107 強敵と戦う準備をしているだけなんだけど、美少女の幸福からの転落具合とメイドの告げ口が半端ない
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引き続き、カーロンとの第一試合より前、抽選会後の準備中。
ハルトとアズサ、二人で店の玄関脇に並ぶ。
「さて――それじゃぁ、始めるか」
ハルトはそう言うと、店の中で自分の左手にはめた、太くて武骨な指輪を抜き取った。
「兄上がお持ちの指輪は、一体どういったものなのでしょうか?」
「ああ。
これは『身代わりの指輪』と言って、この家のハルファラさんが作ってくれたものなんだ」
そう言いながら、アズサの左手を取り。
迷わず躊躇わず、すっとその指に今外した指輪をはめた。
「……あ、ぁ?
っ、ああああにうえ? ここここれは、どっ、どういう……!?」
「あげる」
「へぁっ!?
あ、あのあの、おにい、あにっ、あにうえ!」
「サイズ、大丈夫だろ?
この指輪は、一旦アズサにあげる」
「だっ、大丈夫ですばっちりです緩かったら指が太くなります! あにうえが、ゆびっ、指輪を、その、あああ、いえ、だから、あのっ!
――どっ、どうせなら薬指にはめてくださいまし!」
理由を聞くより、意味を問うより、それより前に。
アズサの口をついて出たのは、はめる指の変更要請であった。
「ん?
ああ、中指だと戦闘の邪魔なのかな?」
「はははっ、はいそうですそうなんです居合の邪魔になりますので何卒薬指に!」
「街中で戦闘もないし、最終的には変わりないんだけど……まぁ、いいか」
必死なアズサの様子に、問答するのも手間かとばかりに指輪を薬指にはめなおすハルト。
その姿を物陰から一人のメイドが見ていることも知らずに。
「は、はわぁ……お、おにいちゃん……」
「ん、何か言ったか?」
「いいいいいえっ、いいえ! 何も言ってませんでおります!」
「そうか。
それじゃぁ、どんどん行くからここで待っててな」
「はい!
……はい?」
そう言えば、待ってるとは何を?
というか、準備とか手伝いはどうなったのだろうか?
そんなアズサの疑問の答えは――
「ハルファラさーん。
指輪、仲間じゃない人にあげちゃったんで、また作ってくださーーい!」
「は、はああ?
そりゃどういうことだい?」
「いや、どうもこうも。
さっき一緒に来たアズサは、仲間じゃなくて、武闘大会出場者でオレの敵なんですよ。
売ってもいない、何かと交換もしていない、仲間ではない第三者が装備している。
――条件、満たしてますよね?」
「……
……
ああ、満たして、いるね……ああ、満たしているとも!」
「ですよね!
それでは、指輪の作成、お願いします!」
「ああもう、そうきたかいこの悪ガキめ!
いいだろう、あたしも約束はきちんと守ってやるよ!」
口調は老婆のようで、見た目は三十程度の美女。
そんな謎の魔術師?の自棄になったような声が聞こえてきて、アズサも朧気に状況を把握してきた。自分にとって、都合の良い状況を。
(つまり、拙者に指輪を渡すことで、同じ指輪を作って欲しかった?
それってつまり、拙者と、俗に言う、ぺ、ぺありんぐということでおりますか!!)
それからほんの3分程度。
出来立ての指輪を受け取ったハルトは、妄想と幸福の絶頂にあるアズサの待つ店外に出ててくると。
「はい、アズサ。あげる」
笑顔のまま、二つ目の指輪をアズサの指にはめた。
アズサの左手の薬指にはめられた『身代わりの指輪』は、2つになったのだった。
アズサの目が、丸くなった。
ついでに、メイドの目も、丸くなった。
「はっるふぁっらさーん。
指輪、作ってくださーーい♪」
「ああもう、あんた質が悪いね!
まさかこんな手を使うなんて、どんだけ腹黒いんだい!」
「いや、あんなの一人一つ分あればもういいだろう?
今後はあんたの仲間全員分作ってやるから勘弁しておくれよ!」
「あの、兄上?
もう薬指にこれ以上はまらないんですが」
……
「まだ必要って、いったいあんたは何を考えてんだい?
いくら集めようとも、いくつもつけてたら一度にまとめて割れて意味ないんだからね?」
「もうこれで何個目だい、いい加減にしておくれよ!
あの指輪を売るつもりなら、よっぽど高いアイテムを代わりにあげるからいい加減におし!」
「いえ、兄上?
もう両手の指がいっぱいで、あの、え、足? 足の指?」
…………
「あんた、ハルトとか言ったっけ?
本当に、もう勘弁しておくれよぉ……一線を退いた街のおばさんに、どんだけ求めるのさ?」
「ああもう、もーっ、野良犬に噛まれたどころか、野良ドラゴンに丸呑みされた気分だよ!
こんなことになるなんて、ああ私の馬鹿ばか馬鹿、なんて男に引っかかってしまったんだい……はぁぁ」
「あ、兄上、そんな、もうこれ以上は入りませぬ……っ!
ああご勘弁を、道行く人にも見られて、あああ駄目っ、駄目です兄上!
耳元でアズサしかいないんだなんて囁きながら入れるなんて、だめっ、だめぇ(足の指を)揉まないで(足の指の)股が裂けちゃう、あっ、(指輪が足の指に)入っちゃう、ぁぁああっっ」
………………
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【 準備作業 最終結果 】
・ 身代わりの指輪 127個 入手
※最終的な指輪の総数は128個であったが、最初に作ってもらった1つはアズサにお駄賃としてあげたため、ハルトの手元に残ったのは127個
・ 最終的なハルファラの身代わりの指輪製作時間 56.4秒(世界最高記録更新)
メイド「なんたる所業、なんたる鬼畜……相変わらず恐るべしですね、この盗賊は。
しかし、たかがお駄賃で妹の薬指に指輪をはめるなど、許されることではありませんよ?」
アズサ 幸福度メーター ★★★★☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
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大感謝の毎日更新はいったん本日で終了。
アズサさん、お疲れさまでした!