113 石の床があるだけで他には何もないんだけど、ここが思い出の地となること間違いない
お尻の痛みに耐えながら、セーナに抱き着いて馬に揺られること数時間。
途中の宿場もスルーして、道を外れてたどり着いたのは細い岩場が蟹のハサミのように突き出した小さな入江。
その中ほどにある石舞台こそが、オレが目指していた目的地である。
「ここ、ですか……?」
その場所に立って周囲をぐるりと見まわしたセーナが、困惑気味の表情でオレを振り返った。
少し傾げられた頭の動きにあわせて揺れる三つ編みを、綺麗だななんて眩しく思いつつ、しっかりと頷き返す。
「うん、そうだよ。
ここが、オレがセーナと来たかった場所だ」
「あの、何もないのですが?」
そう、一見すると何もない。
土の地面が続いている中で、なぜか家一軒くらいの大きさの平らな石の地面がある。ただ、それだけだ。
きっとここが街道沿いならば、サイズも手ごろだし焚火をセットして食事休憩の場所にでも使われるんだろう。
だがここは街道からも、村からも徒歩で一日はかかる場所。
こんな場所を訪れるものなど、それこそゲーマーに操作されたキャラクターくらいしか居ないだろうな。
困惑するセーナの手を引き、舞台の中央で向き合う。
「今からオレが言う言葉を、セーナも後に続いて言って欲しい」
「は、はい? 分かりました」
そうしてセーナに向けて手を伸ばせば、疑問顔ながらセーナも同じように手を出してくれた。
中央で、軽くお互いの右手を握り合い。
天へ届けとばかりに、オレは中に入るための呪文を唱える。
「おお愛しきものよ、我が愛をあなたに捧ぐ」
「おっ、ぉうぁわぁぁぁぁっ!?」
オレが呪文を唱えた瞬間、セーナが素っ頓狂な叫び声をあげ、握った手を振りほどき走って逃げだした。
「……えっ、セーナ?」
「ななな、なんですか今のは!?」
「何、って……ここの中に入るための呪文だよ。
二人だけで舞台の上に立ち、手をつないで呪文を唱えないといけないんだ」
「そっ、そういうことですか……
それならそうと、最初にきちんと説明しておいてください!」
ばしばし叩かれた。ちょっと痛い……
「分かりました、呪文。ここに入るための呪文ですね、呪文じゅもん。
すー……はー……よしっ、いきましょうハルトさん」
なんか、気合入りまくってんなぁ。
命の危険はないから、そんな心配しなくてもいいんだけど……でも、やる気出してくれるのはありがたいからいっか。
「それじゃ、もう一度。セーナも後に続けてよろしくな」
「はい、わかりました」
一呼吸置き、もう一度、ゆっくりと呪文を唱えた。
「おお愛しきものよ、我が愛をあなたに捧ぐ」
「おっ、おお愛しきものよ、我が愛をあなたに捧ぐ(うー、なんて呪文なんですか……ほんとにもう)」
オレの呪文に続けて、セーナも同じ言葉を唱えてくれる。
「過去も未来も、私はいつでもあなたと共にある」
「過去も未来も、私はいつでもあなたと共にある」
ちらっと見ると、セーナはすごい硬い表情をしていた。少し緊張してるのかな?
「あなたの存在は、天の導き」
「あなたの存在は、天の導き」
そんなことを考えてたら、真っ赤になって睨み返されました。
「神の愛が人を包み込む、その証」
「神の愛が人を包み込む、その証」
いかんいかん、呪文に集中しなければ。
「滑らかなあなたと、肌で触れあう喜び」
「なっ、滑らかなあなたと、肌で触れあう、喜び……っ(な、なんですかこの呪文!)」
少しセーナの声が震えてるみたいだけど……
「私の最も繊細な部分を包み込むあなたに」
「私の、最も、繊細な部分を、包み込む、あなたにぃ……!(あああ、私はっ、私はなんてことを口走っているのでしょう)」
でもプレッシャーかけたら余計良くないよね。目を閉じて、セーナを信じて呪文を続ける。
「我が愛の全てを捧げ」
「我が愛の、全てを捧げ」
頑張って。セーナを励ますために、つないだ手に少しだけ力を込めて。
「永久に、共に生きることを誓わん!」
「とっ、ととわに、ともに、いきることっを、ちかっ、ちかわん……っ!(ちょちょっ、ちょっと待って、なんでこんなタイミングでハルトさん急に強く手を握るんですかっ!?)」
オレとセーナの声が、辺りに響き――
何も、起こらなかった。
「……あの、ハルトさん?
何も起きないんですけど……」
真っ赤な顔で、こちらを睨むように訪ねてくるセーナ。
そんなセーナに対して、この結果に予想がついていたオレは、真剣な表情で告げた。
「セーナ。真面目に聞いて欲しいんだけど」
「は、はい?」
「セーナなら、演技とか上手だし、問題ないと思ってたんだ。
だけど、本当はこういうのは下手だったんだね。
悪いけど、もう一回やるからどもったりしないように、もうちょっと頑張ってもらえるかな?」
「……
…………
…………………………………………だっ
誰のせいだと思ってるんですばかぁぁぁっ!?!?」
「ぼへみぁぁぁんっ!?」
セーナ、渾身の右ストレートによって。
レベル1の盗賊のHP41点は一撃で消し飛ばされて、左手にはめた指輪が「ぱりぃん」したのでした……!
あっっっぶねぇ! 身代わりの指輪装備してなかったらオレ死んでたよ!?
可及的速やかに次の指輪を装備しました。
【 身代わりの指輪 】
ハルファラを助けた礼にもらう +1
抽選会でアズサに蹴られる -1
抽選会後にアズサが超がんばる +128
がんばったアズサにお駄賃 -1
カーロンに胴体を両断される -1
カーロンに胸を貫かれる -1
試合後、皆に一つずつあげる -7
セーナ、渾身の右ストレート -1
身代わりの指輪、残り個数【117個】