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魔族の将軍に捧げられた人間の少女のお話  作者: るいす
四章 少女、領地を視察する
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番外 オーディン

魔族のなかではエトヴァスさんは「ビューレイスト」さんです

「あいつ、やりやがった・・・・」


 魔王オーディンは魔族で十二人しかいない将軍ビューレイストからの正式な公示を前に、頭を抱えていた。


「どうなさったんですか?」


 千年来の部下が気遣わしげに尋ねてくれる。だがそれすらも説明するのがつらい。ビューレイストから送られてきた紙切れを無言で部下に突き出す。

 部下はそれを受け取り、目を通して目を見ひらいた。


「ビューレイストが、妃をとった!?」


 部下が大げさなほど驚愕の眼差しを向ける。だがその気持ちはオーディンにもわかる。

 ビューレイストはオーディンにとって異母兄の息子、つまり甥に当たる。魔族は親族関係を一切重視しないが、それでも彼を生まれたときから知っている。

 ビューレイストは誰の目から見ても純血の魔族らしい感情の起伏に乏しい男で、他人に対する興味は欠片もなく、しかも食欲と性欲に固執する魔族のなかで珍しく性欲がないと公言している奇特な男でもあった。

 当然、何者にも興味がなく、挙げ句性欲がないので、妃はおろか恋人も愛人もおらず、まともに部下とも寄り添ったことがないように他人からは見られている。

 ただ彼は将軍のなかでも魔王候補に挙げられるほど強い魔族で、中道派の筆頭でもあるため、穏健派である魔王オーディンにとっては過激派を抑える上で常に無視できない存在だった。


「妃の名前がアリス・・・、魔族では聞かない名前ですな」


 部下が首を傾げているのは、「アリス」という妃の名が、魔族で聞く響きの名前ではないからだ。ただそれは当然だ。


「人間だよ。人間」

「人間!?」


 部下はぽかんと口を開き、もはや理解できていないようだった。

 魔族は現在混血が増えたが、その大半は獰猛な巨人族との混血が多い。とくに人間は脆弱な割に魔力を多く持つ生きもので、魔力の多寡を味と感じる魔族にとって、かつては戦闘力の低い安易に手に入る食料だった。

 千年前に人間の要塞都市に対魔族結界が張られ、ここ千年は魔族側も魔力を持つ生きものの家畜化にも成功し、若い世代は人間を喰ったことのない魔族が大半を超えている。だがそれでもいまだに人間との混血は極めて少なく、人間の妃の事例はここ千年でアリスをのぞいて二例しかない。


「・・・また、なんて可哀想なことを」


 部下が悲しげに目を伏せるのは、オーディンが一番寵愛した人間の妃の自殺を知っているからだ。

 魔王であるオーディンはまだ将軍であった千年前、人間を妃にした。亜麻色の髪と琥珀色の瞳の、人形のように整った顔立ちの美しい女だった。そして今は将軍でもある息子バルドルを得た。

 だが、行き違いからすべては狂い、オーディンの妃は自殺した。

 そのいきさつのすべてを知る部下は、当然将軍のビューレイストが得た人間の妃に、賛成とは言えないだろう。


「・・・」


 オーディンは長い亜麻色の髪に大きな紫色の瞳の少女を思い出す。

 ビューレイストのそばが一番安全だと言うように片時も離れようとしなかった、人間の小さな少女。自分を食糧にし、血肉を奪う捕食者にすがりつく様は、もはや滑稽でもあった。

 それでも、人間の要塞都市でその莫大な魔力を理由に対魔族結界の動力源として閉じ込められ、対魔族結界が破られたと同時に用済みとして食糧にと魔族の将軍ビューレイストに捧げられたあの小さな少女にとって、彼は血肉を奪えど、自分を人間や魔族から守る砦なのだろう。

