114 愛情が砂粒ほどもない愛の言葉だけど、入力したテキストが正確なら台座は出現せざるを得ない
四角い石舞台の上に、二本の脚で力強く立ち。
眼前の盗賊を強く強く睨みつけて、僧侶は高らかに歌い上げる。
それは、己の愛を伝える、神々への呪文。
盗賊の手を、まるで親の仇であるかの如く渾身の力を込めて握り潰しながら。
感情の消えた顔で、僧侶は高らかに歌い上げる。
――ぶっちゃけ、怖いです! あと手がすごく痛いです!!
でも入れないのは困るので、痛みを堪えてオレも一緒に呪文を唱える。
「「おお愛しきものよ、我が愛をあなたに捧ぐ
過去も未来も、私はいつでもあなたと共にある
あなたの存在は、天の導き
神の愛が人を包み込む、その証明
滑らかなあなたと、肌で触れあう喜び
私の最も繊細な部分を包み込むあなたに
我が愛の全てを捧げ
永久に、共に生きることを誓わん!」」
果たして、呪文は聞き届けられ、石舞台に変化が訪れた。
大地が静かに揺れ、オレ達二人を乗せたまま、石舞台がゆっくりと真上へと持ち上がっていく。
地面よりせり上がってきたのは、オレ達が乗る石舞台を屋根とした、入り口の閉ざされた祠。
それから、祠の周囲に、台座や柱などが幾本も立ち並び、やがて振動は収まった。
揺れに備えて膝をついていた状態から立ち上がり、つないだままのセーナの手を引いて立ち上がらせる。
「ハルトさん、これは……?」
「これが、オレがセーナと来たかった場所だよ」
セーナを促し、屋根となった石舞台から飛び降りる。
すっかり変わった辺りの様子を、セーナは驚いたようにきょろきょろと見まわしていた。
……ちょっとだけ、記憶が間違ってたらどうしようって思ってたんだけど。呪文がちゃんと合ってて、ほんとよかったなぁ。
と、安心したのはセーナには内緒にしておこう。うん。
「ハルトさん。
一体ここは、何なのでしょうか?」
「ここは、神殿だよ」
一軒家程度の大きさの石の祠と、その前にちんまりと存在する石の台座。
それらを取り囲む、大きな石の柱。
ただそれだけの場所だが、ここは神殿なのだ。
「神殿、ですか……
それにしては、言いにくいですが、こじんまりとしていますね?」
「そりゃぁ、女神教とかと比べたら、そうなるわな」
セーナのイメージだと、神殿と言えば協会の総本山のことを思い浮かべるんでしょ?」
「はい、そうですね」
女神教は世界最大の宗教。
その総本山となれば、王城にも引けを取らない規模だ。
「総本山と比べれば犬小屋どころか鳥小屋サイズかもしれないけど、大きくなくてもここだって立派に神殿なんだよ。
ただ、神殿と言っても、信者が巡礼に来たりするような所じゃないけどね」
「では、どのような役目を持つ場所なのでしょうか?」
聖職者としては他所の神殿の在り様が気になるのか、セーナが問いかけてくる。
この神殿の役目、かぁ。
そりゃぁ、決まってるよな。
「訪れた者に、愛の試練を与える場所、ってところかな?」
「愛の、試練……?」
うむ。間違いなく、愛の試練である。
「ここは、愛の神殿だからね。
だからさっきの呪文に、愛を語る言葉が多かったんだよ」
「な、なるほど……」
呪文を……おそらく、一回目に失敗したことを思い出したのか、セーナが真っ赤になって眉間にしわを寄せた。
あ、呪文の話題はやめよう。なぜだか知らないけど、命がヤバイ気がするんだ。うん。
「そ、そういうわけだから!
さっきのは、神殿の入り口を出すためのただの呪文だったから、正確に発言すれば誰でもこの台座を出すことはできたんだ」
実際には世界中を回り、自称・愛の信者達から呪文の断片を聞き集める必要があるんだけど。
NPCから聞くこと自体はフラグじゃないので、呪文の内容を知ってれば誰にでも、例え一周目のゲーム開始直後でも台座は出せる。
「だけど、ここからは違う。
愛が、試されるんだよ」
「……一体それは、どのようにでしょうか?」
オレは、傍らの台座に歩み寄り、その上に手をついた。
位置的に、ちょうど台座を挟んでセーナの真正面だ。
「言葉のまんま、だけどな。
ここからは定められた呪文とかじゃない。
この場で、オレが真なる愛を示さなければ、この神殿には入れないんだ」
最初の呪文は、二人で唱える。
――ゲームとしては、プレイヤーが一人で文章を正確に入力すれば、主人公と一緒に来たヒロインの二人が勝手にしゃべってくれるんだけど。それはさておき。
ここからは、決まった呪文のない対応だ。
正解なんてない。
ただ一つ、オレの胸に燃え上がる愛、それだけが試されるのだ。
「今から、この試練の入り口を開けるために、オレが愛を叫ぶ。
ここにはオレ一人で来ても入れない、どうしてもセーナが必要なんだ。
セーナと、二人きりでなきゃならないんだよ」
「え……え、えぇぇぇっ!?」
オレの正面に立つセーナが、驚きに声をあげる。
セーナの驚きももっともだと思う。
最初の呪文は二人でないと駄目だったのに、台座の方は一人でいいからな。
それだけ聞くと、確かにちょっと変というか疑問を覚えるのは当然だ。
でもまぁ、実態を知ればそんな疑問も解けるだろう。
セーナの驚きに構う事なく、オレはこの神殿の入り口を開けることを宣言する。
「――さあ、宣誓を始めよう。
オレの愛がいかばかりか、この場で聞かせてやろうじゃないか!」