13 不可抗力で意図せず胸に手が当たってしまったんだけど、ない
第二章・第二話 スタートです!
フェイルアード城下町の酒場『白銀の竪琴亭』
冒険者ギルドに分類されるこの酒場は、まさに古き良きRPGを象徴するような、渋いマスターと冒険者達のざわめき、様々なイベントに彩られた場所だ。
主人公が白か黒かに関わらず、すべてのプレイヤーはこの酒場で最初のパーティーメンバーを募集する事になる。
多くの出会いと多くのイベントの起点となる、ゲーム中でも特に利用頻度の高い施設の一つ。
そんな酒場の中で、主人公たるオスティンそっちのけで実にどうしようもないやり取りが行われていた。
「誰が何と言おうと、世界一の旅芸人はウッディ・コヤマに決まってんでしょ!」
「そんなわけあるかい、誰がなんと言おうと世界一はバンブー・コサトだ!」
酒場に入ったすぐ目の前、額を突き合わせるのは二人の少女だった。
一人は大柄な体格に大きな斧を背負った、誰がなんと言おうとも超・正統派の女戦士だ。少女……というよりは、お姉さんだな。もうちょっと年がいってそうだ。
エロゲーに限らず、古くから受け継がれたRPGにおける女戦士の正統派装束、いわゆる「ビキニアーマー」に豊かなその身を包み込み、屈み込んで斜め上から小柄な少女の額をぐりぐり押さえつけている。
「確かにバンブー・コサトの歌はすごいと思うけど、ウッディ・コヤマが居てこそ舞台が成り立つんだからね!」
「何言ってんだい、そもそもウッディ・コヤマなんて前座や引き立て役にもなってない、ただのおっさんじゃないか!」
もう一人は女戦士と対照的に小柄で、袖のない白のブラウスと黒いミニスカート、黒いショートマントに身を包んだ女魔法使いだ。
こちらもまた、古くから魔法使いのトレードマークとされる三角帽子を被っていたようだが、残念ながら斜め上から押し付けられる戦士の圧力に負けて帽子は床に落ちている。
力で負け、身長も頭一つ分低いとなれば、押し合いで魔法使いが勝てる道理はない。
だが体格の差と圧力を跳ね除けるかのごとく、女魔法使いはややのけ反ったまま強い声で返した。
「言うに事欠いて、ただのおっさんですってぇっ!?」
「なにさ、やろうってんなら受けて立つよ!」
「ぐぬぬぬぬ」
「ぬぐぐぐぐ」
「勝負よ!」「勝負だ!」
「……ねえ、ハルト。
これ、何かな?」
「オレに聞くなよ。知んねーよ」
なぜかオレに聞くオスティンに、ためいきで返事を返す。
二人が誰だかは知ってるが、なんでこんなことになってるのかはさっぱりわからん。
というか、こんなイベント知りません。
でも二人が仲悪いのは知ってるから……うーん。これも、ゲームでは導入時にすでに終わってたイベントに遭遇してるのかな?
「ちょっと、そこのあんた達!」
やおらこちらを向き、指をつきつけてくる女魔法使い。
「……ぼく達?」
指さされたオスティンは、オレの方を向き、さらに後ろに隠れたターシャ、無表情ながら呆れた雰囲気のユティナさんの順で今日のパーティメンバー全員の顔を見た後に、改めて自分を指さしながら問い返した。
そんな態度は気にせずに、魔法使いは先頭のオスティンに言葉を重ねる。
「答えなさい!
あんた、ウッディ・コヤマが世界一の旅芸人と思うわよね?
だったらあたしの事手伝いなさい!」
「あ、ずっりー!
ならバンブー・コサトが世界一だと思う人はアタシの手伝いだな!」
二人の声に、あちこちでがやがやとする酒場の背景になっていた冒険者たち。こちらのテーブルでは三馬鹿がよその冒険者と口論、あちらでは老僧侶が酒場の店員に向かってこんこんと説明。色々カオスです。
そんな酒場のヒートアップを受けて、また言い合いを始める二人をしり目に、やや困惑顔のオスティンが小さな声で聞いてきた。
「ねえ、ハルト。
そもそもの話なんだけど、ウッディ・コヤマって誰?
バンブー・コサトなら聞いたことあるんだけど」
「あー、やっぱそこからかぁ……」
ウッディ・コヤマとバンブー・コサトの二人は、同じ一座に所属する旅芸人だ。
(そもそもゲーム中では旅芸人はウッディ・コヤマ達の一座しか出てこない)
フラグと多少のランダム性を持って各地の街や村を回っており、うまく会えれば歌や演奏を聞いたり、有用な情報を得たりできる。
タイミングによっては一座に関連するクエストが受けれたり、クエストによっては攻略中限定で芸人を臨時PTメンバーに加えたりも可能だ。
報酬? えろいこともありです、エロゲーの常識です。エロくてすみません(陳謝)
とは言え、ゲーム的な情報や知識をオスティンに話すわけにもいかない。
「二人は有名な旅芸人一座のメンバーだよ。
オスティンも知っているバンブー・コサトが歌い手。
ウッディ・コヤマは一座の座長で……ようするに、司会みたいなもんかな」
できるだけ分かりやすいように伝えたオレに、オスティンは少し首をひねると
「司会……それって、芸人なの?」
「あ、ああああんた、なんて失礼なことをををっ!」
「あははは、そりゃそう思うよな、なー?」
オスティンのストレートな疑問に、目の前で言い争いをしていた魔法使いが目を釣りあげて叫んだ。
対照的に、女戦士の方は腹を抱えて笑っている。
「ウッディ・コヤマの素晴らしさを理解しないばかりか、ただのおっさんだの芸人じゃないだの、なんて失礼な奴らなの……
こんな奴ら、まとめてあたしの魔法でぶっ飛ばしてやるわ!!」
「ちょっ、酒場で魔法は駄目だろ!」
怒りが頂点に達したか、杖を振り上げて詠唱を始める魔法使い。
凶行を止めようと、思わずその肩に手を伸ばし
「イマこそ」
伸ばしたオレの右手の袖を、斜め後ろに潜んでいたターシャが唐突に出てきて少し下に引っ張った。
強い力で引かれたわけじゃない、だからこそ伸ばした腕が止まる程でもなく右の掌は──
「きゃぁっ!?」
吸い込まれるように、魔法使いの胸部にばっちりとタッチした。
魔法使いは悲鳴を上げ、意図せずとは言え魔法の詠唱妨害は成功、昼間から町中で大規模殺傷事件が起きるような事態は無事に回避。
ちょっと予定と違ったが、無事に目的を果たしたオレは安堵と共に思わず言葉を漏らす。
「――ぺったんこ」
「人の胸触っといて言うことはそれだけか死ねぁぁぁっ!!」
魔法による大規模殺傷事件こそ回避したものの、迂闊な一言のせいで新たな撲殺事件が──!
最後に視界に映ったのは、顔面に迫りくる木の杖のどアップと、その背景で笑ってる女戦士、それに首を傾げたターシャの困惑
「だぶぼらばっ!?」
ウッディ・コヤマ
木の・コヤマ
バンブー・コサト
竹の・コサト
二人はとっても仲良しです。
が、なぜかファン同士はどちらが上か議論したがります。
どちらもおいしい。
なお、一座には他にシーダー・コムラやMr.ラッキーなんてキャラが居たり居なかったり。