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魔族の将軍に捧げられた人間の少女のお話  作者: るいす
三章 少女、魔族の将軍会議に出る
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16.エトヴァス

 エトヴァスは、フレイヤとアリスが消えたのを見て、ぼそっと呟く。


「馬鹿な奴だ」

 

 それ以外の言葉がない。


「まずいぞ。フレイヤの作る空間に閉じ込められたら、アリスを取り返しようがない」

 

 バルドルの声が浮いていて、珍しく焦っているようだった。

 フレイヤはその魔術で異空間を作る事が出来る。その異空間は彼女が支配することができ、また他者が立ち入ることは出来ない。バルドルの言うとおり、アリスが仮にそこに閉じ込められたのなら、フレイヤを殺してもアリスは出られない。

 アリスにはエトヴァスによる強固な防衛魔術がかかっている。フレイヤごときではそれを破ることは出来ない。だからアリスを異空間に閉じ込めて、異空間を縮小して殺そうと思っているのだろう。空間の縮小は防衛魔術ごと殺せる手段になる、かもしれない。

 エトヴァスは腕を組んで、ふたりがいなくなった場所を眺める。


「フレイヤもなんでこんなことをっ」


 バルドルが額に手を当て、舌うちをした。

 上位の魔族同士では人の食糧に手を出すのは万死に値する。そんなことは誰もがわかっていることだ。ましてやエトヴァスが食糧であるアリスを攫われて、その相手を殺さないなどとはバルドルとて考えていないだろう。


「君はなんでそんなに落ち着いていられるんだ!早く探知なりでどうにかしろ」


 バルドルが掴みかかってくる。バルドルはアリスが心配なのだろうか。エトヴァスには他人なのにどうしてそんなに必死なのかわからない。自分の食糧でもあるまい。


「何故焦る必要がある」


 エトヴァスは胸ぐらを掴んでいたバルドルの手を振り払う。


「どういうことだ」

「フレイヤごときがアリスを閉じ込められるわけないだろ」


 フレイヤの魔力探知は本当にずさんだとエトヴァスは思うし、バルドルも焦っていて冷静な判断ができていない。ただ彼は仕方がないだろう。バルドルはアリスの実際の魔力値をある程度しか知らない。

 バルドルはエトヴァスに言っても無駄だと考えたのだろう。その琥珀色の瞳でエトヴァスを睨みながらも、三角形の魔術の構造式を右手に展開する。

 アリスを探す気なのだ。そう、バルドルでも探せる。

 フレイヤは自分自身が魔力探知が苦手だからこそ、将軍のなかでも魔族探知が得意な魔族がどの程度相手の居場所や能力を把握できるのかを理解できていない。ましてやアリスの防御魔術にはエトヴァスの探知の魔術も入っている。

 当たり前だ。アリスにエトヴァスがかけた防御魔術は将軍の一撃でもはじく。だがせいぜい数発までだ。その間にエトヴァスがアリスのもとに駆けつけることが前提となっている。そしてそれが可能でなければエトヴァスはこんな魔族の将軍が何人も集まるところにアリスを連れてこない。

 だからそんなことも予想できないフレイヤは、何百年も生きているのに心底考えが足りないと思う。


「バルドル、何で俺があいつを丁重に扱ってるかわかるか」


 エトヴァスはアリスとフレイヤが消えた場所をぼんやりと眺める。

 そこには既に僅かな亀裂が見える。フレイヤの異空間の精度をエトヴァスはそれほど正確には知らなかった。だが、思っていたよりもずっとたいしたことがなかったようだ。

 エトヴァスは三角形の魔術の構造式をあたりに展開した。


「あんな莫大な魔力の生きもの、一度意志を持ったら、閉じ込められると思う方が間違いだ」


 それは嘘ではない。だが真実でもない。バルドルを欺くための言葉でもあった。

 裂け目から莫大な魔力が一気に吹き出てくる。それと同時にあっさりと黒い異空間は、ぱんっと風船が破裂するような音を立てて現実世界にはじけ飛んだ。そして莫大な魔力の圧力に押し出されてきたのは、フレイヤの方だった。


「ぐっ」


 近くの柱に打ち付けられたフレイヤは、苦しそうに呻く。だがその瞬間、エトヴァスの魔術に絡め取られた。

 少し異空間をのぞき込むと、なかにいたアリスは座り込んでいたが、ふらりと体の力が抜けたように前のめりに倒れ込む。


「お、おい!」


 バルドルが地面に崩れ落ちる前に、なんとかアリスの体を支える。

 急速に、彼女のなかに吸い込まれるように魔力が戻っていく。その量にバルドルはぞっとしたようだった。彼女の体それ自体に異空間があるかのように、莫大な魔力がするすると小さな体に収まっていく。

