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魔族の将軍に捧げられた人間の少女のお話  作者: るいす
三章 少女、魔族の将軍会議に出る
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15.フレイヤ


「こ、ここはどこなの」


 真っ暗闇をおどおどとアリスが見回す。暗闇が怖いのだろう。小さく小刻みに震える姿は、小動物のようで本当に哀れを誘う。

 ただ白い手には綺麗な白銀の杖がある。どうやらあの一瞬でちゃんとブローチを杖へと変えたらしい。よく訓練されている、才能のある子だなと思う。そしてだからこそ、ここで殺しておかなければならない少女だと、フレイヤは既に覚悟を決めていた。

 真っ暗闇のなかで、白銀の杖と彼女の黒いマントからのぞく白のシュミーズドレスが目に痛い。


「な、なんで」


 どうして、と酷くうろたえた表情でアリスが紫色の瞳を丸くして、フレイヤを見ている。

 信じられないのだろう。フレイヤを信じてくれていたのかもしれない。

 彼女の無垢な瞳に映る自分は、どんな顔をしているのだろうか。罪悪感が胸を塞ぐ。だが目をつぶり、あのとき感じた恐怖を思い出そうとする。

 そう、彼女は必要な犠牲だと、言い聞かせる。


「貴方はここで死んでもらうわ」


 言えば、アリスが息をのんだ気がした。


「ど、どう、して」


 声が震えている。こんな場所に閉じ込められ、挙げ句死ねと言われたのだ。怖くてたまらないだろう。


「・・・貴方の、魔力砲よ」

 

 アリスの、すべてを破壊する魔力砲。

 魔王の城ヴァルハラの結界は、恐らく魔族の世界で一番強固な結界だ。それを破壊すると言うことは、下手をすれば人間達の住まう要塞都市の対魔族結界も破れる可能性が高い。千年間人間を守り続ける対魔族結界を破る行為は、人間の歴史を変えるだろう。

 対魔族結界が、個人主義だった魔族を集団化させたように。


「貴方の力は、世界を変えてしまうわ」

「世界?」


 アリスは意味がわからないとでも言うように、首をふるりと振る。


「きっと貴方の力は、魔族を戦いに導く」


 アリスの魔力砲を見れば、過激派はアリスを欲するだろう。そして対魔族結界を破らせ、そのなかに住まう人間を喰おうとする。そうすれば、人間も死ぬ気で抵抗してくるだろうから、きっと大きな戦争になる。

 ビューレイストがアリスを渡さなければ、彼が過激派と戦う事になる。それは魔族の間に大きな内紛を生むだろう。ましてや中道派のビューレイストと過激派のロキは魔族のなかでもかなりの実力の持ち主だ。その二人がぶつかれば、必然的に大きな戦いになる。

 仮にアリスを人間の元に返したとしても、彼女が魔族に弓を引かないとは限らない。むしろビューレイストに血肉を食われる存在である事を考えれば、魔族を恨んでもおかしくはない。

 どちらにしても、アリスは生きているだけで火種になる。


「・・・貴方は、いてはいけないの」


 いない方が良い存在が、目の前にいる。フレイヤはアリスの魔力砲を見たあの場で、戦慄した。

 魔王やビューレイストとてわかっているはずだ。アリスは戦争の、そして内紛の種になる。歴史を変えるなどと言えば格好良いが、現実は多くの犠牲を互いにもたらすこととなるだろう。アリスというちっぽけな少女のせいで、犠牲が出る。


「私たち魔族が滅びないためにも、人間のためにも、貴方はここで死ぬべきなの」


 アリスは驚いた顔のままだった。そしてくしゃりと悲しそうに表情を歪める。ずきっとフレイヤの心が痛んだけれど、見ないふりをした。


「でも、エトヴァスの魔術が・・・」

「確かにあの男の魔術があるから、貴方に手出しはできない」


 ビューレイストの魔術は相変わらず優秀だ。

 アリスには複数の防衛のための魔術がかかっており、フレイヤにはどういったものなのか、構造式が複雑すぎてわからない。だが少なくともフレイヤの手持ちの攻撃魔術がアリスにかけられている魔術を突破できるようには見えない。

