128 僧侶は自分に自信がなかったんだけど、盗賊は僧侶のために己の気持ちを偽らない
「私は、僧侶です。
自分でも、生真面目で融通が利かないと思ってますし、ここの試練のノリについていけず何度も怒ったり嫌がったりしてます」
「ああ……うん」
そりゃぁ、パンツの妖精相手じゃなぁ……セーナだけじゃなくて、誰でもそうなると思うよ?
そんなオレの気持ちを見透かしたように、ちょっとだけ目線を上げてこちらを見ると、またセーナは視線を下げた。
「でもきっと、ベルさんなら、あなたが頼めば四の五の言わずに従ってますよね?
ターシャちゃんなら、面白がってノリノリでパンツを履いたり被ったりしますよね?」
「いや、いくらターシャでも、パンツ被らないと思うけど……」
被らないよね? 多分。18歳以上だし。
でもベルについては否定できません。ベルだからなぁ。
「ここでは戦闘力は求められませんし、怪我を回復する必要もありませんよね……?
それでなくても、私は、その……口うるさくて、窮屈だろうなって思いますし。
無理やり、ハルトさんの共犯者にしてもらいましたけど……私じゃなきゃいけない事なんて、今も、これまでも、何もなかった、ですよね……」
「セーナ……」
自分の手をぎゅっと握りしめながら、セーナが途切れ途切れにこぼす。
「今だって、その、文句ばっかりで……ごめんなさい……」
目線を落としたまま、深い息を吐くセーナ。
だが、すぐに顔を上げて、無理に作った笑顔を浮かべた。
「時間を取らせてすみませんでした。
さあハルトさん、何でも言って下さい。共犯者として、あなたと共にあの敵を倒してみせますよ!」
そんなセーナの痛々しい笑顔と言葉を聞いて、オレは。
「――ちょっとタイム」
「え?」
「よかろうう」
セーナと妖精の両者に対してタイムを要求し、その場に腰を下ろした。
セーナと、ここに来た理由、か。
改めて、考え直してみよう。
基本的な行動は、弱くてニューゲーム最適攻略チャートに従っていたけれど、それはある意味で手段に過ぎない。
その目的を順に遡れば、結局根本は、エリクサーを手に入れてクミちゃんを救うためだ。
そのために武闘大会で勝ちあがる必要があって、勝つためにはレベルを上げて強くなりたい。
愛の神殿にも来る必要があったので、オレはここで愛の試練をクリアする。
じゃあ、一緒に来た相手がセーナだった理由は?
誇張なく言えば、共犯者の契約を結んだので、確実に来てくれると思ったからだ。
ゲームにおけるここに入る条件は、二人パーティであることと、好感度が一定以上あること。
入場のための好感度の要求値が相当高く、ゲーム開始直後ではまず不可能。前半の間に達成するにも、かなり集中的な好感度上げが要求される。
ただし例外があり、白の勇者編に対するエルマや、黒の魔剣士編に対するターシャは強制キャラのため、この二人のみ好感度が足りなくても入ることができる。
それを利用して、あえてゲーム開始後に2人パーティとなり、真っ先にここへ来ることでレベル上げをするのが最適攻略チャートなわけだ。
じゃあやっぱり、セーナならそれぞれのシナリオのエルマやターシャみたいに断らずに来てくれると思ったから、なのか?
