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魔族の将軍に捧げられた人間の少女のお話  作者: るいす
三章 少女、魔族の将軍会議に出る
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19.エトヴァス

 屋敷の部屋に戻り、ソファーでエトヴァスはコーヒーをアリスは紅茶を飲みながら落ち着いていたが、しばらくするとアリスはじとっとその紫色の瞳でエトヴァスを見上げてきた。


「今回のことは、とてもずるかったと思うの」


 アリスは怒っているのか、珍しくいつもは垂れ気味の目をつり上げている。口調はいつも通りおっとりしているが、明らかに険しさが垣間見えた。


「ずるいか?別に俺は特別なことはしていない」

 

 言っているのはフレイヤのことだろうが、エトヴァスは隠すことでもないのでアリスの紫色の瞳を真っ直ぐ見返す。


 エトヴァスは今回のことをすべて予想していた。

 将軍会議に集まる魔族の将軍のなかで、恐らくアリスの魔力砲を見てアリスを殺そうと考えるのは、フレイヤだけだ。彼女は不安感や恐怖感の強い女性であると同時に、争い事を好まない。

 アリスの魔力砲は確かに脅威だ。

 すべての既存の防御を破ってくるだろう。その脅威は人間にとっても魔族にとっても同様で、フレイヤはその存在が魔族間の、そして人間と魔族の争いを生むと考えた。それは自分の恐怖感故でもあったし、彼女が「弱い」からだった。

 遅かれ早かれ、フレイヤはアリスを手にかけようとする。ならばアリスに目の届く今、エトヴァスはフレイヤを殺してしまいたかった。

 だからアリスの魔力砲をオーディンに披露する場に、わざわざフレイヤを同席させた。フレイヤの恐怖を、アリスへの脅威の感情をわざと煽った。

 魔王であるオーディンは、魔力砲の一件を他者に黙っていろとフレイヤに言った。

 これは黙認しろと言うことでもあったが、フレイヤはあいにくさほど賢くない。彼女には伝わらなかったのだろう。

 フレイヤは将軍会議が終わるまでにアリスを殺そうとするとエトヴァスは予想した。


「エトヴァスはフレイヤさんの異空間、他にも破れる方法があるんでしょ?」


 アリスは頬を膨らませる。どうやら確信を持って、それを口にしているようだった。だが、エトヴァスは逆に不思議に思う。

 エトヴァスはアリスにかけている防御魔術も自分の手の内も、ひとつたりともアリスに見せたことがない。それなのにアリスは間違いないと思っているようだった。


「何故そう思う?」

「エトヴァスは絶対に、わたしを危険にさらすようなことはしない」


 アリスはいつも通りゆったりとした口調ながら、これ以上ないほどはっきりと言い切った。

 エトヴァスはフレイヤの裏切りを予想していた。その状況で、アリスはエトヴァスが絶対にフレイヤの作る異空間を破る手段を、アリスの魔力という不確定な要素だけに頼ったとは思えないと言っているのだ。

 エトヴァスはアリスという美味な血肉を手放したくない。その行動は一貫している。

 だからこそ、エトヴァスがアリスの魔力の暴発という不安定な要素を信じ、フレイヤがアリスを異空間に閉じ込めることを容認したとは思えない。そんな不安定な手段ではなく、確実な他の方法があったからその不安定さを容認したと、アリスは考えているのだ。


「おまえ、馬鹿じゃないんだな」


 エトヴァスは僅かに自分の口角が上がるのがわかった。

 魔力探知が得意なバルドルですら気づかなかった。彼ですらも、アリスがフレイヤの異空間を魔力の暴走でかろうじて逃げ延びたと思っているはずだ。

 しかしアリスはエトヴァスをよく知っている。だからこそそれに気づいた。


「正解だ。俺はおまえにかけている防御用の魔術からでも、外からでもフレイヤの異空間を破れる」


 アリスが仮に魔力を暴発させなかったとしても、エトヴァスにはいくらでも手があった。


「ただ、俺はフレイヤの異空間の性能を正確に知らなかった」

「知らなくても確実に破れるって思ってたの?」

「あぁ。実際見たところで言うと、そもそもあの程度の異空間は莫大な魔力を持つおまえを消滅させられないしな」


 暇つぶしにエトヴァスはアリスの三つ編みについたリボンをほどく。リボンを外せばすぐにさらっと亜麻色の髪は下へとほどけていった。

 

