エリオス─時すでに遅し
side:エリオス
「…は?」
自然とその声が漏れた。
「ここって…豚鬼将軍の巣…だよな?」
後ろにいるギースがそう発する。
眼前には、ただ石が無造作に積まれたものがあるだけであった。
その中心には、豚鬼将軍らしき死体が倒れている。
一撃だろうか。その胴体には風穴が開いている。
討伐の証明の為の角は、既にもぎ取られていた。
「どうなってんのよ!?」
イラヴェルが大きな声で叫ぶ。
「わかんねぇよ!うるっせぇな!でも、これだけは言える!豚鬼将軍は死んでる!俺たちが倒したんじゃねぇ!誰かが殺ったんだよ!それも、こんなあっさりと……!」
「誰が殺したのよ!?」
「知らねえよ!」
「「「……」」」
3人とも黙り込む。
沈黙を破ったのは、エリオスだった。
「……とにかくだ。依頼を受けてたのは俺たち。遠回りにはなるが、直接ギルドの職員をここに連れてくればいい。そういった証明も出来るからな。」
「……そうだな。」
「そうしましょう。」
エリオス達はそう決めると、そこから街へ戻った。
◎
「報酬が払えないだと!?!?どういうことだッ!!!」
エリオスは机を叩き叫ぶ。
「ですから、その依頼は既にレイン様によって達成済みです。」
「ふざけんな!彼奴に豚鬼将軍が殺せる訳ねぇだろうが!大体、俺たちが受けてた依頼だぞ!!」
「偶然、その申し出の処理が遅れておりまして。レイン様が達成なされた時には、まだそれが完了していなかったのです。」
「なんでだよッッ!!!」
「なぜ、と言われましても…」
エリオスの眼前に座る人物─【黒豹の爪】のギルドマスター、レッザム・ドリューグは、エリオスの剣幕に押されず、淡々と返していた。
「そもそも、あの依頼はエリオス様たちを指名していた訳ではありません。それを先にレイン様が達成なさっただけなんですが……何か問題でも?」
彼は机に置いてあるお茶を飲みながら話す。
「問題だらけじゃねぇか!!そもそもお前が手続きをしていれば、今頃俺たちは報酬を受け取っていた筈なんだぞ!こっちは命かけて戦ってんのに、何呑気に茶ぁ飲んでやがる!仕事しろや!」
「それは申し訳ありません。しかしですね、貴方達のような素行の悪い方々に依頼を任せるのは、こちらとしてもあまり宜しくないわけですよ。」
レッザムは落ち着いた様子で返答する。
「は?てめぇ、舐めたこと言ってんじゃねえよ!俺がいつそんなことしたって言うんだよ!」
「自覚無しですか……困ったものですねぇ。あなたはもう少し、物分りの良い方だと思っていたのですが。」
「は?」
「…最初に御説明しませんでしたか?我々は冒険者を階級だけで判断しませんと。普段の素行や、達成した時の被害。そういったものも加味して、冒険者たちにはある程度有利不利を付けさせて頂いてるんですよ。
こちらとしても、素行の良い冒険者に成長して頂いた方が良いですからね。評判は大事ですから。」
「それとこれとは話が別だろうがよ!?」
エリオスは頭に血が登りすぎて、もはやまともに物事の理解が出来なくなっていた。
「はぁ……」
レッザムは頭を抱える。
「まず、1つ目。貴方達のパーティは、依頼主への態度が悪い。レイン様だけはまともな態度だったようですが…まぁここではあまり関係ありませんかね。2つ目は、他の冒険者の方々に対する迷惑行為。3つ目は、レイン様に無理やり危害を加えようとした上、運が悪ければ…いや、ほとんどの確率で死んでしまうほどのことをした件です。よくこれまでまともな指名依頼が舞い込んで来てましたね。常々不思議に思ってましたよ。」
「だからそれとこれとは話が…!!」
