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魔族の将軍に捧げられた人間の少女のお話  作者: るいす
三章 少女、魔族の将軍会議に出る
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エピローグ アリス

 城に戻れば、いつのまにか城の外の森の色が少し変わっていて、赤くなっていた。

 木というのは色が変わるんだなと思いながら、アリスは城にある書き物机でうまれてはじめてもらった手紙を眺める。ほぼ同時に届いた二通は、バルドルとフレイヤからのものだ。


「バルドルさん、わたしの手紙の訂正まで送ってきてくれてるよ」


 アリスはその一枚を笑ってエトヴァスに見せる。彼は椅子に座るアリスを後ろからのぞきこんできた。途端に細い眉が動いた。

 

「・・・よく内容がわかったな。これ」

「うん。なんかバルドルさんは結構わかったみたい」


 アリスの文章はそれはもう酷い。

慣れているエトヴァスだからこそ多少わかるのだろうと思うが、それでも“多少”だ。それなのにバルドルはアリスの言いたいことがほとんどわかったらしく、アリスの手紙を赤字で丁寧に添削してきていた。

 もともとアリスが手紙を書き、内容がわからなければエトヴァスに尋ねると言っていたが、これほど理解してくれるのなら、バルドルがエトヴァスに内容を確認してくることはないだろう。

彼はもともとエトヴァスと極力関わりたくないようなので、アリスがこれからもバルドルへの連絡を担うことだろう。


「エトヴァスの字って本みたいだけど、バルドルさんの字って流れるみたいだね」


 アリスは興味深そうにバルドルの手紙を見る。

 エトヴァスの字は基本的に印刷の文字のように綺麗だ。それと比べてバルドルの字は流れるようで、綺麗なのだが本の印刷のように規格に沿ってはいなかった。手書きの綺麗な文字といった感じだ。


「バルドルの書く字をはじめて見たな」

「え?・・・」

「俺は誰とも文通をした記憶がない」


 アリスはエトヴァスの話に、一瞬言葉を失う。


「・・・え?」

「そもそも連絡を取る必要があったことがない」


 エトヴァスはそれが当然であるように言う。アリスは思わず驚いて彼を見上げてしまった。


「え、じゃあ、今回のこともどうするつもりだったの?」


 バルドルは要塞都市クイクルムを攻略するにあたり、魔力探知に関して協力してくれることになっている。

ただ、来てもらわなくてはならない日を連絡もせず、いったいどうするのか。

アリスが首を傾げると、エトヴァスは逆に驚くアリスの方が理解できないかのように、顔色一つ変えず首を傾げた。


「休戦がいつまでなのかは誰もがわかってる。協力する気があるなら、適当な時期に来るだろ」

 

 現地に、ということだろうか。アリスはバルドルがアリスに連絡をしてこいといった理由がわかる気がした。

 多分、エトヴァスはバルドルをあてにしていない。

魔力探知もバルドルが協力してくれれば良いが、自分でどうにかする手段もあるのだろう。つまりバルドルに協力を仰いだのは、手間が減れば良いなくらいものだ。

 将軍会議で感じたことだが、純血の魔族と思しきエトヴァス、ロキと、混血だというフレイヤ、バルドル、そして魔王であるオーディンには、話している内容で大きな相違があった。

 純血の魔族はほぼ、相手を思いやることを言わないし、必要以上に他者に興味がない。口にするのは自分の感想や判断、評価くらいだ。

それに対して混血の魔族にはアリスに対する同情や共感、哀れみ、興味があった。それが発言からあふれ出ていた。

 

「・・・でも、」


 エトヴァスの弟であり、アリスを攫おうとしたことのあるロキは、その基準でいくと少し不思議なことを口にしていた。


『おまえもさぁ、親しい人間とか、クイクルムにいるでしょ』


 だから要塞都市クイクルムを滅ぼしても良いのかと彼はアリスに尋ねた。

 彼はクイクルムの攻略に参加しない。魔力の豊富な食糧である騎士団にもトールほど興味を示さなかった。利害がない。そしてアリスはエトヴァスの食糧で、美味しそうに見えたとはいえ、彼がアリスの背景を知る必要はない。