「でも、わたしの魔力が暴発しやすいようにいじったでしょ?」

「そうだな」


 あっさりと認めると、ぷうっとふぐのようにアリスが頬を膨らませる。

 そもそもアリスは魔力の制御がうまく、魘されて泣き叫んでも揺れないのだから、フレイヤになにかされたくらいで暴発などしない。だからエトヴァスが暴発しやすいように、アリスの魔力を少し不安定になる魔術をかけた。

 隠しの魔術も入れたし、アリスはそれに気づいたふうはなかったが、制御の感覚がおかしいことには気づいたのかも知れない。

 ただバルドルは気づかなかったのだろう。少なくともバルドルはアリスがかろうじて自分の魔力の暴走でフレイヤの異空間を破ったと思ったはずだ。

 納得しなかったのは、アリスだけ。


「わたしを納得させるため?」

「あぁ。おまえはフレイヤに情があっただろう。庇う事は想定していた」


 そしてエトヴァスはエトヴァスがフレイヤを殺すとき、アリスが障壁になると考えていた。

 フレイヤは明るく、情の深い女性だ。だから殺意はあれアリスに優しくするだろうし、同時にアリスは彼女にそれなりに親近感を抱くだろうことも十分予想できた。だからエトヴァスはアリスがフレイヤを殺すことに納得するような状況を作り出したかった。


「・・・わたしが、他の人と仲良くすることに慎重になればいいと思ったの?」

「そうだ」


 フレイヤは明るく、情の深い女性だ。だから殺意はあれアリスに優しくするだろうし、同時にアリスは彼女にそれなりに親近感を抱くだろうことも十分予想した。だからエトヴァスはアリスがフレイヤを殺すことに納得するような状況を作り出したかった。

 親しげに見えても魔族も人間も裏切るものだ。そしてアリスを擬似的な身の危険にさらすことで、アリスにはエトヴァスが助けたのではなく、自分でかろうじて助かったのだと印象づけたかった。それほど危険だったのだから納得しろと言うことだ。

 ところがアリスはエトヴァスが自分の魔力に干渉したことに気づいてしまった。


「おまえは想定以上に賢かったな」


 まさかアリスにすべて読まれるとは思わなかった。アリスはというと、まだ言いたいことがあるらしく、エトヴァスを睨んでいる。


「バルドルさんもでしょ」

「あぁ、それも気づいたのか」


 あの場にバルドルを同席させたのも、アリスへの説得のためだ。


「この間バルドルさんに口出しするなって言ったのに、自分はバルドルさんに代弁さすとかどうかと思う」


 アリスがむっとした顔でエトヴァスを睨んでくる。

 フレイヤがエトヴァスの食糧であるアリスを殺そうとすれば、それは上位の魔族のルールに抵触する。人の食糧に手を出すというのは、殺されても文句の言えない行為だ。

 バルドルとフレイヤがそれなりに仲が良いことは、アリスにも伝わっていただろう。

 そのバルドルですらも納得するようなことをフレイヤはしたのだ。エトヴァスが何か言わなくとも、バルドルはそれをアリスに説明するだろうとエトヴァスは考えていた。


「・・・バルドルは律儀な男だ。例えフレイヤが同じ派閥の将軍でも、俺の食料に手を出した限り許されないと納得する。それに奴の母親はオーディンの将軍時代の妃だったが人間でな、当時の魔王に迫られ自殺している」

「え?」

「俺は奴が間違いなくおまえに同情すると確信があった」


 エトヴァスは感情の起伏に乏しい魔族で感情を自分のものとして理解はできないが、利用はできる。そして実際にエトヴァスの予想通り、バルドルはフレイヤを見捨て、アリスを説得する側にまわった。


「フレイヤと俺の実力差はいつ気づいたんだ?」


 アリスはエトヴァスからフレイヤを殺さないという譲歩を引き出すとき、こう言った。


『・・・わたしもちゃんと前に言ったよ。わたしのおともだちは、エトヴァスを襲うなら殺されても仕方ないけど、実力差があるときは避けて欲しいなって』


 アリスとエトヴァスは以前、アリスの友人が仮にアリスを襲ったならどうするのかを話し合ったことがある。エトヴァスはアリスを襲った人間を皆殺しにしたいが、アリスは自分の友人であればそれを納得できないだろう。その時の約束では、アリスの「友達」の場合、エトヴァスと圧倒的な「実力差」があれば殺さないという結論になったはずだ。

