缶コーヒーの上手な捨て方
なろうラジオ大賞4 投稿作品
【缶コーヒー】で執筆しました。
ギリギリ間に合い良かったです!
どうぞよろしくお願いします。
雪のちらつく午前零時。
電球ひしめく木々眺め、ぼんやり佇み息を吐く。
「それ」
振り向くと、若者がひとり立っていた。
きらきら月明かりの下で銀髪が眩しく輝いている。
指差されたのは缶コーヒー。
黄昏、落ちてく太陽を見つめてそのまま日が暮れて。何時間経ったのだろうか。握り締めていたそれはつめたく冷えきっていた。中身はとっくに空っぽだ。
「ずっとにらめっこしてるね」
思わず眉間に皺寄せる。いつから見られていたのだろう。すると、するり、かじかんだ指先から缶コーヒーを取り上げられた。
「捨ててやろうか」
「……余計なお世話」
その一言のため、喉の奥から声を絞り出す。
氷みたいな掌で缶を取り返し両手で包むと、彼は深く溜め息ついて、くるり、と踵を返した。
遠ざかる背中は見慣れてる。
いつものことだ。捨てられることは慣れている。
でも、捨てることには慣れてない。
心にも仕舞い込んだまま捨てられない、中身が空の缶コーヒー。
すっ、
突然目の前に何かを投げられた。先程の彼だ。
「ん」
反射的に受け取ってしまう。熱いけど火傷するほどの温度ではなく、しびれてじわりと温まる指先。彼と同じ髪色に光る缶コーヒー。
「いる?」
差し出されたのは、チョコ、だった。
数十円で買えるものだけど。
ふいに、思い出したのは父のコーヒーだった。
父は信じられないほど早起きで、私が小さな頃からそうだった。丁寧に淹れたコーヒーを寝惚け眼の私に差し出してくれた。
あの日もそうだった。恋を失くした朝だった。
程よく冷まして一口啜る。
こくり、喉を通り抜ける熱と苦味。
「……おいし」
ぼそり、と呟くと父は満足そうに笑った。
けれど何にも訊かなかった。
かけられた言葉はおかわりの確認と提案だけ。
「いる?」
頷くと、高級そうなチョコレート──カカオ70%、と箱に書かれたものだ──を取り出してそっとテーブルに置いてくれた。
私はただ黙って飲み干した。
カップの中身が空になる頃、喪失の悲しみは薄まり、やがて口溶けの良いチョコのかけらとともに、甘ほろ苦く溶けていった。
あれから随分コーヒーを飲んだ。
お砂糖もミルクも入っていないブラックを堪能する。有名なコーヒーショップからコンビニ、自販機まで片っ端から試してみた。どれもそれぞれ良さがあり、美味しかったけど、あの日の父のコーヒーに叶うものはなかった。
……のだけど。
雪つもりだす、午前三時。
まだ缶コーヒーはあたたかかった。