153 盗賊の口撃は相手を追い詰めたのだけど、瀕死の武士はもはや自分の被害を顧みない
「──ううっ、ふふ、ふふふふふ。
そうです、拙者は東方の武士。何を取り乱していたのでしょう、己を恥じるばかりでおります。
刃には刃を、滅には滅を。
兄上が拙者を辱めようとされるならば、拙者も同じように返せばいいのでおります」
顔をあげたアズサの瞳には、何の感情も映っておらず。
美しくも人形のような無表情で、可憐な唇を開き――
「兄上は十の時に、女性の身体への興味を押さえきれず、妹の服を脱がせようとしました」
結界の力で会場内に響き渡る、アズサの静かな声。
先ほどまでざわついていた観客席も、再び静まり返る。
「いっ、いやいやいや!
オレそんな話は知らないよ?」
そんなことしてな……してない……う、うん。記憶にございませんよ!
妹の服を着替えさせたことはあったかもしれないが、女性への興味とかが理由じゃないよ!
「十一の時には、観察日記をつけたいと言い出し、妹のスリーサイズを毎日測ろうとしたでおります」
「してない!
それは本当に全力でしてないっ!」
「しましたーっ、毎日嬉々として拙者の部屋を訪れて、無理やり拙者を手籠めにしたでおります!
兄上から没収した観察日記は、拙者の宝物として自室に保管しているでおります!」
「いや待って、なんでそんなのが宝物なんだよ!?」
オレ自身にはそんな記憶は、もちろんこれっぽっちもないけれど!
この身体の盗賊Aは、まさか幼いアズサを相手にそんなすごいことをしてたってのか?
なんて羨ま…けしからん!
「ハルトぉ、君ってやつは若い頃からハルトだったんだねぇ……」
「変態よ、あの盗賊変態よ! オスティン、あんなのと付き合ったら絶対駄目よ!」
「あっははは、すげーなーあいつ!」
オスティンチームが後方で呆れと怒りと笑いの声をあげるのを、ざわめきの中に聞きつつ。
オレの腕にしがみつき、上目遣いでこちらを睨むアズサを見つめ返す。
「お、おのれアズサめ!
ならばこっちも容赦しない、もっとすごい事を叫ぶけどいいんだな?」
「……くっ、う……
かっ、構いませぬ!
拙者は東方の武士、もはや嫁に行けぬ身体とされようとも、責任は兄上にとっていただきます!」
「えっ」
いや、なんでそうなんの!?
「そもそも兄とは妹を娶るべくして生まれたもの、これすなわち運命でおります!
あわせて兄上が婿に行けぬ身体となれば、むしろ上々でおりましょう。
兄上こそ、降参なさらぬならば覚悟めされよ!」
待って待って、アズサは何を言い出してんの?
すでに叫ばれた内容でもかなりアウトなのに、これ以上ネタがあるとか本当に盗賊A何をしでかしてきたの!?
いや駄目だ、これ以上しゃべらせたらなんか社会的に死ぬ、多分きっと死ぬ! ふざけんな過去の盗賊A!
あと物理的にも死ぬと思う、特にメイスとか撲殺魔導杖。
アズサがだいぶ狂気に染まった表情で口を開こうとするのを止めねば、口を塞がねばならん!
「あにううぇむぐっ!?」
「んん……っ!?」
アズサの口を塞ぐため、オレは肩に触れていた右手でアズサの口を強く押さえた。
それと同時に、アズサもまた手を伸ばしてオレの口を塞いでくる。
お互い、考えていたことは同じらしい。
口元を押さえる手から逃れようと首を振るアズサ。オレもまた、口を塞ぐアズサの手を空いた左手で引きはがして叫ぼうと──
――いや、待って。
そもそもオレ達、何してたんだっけ?
片手はオレの腕を掴み。もう片手はオレの口を塞いだまま、口だけでオレの手から逃れようとするアズサ。
一方オレは、アズサの口を片手で塞いだまま――
空いた左手で、懐から予備の短剣を取り出し、そっとアズサの首に添えて。
わくわくした顔でこちらを見ていた実況(兼 審判)に、目で合図する。
「──はっ!?
そっ、それまで!
アズサ選手の戦闘不能とみなし、第二試合、勝者 ハルト選手!!」
なぜか途中から兄妹の黒歴史暴露合戦になっていた第三試合は、いち早く正気に戻ったオレの短剣であっけなく決着がついたのであった。
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【 武闘大会 試合結果 】
・ 三回戦 第二試合
アズサ=スズナリ vs ハルト
勝敗結果:刃物による首への攻撃示唆により、ハルトの判定勝ち
試合時間:9分51秒