 アリスはフレイヤとエトヴァスには圧倒的な「実力差」があるとみて、それを交渉材料にしてきた。魔族の同じく将軍の地位にあるというのに、アリスはフレイヤとエトヴァスの実力差が圧倒的であると、はかってきたのだ。

 それは何故なのだろうか。


「ロキさんと会った時、ロキさんとフレイヤさんには大きな実力差があった。エトヴァスは自分の実力をいつも上手に隠してるけど、エトヴァスがロキさんを警戒するってことはそうなのかなって」

「おまえの魔力探知は想像以上に正確だな」

「魔力探知じゃないよ。たぶん勘みたいなものだよ」

「勘も当たればたいそう立派なバロメーターだ」


 戦いのなかでは魔力探知でも勘でも、他者の正確に測れるなら結果は同じだ。強さなど結果が全てだ。そしてアリスはそういうことを読み取る才能に優れていると言うことになる。

 エトヴァスはアリスを褒めたつもりだったが、アリスは真剣な表情でため息をついた。


「エトヴァスってそうやって人の実力を測ってるんでしょう?」

「それも正解だ。だがお互い様だろう」


 アリスは非常に良くエトヴァスの本質を見抜いている。そう、思っているよりもずっと見抜いてきていた。長くともに時間を過ごしているからかも知れない。

 アリスは子供なのでまだ単純だ。ただ思っていたよりもずっと賢い。わかる情報が少ないなかでもきちんと物事を分析し、整理し、論理的に考えている。だからこそ、気をつけなければならない。


「確認させろ」

「ん?」


 アリスは首を傾げる。だが、エトヴァスにはいくつか確認しておきたいことがあった。


「フレイヤの異空間が俺には外からでも中からでも破れるという話を、おまえは何故フレイヤやバルドルの前でしなかった。それはわざとか」


 今した話を、アリスはフレイヤやバルドルの前でして、エトヴァスを責めることも出来たはずだ。そうすればよりエトヴァスを簡単に責めることができたはずだ。しかしアリスは彼女らの前ではその情報を口にしなかった。

 それが故意的なのか偶然なのか、エトヴァスにとっては重要なことだ。


「・・・わたしはエトヴァスの不利になることはしたくないの。エトヴァスがいなくなったら、いいように扱われて死んじゃうと思うから」


 アリスは静かにその珍しい紫色の瞳を伏せ、ぽつっとそう言った。

 フレイヤに裏切られたことは、アリスにとってもそれなりのショックだったのだろう。フレイヤがエトヴァスに命を奪われそうになったとき、アリスはフレイヤを庇った。だが、彼女を信頼しているわけではない。


「エトヴァスのマイナスになることは、極力避けるべきだと思った」


 要するにアリスは自分の身の安全のためにエトヴァスと自分を一体のものと考え、バルドルやフレイヤにエトヴァスの手札や実力をさらすのを回避したのだ。

 アリスは「甘い」が、それでエトヴァスを危険にさらす気はない。


「それになんとなくだけど、バルドルさん、強いんでしょ?」

「・・・」

「ロキさんはフレイヤさんには力で押そうってしてた。でもバルドルさんが来たらすぐに引いたの」


 アリスにはまだ隠している魔力や魔術を看破するほどの魔力探知はない。ただ出会う魔族の力関係を、非常によく観察していたようだ。

 エトヴァスは足を組み直して、肘掛けに肘をつき、アリスの話に耳を傾ける。


「今回来てる人のなかで、多分フレイヤさんがダントツで若くて弱いんじゃないの?」


 これも正解だった。

 将軍会議に今回出てきた魔族は、フレイヤ以外全員千歳を超えている。魔族のなかではそれなりと言われる年齢のものばかりで、それに比べてフレイヤは五百歳前後と若い。当然実力も他とはまったく異なる。しかも彼女は前の将軍を倒して将軍になったのではなく、前任者が死んだため適任者として選出された、かつてならいないタイプの将軍だった。

