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魔族の将軍に捧げられた人間の少女のお話  作者: るいす
三章 少女、魔族の将軍会議に出る
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17.アリス

「ま、まって!」


 アリスは大きな剣を軽々と掲げるエトヴァスの前に立ちはだかる。ぴくりと、エトヴァスの眉が動いたが、驚いた様子は見せなかった。

 その剣を振り下ろせば、いつでもアリスを殺せる。だからフレイヤとエトヴァスの間に立ちはだかるのは恐ろしい。それでもアリスはエトヴァスが自分を殺さないと確信していたからこそ、そうした。フレイヤが殺されるのを、止めたかったからだ。

 だがフレイヤを庇うアリスを諫めたのは、意外なことにエトヴァスではなくバルドルだった。


「アリス、仕方のないことだ。これは魔族同士のルールなんだよ」


 バルドルは静かに、エトヴァスの行動に対するアリスの理解を求める。


「将軍のような上位の魔族は、他人の食糧に許可なく手を出してはいけない。出せばそれは殺されても仕方がないんだよ」


 上位の魔族同士で、他人の食糧に手を出せば殺されても文句は言えない。それほどに、魔族とは食欲と性欲に根ざした生き物である。

 確かに実際、エトヴァスはロキが城にアリスをさらいにやってきたときは容赦なく殺しにかかったようだし、将軍会議ではトールを牽制していた。ロキはともかくとして将軍会議でトールはエトヴァスに忠告され、実際に引き下がっている。

 だからバルドルの言っていることは本当だろう。だが、だからといって、そうなのだろうか。


「それにフレイヤの作る空間は、外からは破れない。君が自分の魔力で出てこなければ死んでいたかもしれないんだよ」


 バルドルはアリスがきっと事態を理解していないと思ったのだろう。わかりやすい説明を付け加えた。

 確かにフレイヤも彼女が作る異空間は彼女の許可なく出ることは出来ないと言っていたし、その魔術を破れたのは、アリスの莫大な魔力が暴発してたまたま異空間を破ったからだ。もちろん異空間は収縮すると言っていたから、出てこられなければアリスは死んでいただろう。

 だが、果たしてそうだろうか。アリスは絶対にそうは思えない。


「だって、だって、おかしい、こんなのおかしい」


 バルドルも気づいていないのだろう。アリスはすべてを理解し、目の前に悠然と立つ金髪の男と見て、ぞっとする。

 エトヴァスはもともとフレイヤの行動は予想していたと言っていた。ならばアリスが「自分の魔力で出てこなければ死んでいた」ような事態に陥るなど、あり得ない。アリスの血肉を喰らい続けるためにアリスを守るエトヴァスがそんな危険な事態を引き起こすはずがない。

 そう、アリスの安全に絶対の確信がなければ。

 アリスは背筋を通る冷たい感覚とともに、自分がなんてものと相対しているのだろうと目眩がした。はじめて自分が喰われるとか、そういう意味ではなく、彼自身の能力に恐怖を覚える。

 彼は恐らく、すべてを知っていた。すべてをこの結論のために舞台を用意しただけだ。


「アリス、以前納得したはずだろ。おまえを狙った奴は皆殺しにすると」


 アリスはじっとエトヴァスの翡翠色の瞳を見上げる。相変わらず平坦な色合いは変わらない。

 それは確かに言われたことがあったことだった。アリスを狙った魔族は、皆殺しにする。そう話されたことがあり、アリスもそれには同意した。

 アリスはごくりとつばを飲み込み、口を開いた。


「わ・・・わたしもちゃんと前に言ったよ。わたしのおともだちは、エトヴァスを襲うなら殺されても仕方ないけど、実力差があるときは避けて欲しいなって」


 ぴくりとエトヴァスが僅かに目を見張る。どうやらアリスがこれを持ち出してくるとは思っていなかったらしい。

 ただしこの言い訳が通じるかは、エトヴァス次第だ。


『やっぱり、わたしのおともだちは、エトヴァスを襲うなら殺されても仕方ないけど、実力差があるときは避けて欲しいな』


 エトヴァスとそういう話をしたのは、もう一ヶ月ほど前の話で、二つ問題がある。エトヴァスがフレイヤをアリスの「おともだち」と認識するかどうか。そして「実力差」があるかどうかだ。

 エトヴァスに「おともだち」の概念は曖昧なので、そこは適当にあしらえる。

 だが、同じ魔族の将軍だが、ロキとフレイヤには明確に大きな実力差があった。ただエトヴァスは自分の魔力や実力を隠すのがうますぎる。アリスの魔力探知では、フレイヤとエトヴァスの実力差ははっきりしない。そのためここからは完全にアリスの感覚だが、エトヴァスとロキはそこそこ似通った実力の気がしていた。