「はぁ…わかりました。簡単に説明してあげましょう。貴方は素行が悪い。レイン様は素行が良い。だから冒険者ギルドはあなたよりレイン様に有利になるようにある程度調節している。分かりました?」
「お前…ある程度ってレベルじゃねぇだろこれは!!金貨10枚の依頼だぞ!!!」
「それは失礼しました。しかし、不利になるのが嫌なのでしたら、もっと真面目に依頼をこなすべきでは?」
「ふざけんな!!俺はB級の【白銀の刃】のリーダーだぞ!なんで俺がそんな扱いされなくちゃいけねぇんだよ!!」
「規則ですので。すみませんね。」
「てめぇ……ッッッッ!!!」
エリオスは机を叩きつけ立ち上がる。
「さっきも言ったでしょう。貴方の態度は目に余ります。だからこういうことが起きた。それだけのことです。
なぜ分からな──」
「黙れェ!!!」
エリオスはレッザムの胸ぐらを掴む。
「お前、いい加減にしねぇとぶっ殺すぞ……!!今すぐ金貨10枚…いや、50枚払え!迷惑料含めてな!!払えないって言うなら、お前の首を今ここで切り落とすぞ!!」
「やめて下さい。貴方が私を殺せば、貴方とそのお仲間たちがどのような目にあうとお思いですか?」
レッザムは冷静に返す。
「てめぇ……調子に乗ってんじゃねえぞ!ふざけやがって!!」
エリオスはレッザムを離すと、腰に差してある剣を抜いた。
「殺してやる!」
「…はぁ。」
レッザムは剣が振り下ろされる前に、指で剣先を挟み、止めた。
「な……!てめ─!」
「言い忘れてましたが、私は元S級の冒険者です。今は引退していますが…それでも。A級冒険者の殆どを超える力はある、と自負しております。」
「な……!」
エリオスは冷や汗を流しながら、後退る。
「【白銀の刃】程度が束になってかかってきたところで、負ける気などしませんよ。」
「ふざけ…!」
「終わりにしましょう。」
レッザムはエリオスの腹を思いっきり殴った。
エリオスは勢いよく吹き飛び、壁に激突する。
「ぐふぅ……!」
エリオスは口から血を吹き出す。
「……これで少しは理解できたでしょうか?」
「て、てめぇ……ッッ!!」
エリオスは怒りで震えながら立ち上がり、再び剣を構える。
「……はぁ。」
レッザムは呆れたように溜息をつくと、一瞬にして距離を詰めてエリオスが持っていた剣を蹴り上げた。
ブォンブォンブォンッ!
ザクッ!
剣は回転しながら弧を描き、少し遠くの床に刺さった。
「まだやりますか?」
「……ッッ!!」
エリオスは歯軋りしながらレッザムを睨みつける。
「そうですか。」
レッザムは再び拳を振り上げると、今度はエリオスの顔ギリギリのところに寸止めした。
「ひっ……!」
「次は当てますよ?」
「う……」
エリオスは恐怖からへたり込む。
「さて。」
レッザムは床に刺さっていたエリオスの剣を彼の前に放り投げた。
「あなたは才能に満ちておられますから、我々としても今後の成長を楽しみにしているのですよ。」
「……」
「今回の件に関しては…まぁ、これまでのツケが回ってきたのだと反省して頂いて。今後はもう少し素行を良くして頂くようお願いしますね。」
「クソが……!」
エリオスは立ち上がると、その場を去った。
「……はぁ。」
レッザムは深い溜息をついた。
「全く、なんでこうも冒険者ってのは血の気の多い人が多いんですかね……。」
レッザムは受付に戻ると、依頼書の束を捲った。
「さて、今後の予定は…おや。」
彼はスケジュール帳を取り出し、中身を確認した。
そこには、『10日後、第二王女が来る』との内容が記載されていた。
「……これは、忙しくなってしまいそうですね。彼女が来るのは…1年半ぶりでしょうか。あまり得意ではないんですよねぇ、あの方…」
レッザムは深く溜息をつきながら、仕事に戻った。