書籍化『断罪を返り討ちにしたら国中にハッピーエンドが広がりました』
NPCに転生したアタシの話を聞いてほしい【書籍「断罪ハピエン」収録】
ミナは自分のこと、ちょっとした不幸の見本市だと思っている。そこそこ頭がいいので、市内で一番の高校に行こうと思ったけど。
「一番の高校の真ん中にいるぐらいなら、二番の高校の上位にいる方がいい」
父に言われ、そんなもんかと二番の高校に入った。中学校のときのライバルは、そんなミナに目もくれず、一番の学校に行った。
「めちゃくちゃキツイ。授業を一回聞いたら理解できる、怪物みたいな頭脳を持った子が普通にいる。私は毎日死ぬほど予習復習して、百位以内を維持するのがやっと。上位大学にスルッと好判定もらえる子がうらやましい」
たまに会うと、そんな愚痴を言う元ライバル。ミナは何も言えなかった。ミナは二番手の学校で、中間の位置にいるんだもん。死ぬほど努力なんてしてない。どうせうちら二番手だし、そんな空気が蔓延する学校で、ぬるま湯につかっている。
「大学は自宅から通える範囲にしなさい」
お金がかかるから、ひとり暮らしさせる余裕がないと言われては、そうせざるを得なかった。毎日、バスと電車で片道二時間かけて通う、そこそこの大学。
元ライバルは、都会の超一流の大学に受かった。
「家賃が高いからさあ。超狭くて、風呂トイレ共同のアパートだよ。恥ずかしくて友だち呼べない」
そんなことを言っている彼女に、ミナはまたしても言葉をかけられなかった。風呂トイレ共同って、最悪じゃない。そう思ったから。
行きたい学部もなかったので、なんとなく聞こえのいい英文学部にした。ミナが大学三年生になったときは、世の中は就職氷河期だった。華やかな会社は、書類で落ちる。
「家から通える会社にしなさい」
それならお金も貯まるな、そう思って、地元の小さな貿易会社に入った。お茶汲みコピー取り備品購入など、あらゆる雑用は女性社員の仕事だった。やりがいのありそうな仕事は男性のもの。女性はサポートに徹して、内助の功が喜ばれる社風だった。
たまに地元に帰ってくる元ライバルは、大きな商社に受かっていた。
「お茶汲み? ないよそんなの。給湯室に自販機あるんよ。部署の来客用カードをピッとかざせばお茶のペットボトル出てくるから。男性も女性も、自分でペットボトルをお客さんに出して終了よ。コップも出さないよ、洗う時間が無駄じゃん」
「そっかー、いいなー」
「ミナ、転職しなよ。そんな時代錯誤な会社にいたって、ろくなことないよ」
「そうだよね、ちょっと考えてみる」
でもミナは転職しなかった。社内恋愛していた彼氏の子どもを妊娠したからだ。会社を辞めて、ミナは肩書を失った。妻であり母だけど、名刺はない。
元ライバルは、うらやましそうにミナの娘の写真にコメントをくれる。
「いいな。私も子ども欲しい。でも、仕事と子ども、両方は私には無理だから。相手もいないし、仕事に生きるよ」
元ライバルは、毎年、娘の誕生日にはメッセージをくれる。
「人の子の成長は早いってホントだねー。もうすっかりお姉さんじゃんー」
ミナは娘の成長が誇らしい。健康で幸せになってくれればいい、そう願っている。誰にも言わないけど、娘には、自分と同じような人生は歩んでほしくないと思っている。
元ライバルは、海外を渡り歩き、ニュージーランドで小さな会社を作った。
「まさか自分が海外で結婚して、高齢出産することになると思わなかった。何もかも、キツイ」
でも、彼女はエネルギーに満ちあふれているから、なんとかしてしまうのだろう。
大学生になった娘は、ひとり暮らしをしている。お金はかかるけど、その方がいいと思う。
夫とふたりきりの生活。会話はない。夫は会社の部下と浮気している。今、離婚してくれと言われたら、ミナはどうすればいいのだろう。実家に戻るのだろうか。スーパーのレジ打ちならできるだろうか。
「人生が、詰んだところで、異世界に。転生、キター」
酒をしこたま飲んだ翌日、目が覚めると、そこは異世界だった。だって、見たことのない天井だし。石造りの部屋だし。窓から見る風景はナーロッパだもの。
「神様、ありがとうございます」
ミナは心から祈った。
「どんな美少女に生まれ変わってるかなー」
いそいそと鏡を見て、ミナは膝から崩れ落ちた。
「マダムじゃん」
おばさんという言葉を忌み嫌っているミナ。おばさんって自分で言ったら、そこで試合終了ですよ、そう思っている。まあ、そんなことはどうでもいいのだが。鏡に映るのは、洋風のマダムだ。なんだろう、パン屋の女将っぽい風情。
「金髪とか白銀のお嬢さまに転生したかったよー。神様、ひどい」
神様から何かチュートリアル的な説明がくるかと、しばらく待ったが、ナッシング。ミナは床に体育座りをして、記憶を探ってみる。今世の記憶は、ない。
「なぜー、困るー」
トントン、ドアを叩く音がする。ミナは慌てて立ち上がり、少しだけドアを開けてみた。
「エヌピーシーの村にようこそー」
ミナと同じ年頃のマダムが、朗らかな笑顔を見せて言った。
「エヌピーシーってなに」
「NPC、ゲームのノンプレイヤーキャラクターのことよ。説明するから、下で一緒にごはん食べましょう。私はリサ、よろしくね」
リサについて階下に降りると、下は食堂みたいな作りになっている。リサはホカホカと湯気をたてたパンと紅茶を出してくれた。
「ここはね、氷河期世代救済用の村なの」
「氷河期世代救済用の村」