 ただこれはまったく確証のない話だ。

 それにどちらにも納得したとしても、エトヴァス次第なことに変わりはない。仮にエトヴァスが本気でフレイヤを殺すつもりなら、アリスにフレイヤの生殺与奪権はないし、止めることも出来ない。

 エトヴァスは唇のはしをあげ、「ほぉ、」とわざとらしい声を上げる。


「初耳だな。フレイヤはおまえのお友だちだったか」


 やはり言われたなと、アリスは思った。だが厳密にお友達の定義などありはしない。


「・・・た、たぶん?文通するっておともだちだよね?」


 アリスは思わず、近くにいたバルドルに振る。

 バルドルは恐らくフレイヤとかなり親しそうだった。上位の魔族のルールから、フレイヤがエトヴァスに殺されても仕方がないと考えていたとしても、出来ればそれを回避したいとも思っているはずだ。そして魔族のルールと言うがそれはあくまで慣習みたいなもので、エトヴァスが殺さないと決めればそれですむ。


「・・・そ、そうだね」


 彼は突然振られ、戸惑ったようだが、アリスの意図を察してなんとかそってくれる。


「文通する予定も友達だな。実際ビューレイスト、君と僕は友達ではないから、文通の予定はない」


 バルドルはこの話の行方がわからないながらも、的確な答えを返してくれた。そう、アリスはフレイヤをあくまでアリスの「おともだち」と言うことにしておきたいのだ。

 ただエトヴァスはなかなか答え出さない。だからアリスは追撃をかけることにした。


「それに今回のはずるいと思う」


 それはアリスの本心からで、口を尖らせる。


「何故?」

「こうなること、わかってたんでしょ?」


 エトヴァスはフレイヤがアリスを殺そうとすることを理解していたと言った。わかっていたにもかかわらず放置したと言うことは、エトヴァスにとってフレイヤはそれほどたいした相手ではない。「実力差」はあるはずだ。

 ただそれを推測した理由をここで言うのははばかられる。ただ彼は理解しただろう。だがそれでも彼が納得した様子はない。


「仮に今回フレイヤが俺の手のひらの上で踊っていたとして、おまえへの敵意は変わらない」


 エトヴァスはわざとだろう。約束の議論から離れ、フレイヤの危険性について言及した。

 結局、エトヴァスはアリスの能力に懸念を持って恐れ、同時にアリスが情を傾ける可能性のあったフレイヤを余裕のあるうちにさっさと始末してしまいたかったのだろう。そのために準備を整えた。そして恐らくその計画に沿って順番にことをすすめ、フレイヤが、バルドルが、アリスがそれにのった。のってしまったのだ。

 でも最後までそれに沿うかどうかは、アリス次第だ。

 

「そうかもしれない。でも、約束は約束でしょう」


 アリスの「おともだち」で「実力差」があるなら、殺さない約束だ。そういうことにしようとふたりで決めた。そして「実力差」をエトヴァスは否定しなかった。

 アリスはじっとエトヴァスの答えを待つ。

 独特の金色の光彩を持つ翡翠の瞳はいつも通り静かだったが、それがすっと閉ざされる。そして長いため息があったあと、沈黙が落ちた。そして口を開くまでには、そこそこの時間がかかったが、アリスはここまでくれば彼の答えを確信していた。


「・・・次は?」

「ない」


 アリスは即答した。

 次にフレイヤがアリスを殺しに来た場合、それはもうアリスがかばえる領域ではない。これだけエトヴァスに想定内だと言われ、実力差をわかった上でそれでもアリスを殺しに来るなら、エトヴァスに任せるしかないし、「おともだち」にはなれないだろう。

 アリスはエトヴァスの譲歩を促すために、それを確約した。


「・・・良いだろう」


 エトヴァスが頷いた。同時にエトヴァスの手から巨大な剣が消える。またフレイヤを拘束していた魔術もなくなり、フレイヤが地面にへたりこんだ。

 話は終わったのだ。それを見てアリスはほっとした。だがほっとしたと同時に膝が崩れた。


「わっ、」

 

 口からは悲鳴が漏れたが、足に力は入らない。手をばたつかせたが、倒れる前にエトヴァスに体を支えられた。


「そんなに緊張するなら、庇わなければ良い」


 その間に彼がぼやいた言葉は、どこかすねているように聞こえた。そのまま抱き上げられたので、首に手を回し、彼の肩に頬を置く。案外顔には出ないが、怒っているのかも知れないなとアリスは小さく笑いを漏らして頬を押しつけた。そして体の力を抜く。

 終わった。やっと、そんな気がした。



いっぱい隠して誤魔化され、それでも自分らしく頑張る

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