――それだけでは、理由として不十分な気がする。
「確かに、セーナなら、共犯者として断らずに来てくれると思ったけれど」
不足している理由を探すために、顔を上げて呟く。
それは、セーナの期待した言葉ではなかったんだろうけれど。オレの正直な気持ちだから、偽らない。
「……はい」
傍らのセーナが、静かに頷いた。
セーナなら来てくれる。
他の人だと、来てくれるかもしれないけど、駄目かもしれない。
やり直してる暇はないから、一発勝負だと、確実なセーナとくるのが一番だ。
理屈の上では、全くもって正しい。
だけど。
「多分、オレが、この世界で一番信頼しているのが、セーナなんだ」
その言葉は、なるほど、口にしたオレ自信に対しても深い納得感を与えてくれた。
「出会いは、酷いもんだった。
――いや待て、それは言うな、言わないで下さい、思い出さなくていいです!」
「……ふふっ」
出会いのシーンを口に出そうとするセーナを、思わず必死で止めるオレ。その姿に、おかしそうに柔らかな笑みを浮かべるセーナ。
「オレは、今この瞬間だって、セーナにオスティンの仲間になって欲しいと考えている。
いやあの、ちょっと、蹴らないで聞いて下さいセーナさん?」
「げしげし」
げしげし言いながらつま先で脇腹をちょんちょん突いてくるのを、両手で掴んで止める。
「げしげしじゃありません。
オスティンの仲間になって欲しいのも、セーナを信頼しているからだよ。
強さを、賢さを、魔王に立ち向かうために強力な助けになってくれることを。誰よりも、オレは信頼しているんだ。
だから、セーナにはオスティンの仲間になって、非常に困難なあいつの道行きを助けてやって欲しいと思ってるんだよ。
魔王と戦うことに比べたら、オレの活動なんて背景の賑やかしみたいなもんだからな」
「それでも、私は不服なのですよ」
足を止められたセーナは、ようやく蹴るのを諦めてオレの隣に両膝をついて座った。
「いやいやいや、女神教の僧侶さん。
勇者の仲間になれという、女神の信託に従ってくださいよ」
「大丈夫ですよ、ハルトさん。
女神さまの信託には、きちんと従っています」
「……え?」
セーナは女神から信託を受け、勇者の仲間になる。
加入直後には話は出ないが、冒険を進め、絆を深めていく中でセーナからオスティンに語られる話だ。
それなのに、オスティンと共におらず、今オレと一緒にいる状況が、信託に従っているだって?
具体的な信託の文言は語られないので分からないんだが、勇者の要望を聞き届ければそれで良いって話なのか?
「信頼してくださるのなら、もう少し、お傍に置いてくれても良いのではありませんか?」
「いや、だから。
ここには、セーナと一緒に来ているじゃないか」
オレが考え込むのを引き留めるように投げ込まれた、拗ねたようなセーナの言葉。
それに対して、元々の話に戻ってきた返事をかえす。
オレが、セーナとここに来た理由。
「セーナなら、大丈夫。
例えこんなふざけて酷い場所に連れてきたとしても、メイデンのため、ひいては世界のための行動だと信じて、受け入れてくれる。
どこへでもついてきてくれるからってだけじゃなくて。
あらゆる点で、セーナを信頼しているからだよ。
だから、今この場所に、オレはセーナと一緒に来ているんだ」
感謝を込めて、自分の中で至った理由をセーナに告げる。
ゲームとしての確実性だけじゃない、オレがセーナを共にくる相手に選んだ理由を。
「……なんだか、私、誤魔化されてませんか?」
「誤魔化されてないよ!」
オレの信用の低さが酷い!
そんな気持ちで叫ぶオレに、おかしさよりも嬉しさを湛えた、美しい笑みを浮かべて。
セーナが両手を伸ばし、その胸で包み込むようにオレの頭を抱きしめてくれた。
「……ありがとう、ハルトさん。
私の不安を払ってくれて、私を信頼し認めてくれて、私を受け入れてくれて。
すごく、安心しました……ありがとうございます」
「ぅ、わ……」
セーナの胸に包まれて、そのぬくもりと柔らかさ、ほのかに甘い匂いに埋もれてしまう。
なんだこれ、幸福感がすさまじい……!
思わず腕が伸びてセーナを抱き返しそうになる、その時に。
「だからこそ、私は、あなたが――」
……あれ?
この匂い、つい最近どこかで嗅いだような――
「好――」
「――あ、第一試練で嗅いだパンツの匂い」
「……
…………
………………(にこっ)」
「あああいたいいたいいた割れるわれるわれぅおぇあああああ!?!?!?」
「あああもう、もうっ!
どうしてあなたは、そうなんですか!
どーーしてそんなに! あなたはハルトさんしてるんですかぁぁぁっ!!」