10 酔った勇者に勧誘されたんだけど、なかった事にはしてくれない
一夜明けて、お城の客間で迎えた翌朝。
ユティナさんに案内されて朝食の場に赴くと、そこにはミリリアとオスティンが揃って席についていた。
「おはようございます、ハルト様」
「おはようございます、ミリリア……様」
危ない危ない、いつもの調子で呼び捨てにするとこだった。
周りの騎士やメイドたちに睨まれながら、案内された椅子に腰をおろす。
と、今度はオスティンが声をかけてきた。
「おはよう、ハルト!」
「おはようオスティン。二日酔いは大丈夫だったのか?」
「もちろんだよ、ぼくは全然酒に酔ってないからね!」
「うそつけ……一口でぐにゃぐにゃに酔いつぶれてたじゃんか」
テーブルに着いたのはオレたち三人だけ。
ほどなく料理が運ばれ、朝食の支度が整う。
うん、今日も美味しそうだ。
なんてのんきなことを考えていたら──
「ハルト様」
「ん、なに……でしょうか?」
「随分と、オスティンと、仲がよろしいの、ですね?」
なぜか、ミリリアの声が非常に冷たく響いた。
背筋を震わせつつ、恐る恐る答えるとミリリアは笑顔を見せてくれた。それはもう、にっこりと。
オレにはわかるね、あの笑顔なら王様も2秒で土下座すると思うよ!!
「わたくしにはよそよそしくも慣れない敬語をお使いになってらっしゃるのに。
オスティンには、随分と砕けたご様子なのですね?」
「えええっと……いえ、オスティンはただの騎士で、ミリリア様は王女様ですよ?」
「オスティンはただの騎士ではございません。女神に選ばれし勇者なのです。
世界にただ一人、聖剣を握る勇者は、王女などよりもずっと希少で尊いものではないでしょうか?」
「いや、そう言われると……確かにオスティンは希少な存在かもしれませんけど……」
なんでミリリア、こんなに冷え冷えとしてるんだろう。
ストーリーぶち壊したせいで、氷魔法の適正を身に着けちゃってるのかな?
そんな馬鹿げたことを考えていたら
「そりゃあ簡単ですよ。ハルトとぼくは友達ですからね!」
そう言って、オスティンは朗らかに笑った。
怒りのオーラをほとばしらせたミリリアと対照的に……
「まあ。少し見ぬ間に随分と仲良くなられたのですね。
ねえ、ハルト様?」
ひえっ
「そっ、そそそんなことはないですよ、はい!」
「そうですよ、ミリリア様。
ハルトはぼくの大事な仲間として、一緒に旅に出るんですからね!」
ぎゃー、余計な事覚えてやがったー!
ひょっとして酒の力で覚えていないんじゃないかなーと期待したけれど、残念ながらオスティンは昨夜のことをばっちり覚えていたようだ。
「それは、どういうことでしょうか、《預言者様》?」
声こわい、声こわいですミリリアさん!
おのれオスティんんんっ、オレがメインヒロインであるミリリアを奪ったからってこんなところで復讐してくるとはっ!!
でもミリリアは返さない、返さないんだからね!
「預言の力があれば勇者の旅に大きな力になってくれますし。
そうでなくても、ぼくはハルトになら安心して背中を預けられます。
命をかけて戦う以上、強い仲間より、信頼できる仲間とこそ共に行きたいと思ってますからね」
オスティンの言うことは正しいと思うけれど、それはそれとしてオレは一言も一緒に行くなんて言ってないんだけどな!
ていうかお前、エロゲーの主人公なんだから、男キャラじゃなく女キャラを仲間にしろよ!(最重要)
エロゲー主人公にあるまじき発言をするオスティンの言葉を聞いて、ミリリア様は呆れたように額に手を当てて俯く。
和やかなはずの朝食の場が、しかし物音一つなく、ひと時の沈黙に支配される。
「……あ、あのー、ミリリア様?」
「ハ、ル、ト、様?」
「ははははい!」
ミリリアは、わざわざ立ち上がってオレのすぐそばまでくると、耳元に唇を寄せて囁いた。
「そんなの、寂しくてずるいです!
わたくしが、いつでもおそばに居たいんですから……ね?」
「はぐわぁぁぁぁっ!」
ずぎゅうううううんっ!
オレは、ミリリアの甘い声に撃ちぬかれて死んだ!!
「それから、オスティン!」
「はい、何ですか?」
ミリリアは『しゃーっ!』って感じにちょっと睨みながらその名を叫ぶと、やおら、お、おおお……!?
己のとても大きくご立派な胸の谷間に手を突っ込み、そこから引き抜いたものをオスティンに見せつけるミリリア。
「見なさい!」
「超見えましぃだあぁぁっ!?」
引き抜かれた反動で大きく弾んだ胸の素晴らしさに心動かされて反射的に叫んだら、いつの間にか背後に立っていたユティナさんからフライパンで殴られた!
め、めがまわる……
「は、ハルト様のえっち……」
ちょっと恥ずかしそうに胸元を手で隠しつつ(大きな胸がたわんで余計エロいです、ありがとうございます!)片手に持って示したのは、チェーンを通してネックレス替わりにされた緋色の腕輪。
ミリリアを助けて洞窟を出た後、オレが渡した腕輪である。
「こほん。
オスティン、よく見なさい。これは、わたくしとハルト様の婚約の証ですわ」
「「えっ」」
何それ、オレも知らないんですけど!?
「あの洞窟で助け出されたわたくしとハルト様は、いっとき離れようとも再びめぐり逢いずっと一緒に居る事を約束いたしました。
婚約の証として、わたくしからは指輪を、ハルト様からはこの腕輪を交わしたのです。
ね、ハルト様?」
「そんなの知らいででででででっ!!」
ぎゅーーーーっ、とばかりにつねられる脇腹、痛いっす、ちょー痛いっす!
「たっ、確かに、洞窟を出たあと、ミリリアから指輪預りました、はい!」
身をよじりつつも、ミリリアから渡された指輪を胸元から引き出す。ミリリアと同じように、ネックレスのようにチェーンに通して身に着けている。
今はまだ何の効果も持たない、金の宝石をあしらった指輪。世界に一つしかない、大切な指輪だ。
「お城に戻ったら返す約束で」
「違います!
その指輪を返してもらう時は――」
ミリリアが、急に言葉を切り、頬を染めて俯いた。
「……ミリリア?」
「わたくしの、薬指に、はめて下さる時……ですからね?」
「あああああ可愛いなぁもおおうぅおぅ!」
何でこのお姫様こんなに可愛いの!? ミリリアだからさ!(完結)
「何でぼく、目の前でのろけられてるのかな?
──でも、そっか。
ハルトが赤い腕輪を持っていて、それをミリリア様が預かってるのか……やっぱり、ぼくの目に狂いはなかったんだね」