦いでそれぞれの強さを示した、539名の選手の皆さまにも敬意を」
実況の子が貴賓席とは別の、少しだけ高い位置にあるテーブルを向いて頭を下げる。
そこには、相変わらずフルフェイスで顔を隠した開催国推薦枠選手と、3位決定戦でオスティンに敗れたフェービンがいた。
「敬意は、今この舞台に立っている二人に向けるべきものだろう。
我らは等しく、優勝という栄光を夢見て敗れた者達だ。精々が、自分に納得いく試合が出来たか否か、そのぐらいの差しかない。
自分を打ち倒した者、現時点の世界の頂点。その行く末を、楽しませてもらおう」
フェービンが重々しく答えると、隣に座ったオスティンも小さく頷いた。
その後、小さく頭をかいてから、フェービンが付け足した。
「なお、慣例であれば、3位になった選手が決勝戦の解説を行うためにここに座るんだがな。
オレに勝った開催国推薦枠選手は、諸般の事情で解説をできないという。
そのため、4位の身でこの場所にいる事を予め謝罪しておこう」
……と、いうことらしい。
ゲームでは解説なんてないが、実際の大会では3位の選手が解説をするんだとか。
先ほどの3位決定戦で勝利したオスティンだが、正体を隠すために声ばれNG。なので、フェービンが代わりにすることになった。
ただ、負けたのにやりたくないフェービンの出した条件として、オスティンも隣に座っている。形だけは3位・4位合同での2名体制を取ったそうだ。
「フェービン選手、並びに開催国推薦枠選手。ありがとうございました。
また、ここまで戦い抜いてきたすべての参加選手にも御礼を。ありがとうございました」
少女が観客席の正面に向け、深く頭を下げた。
「では最後に。
本日、武闘大会にお越しくださったゲストの方にご挨拶をいただきます」
ゲスト……?
実際の試合だと、そんなもんも居るのか。
まあ世界規模の試合だし、むしろ当然と言えば当然か。
そんなオレの思考をよそに、再び貴賓席を向く実況の少女。
少女の視線を受けて、貴賓席の奥から一人の人物が歩みを進めてきた。
ゆるくウェーブのかかった、野に咲く花のような明るいオレンジの髪を揺らし。
豊かな胸と大きな尻を、金の縁取りのビキニアーマーに包み込んで。
まるで、後ろから竜の翼で抱きしめられたような、特徴的なデザインの肩当てを纏った、一人の女性。
泣きボクロに彩られた瞳を細めて微笑むと、その女性は優雅に一礼した。
予想もしていなかった突然の登場に、混乱するオレ。
その耳に、彼女の――おばちゃんの挨拶が届いた。
「会場にお集りの皆さま、お初にお目にかかりまですきゅん。
わらわは、カナミエ=ファード=ゼイニドラ。
フェイルアードの同盟国、ゼイニドラの女王なのですきゅん」