 アリスはそういう事情は知らないだろうが、将軍会議の力関係を正確に読み取っていた。


「おまえに読まれるなんて思わなかったな」


 間違いなく今回の敗因は、エトヴァスがアリスを読み損ねたことだ。そうエトヴァスは結論づけた。


「うまくいったと、思ったんだがな」


 エトヴァスは隣に座るアリスを引き寄せ、その肩に戯れるように額を押しつける。するとびくりとアリスは小さなからを震わせた。

 細い肩だ。

 体重をかければ崩れ落ちるほどの小さな少女。しかし彼女はフレイヤやバルドルの気づかなかったエトヴァスのすべてに気づいてきた。

 それに自分が落胆しているのか、喜んでいるのか、エトヴァスはよくわからない。

 今回エトヴァスはアリスも含め、すべてを利用し、手のひらの上で動かしていた。たまにこういう盤上の遊びをするのが、エトヴァスの悪い癖だったが、知るのはオーディンくらいのもので誰も気づきはしない。

 バルドルとロキはもしかすると気づいているのかも知れないが、気づいたからといって回避できるものでもない。

 今まで、エトヴァスの最後の狙いをずらしてきた魔族はいなかった。今回も思い通りにことはすすんだ。フレイヤはエトヴァスのつった餌に引っかかったし、アリスは魔力を暴走させた。バルドルはフレイヤを殺すことをアリスに説得した。

 うまくいったはずなのに、エトヴァスはフレイヤを殺しそこねた。すべてアリスに気取られたせいだ。


「俺がひかなかったら、どうするつもりだったんだ。まさか魔力砲で勝てるとでも思ったか」


 アリスはエトヴァスの剣の前に出たとき、酷く緊張していた。

 エトヴァスがアリスを殺さないまでも、アリスを押しのけてフレイヤを殺す可能性を、アリスは理解していたはずだ。


「思わないよ。たぶん、わたしはどんなことをしても、エトヴァスには勝てない。だからお願いしたの」


 アリスは身の程はわきまえていると主張する。それとともにアリスの小さな手が、そっとエトヴァスの髪を撫でた。

 その小さな手はまだすべてがはじまったばかりだというのに、もう限界を見ているようだった。

 ただ、不思議なことにエトヴァスも同じように感じていた。おそらくアリスはどれほど長く生きたとしてもエトヴァスに勝てない。


「でも、話は聞いてくれると思ったし、約束は頭にあるって思ったの」


 アリスはあのとき、約束を覚えている限りエトヴァスが退くと確信していたのだろう。


「不快だな」

「え?」


 ふつとわき上がった感情を口にすれば、言葉自体の意味がアリスにはわからなかったのか、首を傾げる。

 せっかく多くを考え、緻密に計画し、ことがうまくいったのに、アリスはそれを覆せると確信していた。それにはなんとも言えない不快感がある。これが手のひらで踊らされた側の感覚なのかも知れない。

 そして自分のなかにそれを不快に思う感情があることに驚く。


「俺のやり方は、気に食わないか」

「怖いから、次、同じことをするときは、最初からごまかさないで、教えて欲しい。そしたら、わたしもちゃんと意見を言うから」


 アリスは別にエトヴァスを責めなかった。ただ共有を求める。

 エトヴァスはいままで何かを誰かと共有したこともないし、自分の考えを誰かに話したこともない。だがアリスと生きていく限り、エトヴァスはアリスを守るし、アリスもまたエトヴァスを守ろうとする。

 だから共有が必要だというのは、わかる。

 わかるが、釈然としない。そしてこの釈然としない感情もはじめてで、エトヴァスにとっては不思議な感覚だ。

 

「わかった」


 それでもエトヴァスは頷く。頷いて、彼女の肩にある服をずらす。白い肌。この下にある血肉は莫大な魔力を含み、いつもエトヴァスを満たしてくれる。

 この不快感も、洗い流してくれるだろう。


「それでいい」

 

 フレイヤを殺さなかったことも、他のことも、納得できないことはある。だが、アリスが食欲を満たしてくれる限り、それでいい。

 そう思う。そう思うことにしていた。


恐ろしい人からの種明かし

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