 オーディンの妃は、人間に捨てられたのではない。

 魔族に捕らえられ、その魔力の量故に将軍に差し出された人間だった。きっとオーディンが囲わなければ、一緒にさえならなければ帰る場所があった。

 だが恐らくあの幼い少女には帰る場所がない。頼る両親も兄弟もない。いたとしても間違いなくそれらから捨てられている。だからこそ要塞都市の対魔族結界の動力源にされたのだ。

 その少女にとって、食糧を守るためになんでもするビューレイストは、神様のように映っているのかもしれない。

 

「なにか、贈りますか?」


 部下が気遣わしげに言う。

 純血の魔族であるビューレイストは他人に興味がない。感情の起伏に乏しいので、贈り物など無意味だ。しかしながら部下も、オーディンも混血の魔族だ。ビューレイストの妃になった少女も、人間である。結婚したのなら祝いとしてなにか贈った方が良いだろう。

 オーディンはそう考え、正直困った。


「・・・普通なら、宝飾品とかなんだろうけどさ。相手はガキだしなぁ」


 一般的には宝飾品や高価な布地なのだろうが、相手は十歳の子供だ。そんなものもらったところで喜んだりはしないだろう。

 オーディンは紫色の瞳の少女を思い出しながら頭を抱える。

 十歳の子供が喜びそうなものとはなんだろうか。オーディンには三人の子供がいるが、手元で育てたのはバルドルだけだ。彼が特に喜んだ贈りものは竜の卵だったが、竜は炎を吐く生きものだ。魔族は肉体的に強靱であるため火を噴かれても急所を失わない限り再生するが、人間は違う。

 アリスは人間だ。安全で彼女が喜びそうな贈り物が思いつかない。


「え・・・ガキって、百歳くらいですか?」


 部下が唐突に尋ねてくる。


「いや、人間百年で死ぬぜ?アリスは十歳くらいのガキ」


 オーディンは部下に言って、部下の顔をあらためて眺める。


「は?」


 彼は呆然とした面持ちでオーディンを見ている。


「・・・ありぇねぇよな」

「はい、いや、・・・なんなんですかね。ビューレイストって、純血の魔族でしたよね」


 部下も知っているだろうに、確認したくなる。

 性欲に奔放な魔族の常識では、複数の妃や夜の相手がいるのは、別に不思議ではない。魔族が食欲と性欲に固執し、衝動的になるのは、それが生存に必要だからだ。もちろん妃など性欲の対象だ。

 手続きも面倒なので、真剣な交際でないと妃になどしないし、魔族の常識からしてみれば性的に未成熟などなおさらだ。


「・・・10歳で、性的に成熟してるってことですか?」

「いや、魔力以外は百四十センチない、そのへんで捕まえられそうなガキだぜ?」

「食欲にやられたんですか」

「それは間違いねぇな。あんな莫大な魔力を持つガキ、見たことねぇな。だから予想はしてたし、忠告もしたさ」


 部下の言うとおり、それはあるだろう。ビューレイストはあの少女に食糧として固執している。それはいつか、性欲のともなうものになるだろう。

 オーディンもそれを予想していた。オーディンも人間の食糧に性欲を抱くようになり妃にした前科がある。だから、ビューレイストには魔族が食欲と性欲に固執する生きものである限り、性欲を向けるようになるだろうと9月の将軍会議で、忠告もした。

 だが、今は10月だ。


「・・・・・・・・・早くね?」


 忠告を聞いていたからと言ってどうにかなるものではないことは、わかっている。だがだからといって、こんなにあっさり妃にするものだろうか。


「まだ、ひろって半年強くらいじゃん・・・」


 ビューレイストが要塞都市クイクルムの対魔族結界を破ったのは、2月だ。今は10月で、たった半年で、彼はアリスを妃にしたわけだ。


「・・・どうします?結婚祝い」


 常なら宝飾品だ。ただあんな小さな子供が宝飾品を身につけるとは考えがたい。

 オーディンは頭を抱えながら、ため息をついた。

 自分でも何でこんな真剣に結婚祝いについて悩んでいるのかわからなかった。


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