なんか、え? ミナの思考が停止する。
「この村、ほとんど転生組なんだ。氷河期世代って、国に見捨てられた世代じゃない。恨みつらみが凝り固まって、神への怨嗟がひどいことになったの。それでね、神様が異世界に氷河期世代専用の村を作ったんだって」
「救済の割に、なんでマダム? どうせなら、美少女に生まれ変わりたかったな」
「まあね、でもね、勇者とか聖女とか悪役令嬢って難しいわけよ。ああいう主人公系に転生するにはね、魂の力が強くないと。転生しても、元の性格はあまり変わらないから。新しい環境に適応できなくて潰れちゃうのよ」
「ああ、それはそうね。そうかもしれない」
確かに、今から美少女になったとして。イチから人間関係築いて、この世界に順応して、成り上がっていくのは、疲れそうだ。お料理革命とか、色んな美少年を手玉に取ってとか。マンガで読む分にはいいけど、自分でやるのは面倒かもしれない。
「主人公にはなれないけど、脇役をきっちり務められる人材。それが私たちよ。ここで、勇者や聖女をおもてなしするのが、役目」
「勇者や聖女も転生者?」
「まちまちよ。現地の人の場合も、転移や転生のときもあるわ。でも、私たちは何も知らないふりをして、異世界の中の人として接するの」
リサに助けられながら、ミナの新しい生活が始まった。ミナはリサとふたりで、おいしくて値段が手頃な食堂を営業するのだ。
昔、ファミレスでバイトをしたことがあるので、ウェイトレスはなんなくできた。料理を大量に手早く作るのは手こずったが、徐々に慣れてきている。魔道具が発達しているので、カマドの火を一定の強さで保つことができる。水も蛇口のようなところから出てくる。電子レンジはさすがにないが、冷蔵庫のようなものはある。
「みんな、時間がたっぷりあるからさ。研究して色んな便利道具作るのよ。日本人、そういうの得意じゃない」
生活魔道具が異様に発達した村と有名らしい。おかげで勇者や聖女だけでなく、冒険者や商人、旅人がひっきりなしに村を訪れる。食堂も連日、大にぎわいだ。
てんやわんやだけど、日本のお客さんほどのサービスは求められない。とりあえずお酒さえ出しておけば、イヤミを言われることも、怒鳴られることもない。セクハラもない。マダムだからだろうか。
「セクハラ? ないない。そんなことしたら、ぶん殴ってやる。ここでは客と店員は対等。お客さまは神様だなんて、ヘコヘコしなくていいから」
「そっかー。よかった」
スーパーの店員さんに怒鳴りちらすクレーマーをよく見たが、ここではあり得ないらしい。
「はっきり言って、天国だよ。働けばちゃんと暮らしていける。バカみたいに税金取られることもない。義両親の介護も、PTAで無駄な作業することも、町内会でジジイにセクハラされることもない。夏もそんなに暑くないし。転生、万歳よ」
リサは鼻息荒く主張したあと、「子どもには会いたいけどね」ポツリと言った。
「分かる。アタシも、娘のことだけが心残り」
ミナとリサは、たまにしんみりと子どもの思い出話をする。
「魔力がすっごい必要らしいけど、もしかしたら元の世界にも戻れるかもだって。でも、誰も試してないけど。戻っても、元の体が残ってるか分からないしねー」
「そっか。もうお葬式も終わってるかもだもんね」
ミナは、じんわり浮かんだ涙をエプロンで拭く。
「もしかしたらさ、神様がそのうち、子どもたちを短期転移させてくれるかもしれないしね」
「すごいこと言ってる。でも、それいいかも。夏だけでもこっちで過ごせればいいのに」
新しい避暑の形として、なんとかならないだろうか。ミナが考え込んでいると、食堂にケンが入ってきた。ミナはいそいそとケンの好物の肉団子入りスープを持っていく。
「はい、いつもの」
「あ、ありがとう。新しい鍋はどう? 圧力鍋は無理だけど、無水鍋ならいけるんじゃないかと思ったんだ」
「うん、いつもよりコックリしたスープになったと思う。食べてみて」
ケンは、フーフー注意深く冷ましてから、スープを口に運ぶ。
「うん、味が濃い気がする。成功かな」
「成功だよー。いつもありがとう。これ、お礼のチーズケーキ」
ケンはスープを大急ぎで食べ始めた。
「急がなくても、チーズケーキは逃げないから。ゆっくり食べないと、変なとこ入るよ。ほらー」
案の定、咳き込み始めたケンの背中を勢いよく叩く。
「次の休みにさ、湖に釣りでも行かないか?」
「いいね、行こう。お弁当作っておくね」
ケンの嬉しそうな笑顔を見ると、ミナの胸が温かくなる。娘が生まれてから、夫とふたりきりでデートなんて一切なかった。女として枯れていた。でも、ここではマダムのミナを大切にしてくれる人がいる。
母でも、無料の家政婦でもなく、ミナとして扱ってくれる人がいる。それがどれほど、肌に潤いを与えることか。
「鬱々としてる氷河期世代が、もっとこっちに来れるといいね」
「そうだね。あっちの政府はあてにならないから」
「神様に祈っておこう」
ミナとケンは、転生転移の神様に真摯に祈った。
真面目に生きていたのに見捨てられた彼らに救いの手を。できれば娘も避暑でちょっぴり。
ミナとケンは目を開けて、笑い合う。ここは、割と神様との距離が近いのだ。きっと、いいことがあるに違いない。そう信じられる。
ここでは、未来は明るい。
お読みいただき、ありがとうございます。
2024/7/14頃発売の書籍『断罪を返り討ちにしたら国中にハッピーエンドが広がりました 』に、加筆修正した本作が収録されます。