109 黒の魔剣士は復讐に燃えているんだけど、盗賊は全てのメイデンを守らなければならない
「な、え……?」
オレの開幕土下座に、カーロンの勢いが萎んで言葉が途切れる。
その様子を声だけで把握しつつ、頭は上げずに言葉を続ける。
「大会の試合のためとは言え、ズィオレーベの民を侮辱したオレが悪かった。だから謝る、この通りだ」
頭を下げたままのオレと、おそらくはオレを見下ろしているカーロン。
もちろん仲間達も衛兵も含めて、誰も何も言わない。
牢に、重たい沈黙が下りる。
「……お前は」
しばらくして、ゆっくりと、伺うようにカーロンが呟いた。
「お前は、ズィオレーベを知っているのか?」
「ああ。
北方の国なので、この目で見たことはない。
だが、知識としては知っているし、帝国によって滅ぼされたことも把握している」
「……それだけか」
滅びる前の姿は、黒の魔剣士編のオープニングで、ほんの少しだけしか見たことはない。
だが、エロゲーとしての方向性が好みでないとは言え、黒の魔剣士編だって何度もクリアしている。基本的な情報は、だいたい頭に入っていた。
「情報レベルで良ければ、色々知っている。
カーロンが第二王子だってことも、味方に守られ逃がされて港町のゾルゼアンから船に乗ったことも。
それから、襲ってきた帝国の軍隊についてもだ」
「頭を上げろ。
許してやるかわりに、知っている情報を教えろ」
カーロンからの許しに、頭を上げて床に座り込む。
カーロンもまた、牢越しに、オレの目の前に腰を下ろした。
「情報を教えるのは構わない。
牢から出るときには、魔剣もカーロンの手に返そう。
そのかわり、こちらからも要求したいことがある」
「何をだ?」
「復讐をやめろ、とは言わない。
だが、復讐すべき対象を、誤らないでくれ」
「――どういうことだ」
オレの言葉に、カーロンが眉を顰める。
「帝国の兵がズィオレーベを襲ったことは事実だ。
だがその帝国は魔族に乗っ取られている。魔族の目的は、ズィオレーベの王族を根絶やしにし、魔剣を闇に葬ることだ」
「なんだと……?」
今のカーロンには、ズィオレーベが滅ぼされた理由について全く知る由はない。
この情報は、ゲーム後半、もっとずっと未来に知る情報だ。
だが、今ここで、オレはカーロンにそれを伝える。
「今オレが要求することは、カーロン。
復讐対象から、帝国の姫を除いて欲しい。これだけだ」
――カーロンに言いたいこと、要求したいことは、他にもたくさんある。
魔剣はともかく、鎧を使うのは止めて欲しい。
敵対したからと言って、すぐに人を殺すのも止めるべきだ。
だが、一番望むことは、今言った通り。
メイデンである、帝国の姫の安全だ。
「……」
「彼女は、何も知らない。
確かに帝国の皇族であり、責任が皆無とは言えない。
だが、彼女が帝国を出たのは、帝国が魔族に乗っ取られるよりも前なんだ。
彼女は、ズィオレーベの件に、全く関係がない」
「……仮に、お前の話が真実だとしよう」
オレの訴えに考え込んでいたカーロンが、静かに口を開いた。
「帝国に姫が居たことは知っているし、その姫が今は帝国に居ないというのも把握している。
帝国への復讐対象として、見つければ斬る、その意思があることも否定しない」
「ああ」
「例え、お前の話通り、ズィオレーベを攻めた件に無関係だとて。
ならば、ズィオレーベの民は、我が家族は、何故命を落とさねばならなかったのだ?
我らが、かの帝国に、仇為したというのか?
何の罪もなく、ただ一方的に我らを攻めたのは、帝国の奴らではないか!」
カーロンが吠えた。
深い怒りと憤りのこもったその声は、オレの耳に泣き声のように響いていた。