97 黒の魔剣士とのレベル差は大きいんだけど、愛と知識と仲間の協力があれば盗賊は負けない
カーロンは、間違いなく強敵だ。
魔剣と鎧の力も性格も、たかが一ヶ月足らずなのに本来のゲーム進行よりも遥かに進んでいる気がする。
それでもオレは、絶対に負けられないんだ。
愛するみんなを守るために。
エロゲーマーとして、愛のないえろを許さないために!!
そのために――
「偵察……え、そんだけ?
世界一の天才魔法使いのあたしにお願いするの、偵察だけなの……? それっておつかい」
「どうしてもアズサさんでないといけないのですか?
どうしても?
どーーーしてもですか?
むうう……仕方ありません。
本当に不本意ですが、私はあなたの共犯者。
涙を飲み、王城と勇者を裏切り、監察官の務めを果たせぬ自責の念を胸にしたまま、あなたのお願いを聞きましょう。
ええ、私はあなたの共犯者ですからね。聞きますよ、聞きますとも。
例えどれほど涙を流そうと、私の心が張り裂けようとも、あなたのお願(以下略)」
「あんた、ハルトとか言ったっけ?
本当に、もう勘弁しておくれよぉ……一線を退いた街のおばさんに、どんだけ求めるのさ?
ああもう、もーっ、野良犬に噛まれたどころか、野良ドラゴンに丸呑みされた気分だよ!
こんなことになるなんて、ああ私の馬鹿ばか馬鹿、なんて男に引っかかってしまったんだい……はぁぁ」
「あ、兄上、そんな、もうこれ以上は入りませぬ……っ!
ああご勘弁を、道行く人にも見られて、あああ駄目っ、駄目です兄上!
耳元でアズサしかいないんだなんて囁きながら入れるなんて、だめっ、だめぇ揉まないで股が裂けちゃう、あっ、入っちゃう、ぁぁああっっ」
――抽選会から、3時間が過ぎた。
できる限りの準備を終えたオレは、今、試合を前に一人で控室に居る。
背には荷物で膨れたカバン、腰の後ろにもすぐ取り出せるようにした荷物袋を下げ。
アズサから押し付けられるように借り受けた刀の鞘を握り、目を閉じてゆっくり深呼吸する。
やれることは、やった。
頼れる仲間たちのおかげで、当初の想定以上の準備ができた。
本当に、みんなには感謝しかない。
だから。
「――絶対に、勝つ」
一つ。カーロンを倒し、メイデンである皆を守る。
一つ。大会を勝ち進み、エリクサーを手に入れてクミちゃんを助ける。
一つ。そうして、メイデンの命と幸せを守り抜き、オスティンに魔王を倒してもらう。
そう。この一戦は、メイデンのみんなの平和と命を守るためであり、ひいては世界を救うため。
そのためなら、このちっぽけな盗賊の命を賭ける事など、安いもんだ。
武闘大会のルールとシステム上、命を落とす事はないしな。
……ないよな?
ちょっと不安だ。
いやいやいや、平常心平常心。
オレはゲーマー、春山 悠斗だ。
武闘大会、それもたかが一回戦。ゲームでは、何度も何度も勝ち抜いてきたのだ。
むしろ、予選を勝ち抜いて決勝トーナメント出場した際は、第一回戦で負けたことは一度もないのだ。
うむ、やれる。オレならやれる。
相手は主人公であり、魔剣を握るカーロン。
だがこっちは、カーロンもオスティンも、何度も何度もこの手で操作してきたゲーマーだ。
しかも、勝利の女神たるみんながついてるのだ。
負ける要素は、一つもない!
「よしっ!」
オレは強く鞘を握りしめ、立ち上がる。
「カーロン。
オレは、お前のエロゲーを否定する!」
鞘に入った刀を掲げて、吠える。
戦意万端、気合十分。
「オレは、オレのエロゲー道に則って、絶対にカーロンを打ち倒す!」
――とまぁ、気合を入れて戦意をみなぎらせるオレの事を。
いつの間にか部屋に来ていたスタッフが、ずっと無言で見つめていたことを知るのは、それからわずか10秒後のことであった。
「ええ、本当に怖かったんです。
一人でぶつぶつ呟いたかと思えば、いきなり立ち上がってえろーとか叫びだしますし……
もうなんなんですか今回の大会。巨漢のハゲが睨んできたり変質者が叫んでたり、あんな控室一人じゃいけません!
あの、だから……先輩?
一緒に、付き合ってくれませんか……?
主人公の活躍により、一人のモブが幸せを勝ち取った瞬間であった。
変質者扱いされている主人公、良い仕事をしました。