98 モブ盗賊の相手は主人公なんだけど、試合が始まらなければ試合で負けることはない
なぜかやたらと離れたところから小声で案内してくるスタッフに連れられて、三度コロシアムの舞台へと上がる。
一度目は開会式の前。急に倒れてようで細かい記憶にないんだが、舞台に上がったところまではかろうじて覚えている。
二度目は抽選会の時、つい3,4時間ほど前。アズサに連れられて舞台へ来て、カーロンとの対戦が決定した。
そして、三度目となる今回。
一人きりで舞台に上がり、そこでオレを待ち受ける相手と対峙する。
カーロン。
オスティンと対をなすもう一人の主人公で、魔剣を手に復讐に燃える黒の魔剣士。
「レベル1の身で逃げずに来たこと、褒めてやろう」
歓声に包まれた舞台の上で、不思議とよく通る声。
嘲りと愉悦を含んだ声を真っ向から受け止め、オレは笑い飛ばした。
「そいつはどーも。
それじゃぁオレは、レベル1より弱いのに、お前が逃げずに来たことを褒めてやるよ」
「なんだと……!?」
おーおー、煽り耐性低いなぁ。
さすがは黒の魔剣士、搦め手には弱いやつだ。
「ふん、指を斬り落とし、足をそぎ落とし、すぐに泣き叫んで自分の態度を後悔させてやる!」
「いやぁ……その大剣で指だけ斬り落とすのは、ちょっと難しくない?」
聖剣は片手剣だが、魔剣は両手で持つ大剣。
攻撃力はオスティン以上なのだが、見た目通りの重量級パワーファイター。
腕を斬り落とすとか胴体を斬り飛ばすならともかく、指だけを斬り落とすには明らかに向いてないよな。
「ぬかせぇ、つまらん減らず口ごと首を斬り飛ばしてくれる!」
今にも斬りかかってこようとするカーロン。
だがオレ達が会話しているからか、試合開始の合図はまだない。
まだ話せるのならば、試合開始前だがここでいい。
すまんカーロン、試合に勝つためにもお前の冷静さは全部消し飛ばしてやるよ。
セーナを無理やり襲って刺し殺したり、燃える城の中でミリリアを襲った罪、今こそ贖うがいい!(この世界ではまだ起こっていない出来事)
「ははは、かわいそうになぁ」
オレはやれやれとばかりに肩を落とし、わざとらしくため息をついた。
「この雑魚が、何がおかしい!」
剣に手を掛けるカーロンを見ながら、オレは、少しだけ心にないことを言い放つ。
全ては、メイデン達を、クミちゃんを、カーロンを含め全部を救うために。
――すまん。
「生き残った奴が魔剣に飲み込まれるような軟弱者だなんて、命がけでお前を逃がしたズィオレーベの民も救われな――」
ぱりぃんっ、と。
澄んだ音が舞台の上に響き渡り、一拍遅れて斬り捨てられたオレが数歩よろめき下がる。
言葉の途中で強襲したカーロンの一振りで、黒い魔剣がオレの胴体を両断したのだ。
「きさまぁぁぁぁっ!!」
「かっ、カーロン選手!?
試合は始まっていません、反則です!」
カーロンの凶行に上ずった声で叫ぶスタッフ。だが、
「うるせぇ、貴様もぶった切るぞ!!」
「ひぃっ」
オレの言葉に激昂したカーロンの剣幕に、慌ててスタッフが舞台から逃げ出す。
入れ替わりに、舞台の下に控えていた衛兵たちが急いで舞台上に上がってきた。
その様子を目の端に捉えつつ、少し下がったオレは腰の後ろの道具袋から二つ目を取り出して身に着ける。
「獣のようにルールも守れぬとは、ズィオレーベってとこでは随分と高貴な教育をしてるんだなぁ」
「殺す、民を侮辱した貴様は絶対に殺すっ!」
衛兵に囲まれるより早く駆けてきたカーロンが、再度魔剣を振り下ろす。
だが、今度は攻撃されることが分かっていたからな。
最初から全力で逃げの体勢だったため、追いつかれる前に走って逃げて距離を取る。
「待ちやがれ、くそっ!」
追って来ようとするカーロンだが、レベル1のオレの方が足が速い。
追いつかれることなく、その間に衛兵たちがカーロンを取り囲んだ。
「きさっ、きさまぁっ!」
おそらく今のカーロンでも、標準的な衛兵よりは十分に強いのだろう。
だが相手は5人、さらに舞台の周りに増援も集まってきている。
技量差はあろうとも多勢に無勢、衛兵の一人に多少の手傷を負わせたところでそれ以上の凶行はできず取り押さえられた。