 なのに、どうして彼はアリスにそんなことを聞いたのだろうか。

 

「どうした?」


 言葉が途切れたからだろう。エトヴァスが続きを促してくる。アリスはたいしたことでもなかったので、手紙に話を戻した。


「なんか、バルドルさんからいつから自分が必要になるのかって、聞かれてるよ」

「細かい奴だな。バルドルの出番はクイクルムの攻略が終わってから。まぁ、四月十日以降と言っておけ」

「え?二月じゃないの?」

 

 休戦協定が切れるのは二月のはずだ。アリスが首を傾げると、エトヴァスは「冬だからな」と一言言った。


「ふゆ?」


 春夏秋冬を日付でわけるというのは聞いていたが、アリスにはあまり感覚がない。

動力源として都市に閉じ込められていた頃は、外も見えないのでなにも感じたこともなかった。アリスにとって外に出てはじめての秋であり、冬だ。よくわからない。


「雪がふる」

「雪?」

「あぁ、雪だ。おまえは昨年、見なかったのか?」

「うーん、下むいてたから、全然みてなかった」


 エトヴァスのもとに差し出されたのも二月だった。

きっと寒かっただろうし、雪が降っていたのかもしれない。だがアリスは何も覚えていない。部屋に騎士の格好をした男たちがやってきて、歩けないアリスを引きずってエトヴァスの前に放り出したのは覚えている。

 だが怖くてずっと俯いていることしか出来なかったからだ。

 エトヴァスのもとに来てからも、声もうまく出ず、歩けもしなかった。冬だったこともありバルコニーへのカーテンは寒いので締めたきり、外を見る余裕すらなかった。

 だからあまり覚えていない。


「雪というのは氷の小さなもので、それがたくさん降る。雪が降ると足場が悪い。竜も冬になると機動力が悪くなる」

「でもエトヴァスはその時期に要塞都市クイクルムの結界を壊したんだよね」

「あぁ。抵抗されづらいからな」


 エトヴァスはあっさりと言う。

 ただし“動きづらい”のは彼ではないのだろう。彼はいつもこういう感じで、嘘は言わない。でもいろいろ言葉が抜けている。それは故意なのかもしれないし、無意識なのかも知れない。きっと彼もどうでも良いと思っているだろう。

 今回もその“動きづらい”の主語はバルドルだろうか、それとも別なのか、アリスにはエトヴァスの考えていることはさっぱりわからない。

 でも、わかることがある。


「じゃあ、バルドルさんにそれ以降に来てくださいって言っておくね」

「あぁ」


 バルドルはきっとアリスからエトヴァスの行動指針が僅かでもわかることに、安心するだろう。

 バルドルなど混血の魔族とエトヴァスのような純血の魔族との隔たりは大きい。それは人間と魔族ほどではないが、それでも多分、争いになるのに十分なものだ。だから些細でもそれを埋めることでエトヴァスの役に立てれば良いなと思う。

 もちろんそれがたいした助けにならないことは知っているが、エトヴァスができないことをしてみたいと思う。

 アリスが机に向かおうとすると、エトヴァスがひょいっともう一通の手紙をとっていった。

 

「・・・これはフレイヤからか?」


 エトヴァスは皮肉は言わない。だから本当に疑問に思っているのだろう。少し首を傾げ、アリスは口を開く。


「うん。そこの下にFってかいてあるよ」

「これはFなのか?」


 問われ、「え?」とアリスは彼が手に持っている手紙を見返す。


「いや、Fだと思うよ」


 最後に書いてあるのは間違いなく「F」だ。

バルドル以外アリスに手紙を送ってくる相手はフレイヤしかいないので、このイニシャルは間違いなく「F」だろう。それにアリス自身も字の汚さやスペルミスは文句を言えたものではないので気にしていなかった。

 ただ、エトヴァスは眉を寄せる。

 