 そしてそれが小さな体にすべておさまりきる頃には、莫大な魔力の残滓も消えていた。


「やはりこうなったな」


 エトヴァスはまじまじと拘束されたフレイヤを見て、満足だった。

 アリスの魔力の暴発を直接受けたのだろう。叩きつけられた体は骨くらい折れているようだった。ただし魔族として致命傷ではない。

 

「アリスは魔力制御がうまい」


 アリスの魔力には常にぶれがない。魔力制御がうまいのだ。そして先ほどは魔力を爆発させたが、今は魔力も一定に戻っている。やはりアリスの魔力は恐ろしい速度で収縮する。それは杖を通さなくても同様だ。

 少しアリスには精神的な負担をかけることにはなったが、良いレッスンになっただろう。

 エトヴァスはじっとフレイヤを見上げた。エトヴァスの魔術に絡め取られた彼女は、裁きを待つように項垂れてエトヴァスをその碧眼で見ていた。

 アリスを殺しても、殺せなくても、エトヴァスの食糧に手を出した限り命はない。それは馬鹿な頭でも理解していたらしい。


「最初からわかっていたことだ」

「・・・え?」


 言うと、フレイヤが目を見開いた。


「おまえは小心者だからな」


 もともと、フレイヤはアリスの魔力砲を見せれば、アリスを危険視するだろうと予想していた。そしてアリスという新しい可能性を生む存在を受けいれる事が出来ないだろうとも。

 はっきり言って、エトヴァスはバルドルにしか用事がなかった。

 彼の魔族探知は精密で、要塞都市クイクルムに関して彼はエトヴァスの役に立ってくれる。彼の母親は人間だ。将軍のなかでは唯一人間の魔術に精通しており、自身も使用できる。また感情的にもエトヴァスに好意的な感情がなくとも人間のアリスに十分な同情を示し、アリスのために助言もしてくれるだろう。

 エトヴァスは別に誰の助けがなくとも身は守れる。だが、アリスは違う。だからこそ魔族のなかで有数の力を持つバルドルと仲良くしておいた方が良いと思った。だから声をかけた。

 だがフレイヤは違う。

 彼女は将軍のなかでも一際弱く、発言権も大きくない。エトヴァスは、別にアリスと同性の友人を必要だと思っていない。そういう要件ならアリスにつけている鬼のメノウがどうにかするだろうし、メノウは明らかにアリスに対する情がある。性別で声をかけようとは思わない。

 だから、エトヴァスがフレイヤに持っていたのは、邪魔だという感性だけだ。アリスの敵は少なければ少ないほど良い。


「しょ、小心じゃないわ」

「事実だろ。五百歳を超えたおまえが、こんな小娘を恐れてる」


 フレイヤは声を震わせたが、事実は簡単だ。長命な魔族であるフレイヤは、幼いアリスを恐れている。小心以外の何物でもない。

 

「この子の力は争いを生むわ!」


 それでもフレイヤはきれい事を振りかざし、それを正当化する。だがエトヴァスからしてみればそれこそ彼女の自己満足で、彼女が賢くないことを示している。

 彼女はどうしてその話を高らかにエトヴァスにしているのだろうか。共感する能力の乏しいエトヴァスにとってどれもいっさい自分に関係がない。争いを生んだとしても、アリスの血肉を食らえるならエトヴァスはどうでも良い。

 それにエトヴァスはフレイヤが小心故にアリスを恐れ、アリスを殺そうとすると思い、実際にそう転がった。だから仮にそれがただの小心だったとしても、きれい事だったとしても、エトヴァスにとってフレイヤは小心で正解だ。


「俺にそれが関係があるのか?」


 エトヴァスは何を言われても興味がない。バルドルに支えられているアリスが紫色の瞳でこちらを見ている。

 そもそもフレイヤはアリスが争いを生むと言うが、アリスが望んでいるのはエトヴァスが与えた城の一室で引きこもることだ。争っているのは周りだけで、アリスには何ら関係がない。そして仮に争いを生むとしても、エトヴァスに関係がない。エトヴァスにとってアリスは大切な食糧だ。それ以上でも以下でもない。

 だからエトヴァスにとって揺るぎない事実がある。


「おまえは俺の食糧に手を出した。それだけだ」


 それは上位の魔族の間では万死に値する。

 フレイヤが目を伏せた。わかっていたのだ。アリスを支えているバルドルがやりきれない表情ながら、目を閉じる。

 エトヴァスは一歩踏み出し、すっと腕を伸ばす。

 常は小さくしてある剣を出す。自分の背丈の二倍はあるエトヴァスの髪の毛と同じ明るい金の巨大な剣を肩に乗せ、エトヴァスは長い計画もこれで終わりだなと思う。ロキと戦って以来だが、今度は力の調整をミスるようなことはしない。エトヴァスはその魔族らしい筋力で、軽々と巨大な剣を振り上げる。

 これでチェックメイトだった。そのはずだった。


エトヴァスさんは怖い人

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