その生まれし可能性は、異なる世界に転々と
「があ、あぁぁ!!」
叫び声が響いた。
その叫び声は、断末魔となった。
御神楽槇斗は浪人生だ。
ただ、本人がそう名乗っているだけで、3年前に2度目の大学受験に失敗してから、ほとんど勉強なんかしていない。
ずっと部屋の中にいる。
ぼんやりとテレビを見て、ラジオを聞いて、ゲームをやって、飯を食べて、寝ているだけ。
3週間ぶりに家の外に出たのは、近所のコンビニに行くためだ。
昨日から、家族が県外の親戚の法事に出かけてしまったのだ。
家の中に食べる物が無かった。
だから、家を出て、コンビニに向かっていたのだ。
そして、信号待ちをしている時、トラックが自分に迫って来るのを見た。
危ないと思った時には、もう、逃げようが無かった。
思わず目を閉じ両腕で顔を庇った。
ガツン!と全身に衝撃があった。
一瞬で意識が無くなった。
トラックはスピードを緩める事無く、ガードレールにぶつかり、横転した。
御神楽槇斗は即死だった。
歩行者数人が負傷し、トラック運転手は病院で死亡が確認された。
そこは白い空間だった。
どこまでも広がる白い空間だった。
男は目を覚ました。
うつ伏せになっていた体を起こし、膝立ちになる。
両手を見た。
ブルブルと震えている。
男は祈るように両手の指を組んで、震えに抗った。
手の震えがおさまってから、男は顔を上げる。
視線の先には、白い椅子と、光があった。
光は徐々に形を変え、椅子に座る人の形になった。
人の形をしているそれは、人では無かった。
人よりも、もっともっと、上位の存在。
人種や国や時代が違ったとしても、その存在が何なのか、誰だって瞬時に理解出来るだろう。
「女神様」
男がその存在に話しかけた。
女神様と呼ばれた存在が、男を見た。
美しい女神は、静かに微笑んだ。
「ご苦労様でした、また、異なる世界に、可能性が生まれました」
女神は椅子に座っている。
ただそれだけで、とても高貴だった。
とても美しく、一切の汚れを寄せつけぬ清らかさがあった。
何の装飾品も身に付けず、白い布のような物をフワリと身に纏っているだけなのに、女神は煌びやかに輝いて見えた。
「女神様、私に、労いの言葉をかけてくださるのなら、もう、許してはいただけませんか」
女神は微笑みの表情のまま男を見ている。
男は組んでいた指を離した。
再び、両手が震える。
「私は、何度も何度も、異世界へ可能性を導いてきました、何度も何度も、もう数えきれないほど」
男の声も震えている。
「トラックの運転手になり青年を轢き殺しました、電車の運転席から歪に曲がる少女を見ました、駅のホームから子供を突き落とした事もありました、通り魔になり、サラリーマンを殺しました」
男は泣いている。
「いつまで私は、この罪を償い続けなければならないのですか!?」
女神は数秒目を閉じ、ゆっくりと開いた。
「最初に言ったはずです、これは罪でも罰でもありません、あなたの汚名を雪ぐための仕事なのだと」
「はい、それは、理解しております、ですが」
「あなたの仕事で転生した命は、異なる世界で、可能性の一つとなります、イレギュラーが発生し続ける世界で、その仕事は必要な事なのです」
「解ってます、しかし、いつまで、それを私がやらなければ…」
女神が目を細める。
「あなたがしてしまった事、覚えているでしょう?、自信満々で転生した先で、怯えて、仲間を捨てて逃げ出し、あげく、自ら命を断った」
「……、はい、覚えています」
「その為に、私達の計画そのものが遅れ、魔王と言う存在が、さらなる脅威になってしまった」
「……」
「この仕事は、あなたがやるべき仕事なのです」
「……、はい」
男は肩を落とし、涙を流し続けた。
少しづつ、男の姿が、光に包まれる。
光はだんだん小さくなり、やがて光の点になった。
そして、音も無く消えた。
「それに、あの仕事は誰もやりたがらないし…」
女神は呟く。
白い空間が、透き通ってゆく。
色が無くなってゆく。
「これからも導いて来なさい、最初の勇者よ」
色も女神も消え、やがて、空間そのものが消えていった。