「アリス、おまえはこの手紙が読めるのか?」

「・・・え、エトヴァスは読めないの?」

「こんなの読めるはずがない。なんだこの傍線は」


 エトヴァスはどうやら、フレイヤの手紙がほぼ読めないらしい。ただアリスはフレイヤの文字がある程度読める。もちろん綺麗な文字とは言いがたい。だが、どうやら彼は総合的に汚い字を読むのは苦手らしかった。


「エトヴァス、自分が字が綺麗だから、汚い字が読めないのかも。でもわたしはまだ十歳だからエトヴァスにも読めるような字が書けるように頑張るね」


 アリスはそう意気込む。

 なんと言ってもまったく書けない状態から半年と少しでこのくらいにまでなったのだ。アリスが死ぬまでにはエトヴァスがすらすら読めるような筆記能力に成長するだろう。

 そう思ったが、エトヴァスは「わからんな」と言った。


「望み薄だな」

「え?どうして?わたしまだ十歳だもの。死ぬまでにはどうにかなるよ」

「年齢が五百歳を超えているフレイヤがこの程度だぞ」

 

 ぴっとフレイヤの手紙がアリスの前に突き出される。


「・・・た、確かに。でも、う、うん、頑張るよ」


 五百歳を超えているフレイヤがこの程度しか書けないなら、アリスの字がエトヴァスに読めるレベルになるまでに、アリスの方が寿命を迎えそうだ。説得力があって思わず怯む。

 だがエトヴァスは首を横に振った。


「どちらにしてもそんな努力は必要ない」

「え?どうして?」

「俺がおまえと文通することはない。他人が読めるならそれでいい」


 アリスは言われて、確かにその通りだと思った。

 アリスが彼の食糧である限り、アリスが彼と離れることはないのだから、文通の必要などない。アリスの字を、エトヴァスが読める必要などないのだ。だから他人が読める程度ならばそれでいいだろう。


「ひとまずしばらくはどこにも出ない」


 エトヴァスはアリスに手紙を返すと、ソファーに腰を下ろした。そして本を開く。分厚い本は、きっとまた人間の本の何かだろう。

 アリスは手紙を置いて、エトヴァスの方へと歩み寄る。


「ねえ、その本読んでよ、」

「わかった。来い」


 エトヴァスはだいたい何を言ってもアリスを拒まない。アリスはいそいそと彼の膝に上がり、彼を背もたれにしてから、前を見てはじめてソファーの前にあるバルコニーに視線を向けた。その先にある森はいつの間にか、緑から所々赤くなっている。


「そういえば、木はどうして緑だったのに、黄色とか赤くなったのかな」


 木についているのは葉っぱの色が変わったようだ。どうして緑だったのに、黄色や赤になったのか。アリスには想像もつかない。

 

「葉っぱの緑は葉緑体という物質だ。あたたかいとよく出る」

「・・・そうなの?」

「あぁ。寒くなると葉緑体は分解される。まぁ、種類にもよるが銀杏のようにカロチノイドが多くなれば黄色、紅葉のようにアントシアニンが多くなれば赤くなる」


 寒くなれば、木の葉の色はかわるということだ。アリスはもう一度バルコニーから見る森を見る。


「ちなみにこの辺は落葉樹だからな。色が変わった後、葉は落ちる」

「葉っぱもなくなるの?」

「あぁ。そして雪が降って、あたりが真っ白になる」

「・・・想像できないね」


 あらためて外を見てみても、アリスには想像が出来ない。季節の移り変わりなど、何年も一室に閉じ込められていたアリスには、なにもわからない。だがエトヴァスはそれがまるでたいしたことがないように淡々と言う。


「どうせわかる。ただ雪が降る前の秋の間に、いろいろせねばならんがな」

「ふぅん」


 だからアリスも何も考えない。自分が食糧であることも、人間であることも、何もかも忘れたふりをする。わからないふりをする。

 そして手元にあるこの温もりだけを大事にしようと思った。


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