 だからこそ、フレイヤはここにアリスを閉じ込めた。


「でもね、この空間は時間とともに小さくなって、消えるの」


 フレイヤは真っ暗なこの空間で手を広げる。

 これはフレイヤの能力で作り出した異空間だ。フレイヤしかこの異空間を作り出すことは出来ないし、フレイヤの許可がなければ、ここに入ることも出ることは出来ない。例えフレイヤが死んでも、この空間は有効だ。アリスはフレイヤの気が変わらない限り、ここから出られない。

 この異空間は時間とともに縮小する。そしていつか消滅する。それはアリスにかかっているビューレイストの魔術など関係ない。異空間ごと消滅するのだ。

 アリスは暗闇と縮むといわれた周囲に怯えながら、またどうして、と声を震わせる。


「・・・わたしを殺したかったのなら、どうして、ロキさんから守ってくれたの?」


 ロキがやってきたとき、フレイヤはアリスを守ろうとした。ロキとフレイヤの実力差は常に明確だ。それでも、フレイヤを殺してでもアリスを攫おうとしているロキから、アリスを庇った。だがそれはあくまで打算あってのことだ。

 別に純粋にアリスを心配したのではない。


「ロキの魔力を最高値にすれば、なにをするかなんてわかんないもの」


 仮にロキがアリスを喰った場合、その魔力は最高値に達するだろう。フレイヤたち穏健派と敵対する過激派の調子を整えても、何の意味もない。ロキはかなり強いので、穏健派で一番強いバルドルが勝てない可能性まででてくる。

 過激派のロキの凶暴性は、中道派でひきこもりのビューレイストとはわけが違うのだ。だからフレイヤはアリスを守った。決して純粋な気持ちからではない。

 

「・・・そ、そっか」


 アリスが悲しそうに紫色の瞳を伏せた。フレイヤはぐっと自分の胸元の服を掴んだ。


「・・・」


 フレイヤは自分が言っていることが彼女にとって理不尽であることを、重々承知だった。

 アリスは普通の少女だ。

 どこまでも普通で、ただ話したり、勉強したり、そういった日常を尊いと考える、どこにでもいる少女だ。

 彼女は魔族と人間の争いの種になることを考えれば死なねばならない。

 それはアリス自身にはどこまでも関係がなく、ただ理不尽だろう。しかし常に集団の前で個人の犠牲は些末なものだ。

 

「きっと、私も殺されるわ」


 フレイヤは知っている。理解している。

 アリスを殺すためにこの異空間に閉じ込めたいま、この異空間からフレイヤが出れば、絶対にビューレイストはフレイヤを八つ裂きにする。上位の魔族、とくに純血の魔族にとって、食糧を横取りする行為は万死に値する。それは許されざる行為だ。

 だから、フレイヤはきっとすぐに殺されるだろう。

 ビューレイストは純血の魔族らしい魔族だ。なんの躊躇いもなくフレイヤを殺す。仮に彼がそうしなくても、魔王であるオーディンはフレイヤを許しはしない。魔力砲を魔王のオーディンにも見せたと言うことは、アリスはビューレイストが身柄を確保すると、恐らくオーディンの間でも協定があったはずだ。実際にフレイヤ自身も釘を刺されている。

 フレイヤにはもう、あとがない。


「本当にごめんなさい」


 謝罪などしても仕方ないと、わかっている。

 母親に捨てられ、人間にも捨てられた少女を、今から魔族のフレイヤが手にかける。あまりに酷な運命を突きつけていることはわかっている。フレイヤは理不尽だ。理不尽で、自分勝手で、まちがっているのかもしれない。こんな小さな子供の命で救われる世界など、おかしい。

 そう思いながらも、フレイヤはアリスへの恐れをぬぐうことが出来ない。


「この異空間は、時空を歪めているから、貴方の魔力砲もきかないわ」


 アリスはここで閉じ込められたまま、死ぬしかない。

 少しずつ黒い空間が小さくなる。それをアリスも感じているのか、ぺたりとその場に座り込んで、白銀の杖をお守りのように抱きしめた。

 

「どうして、・・・わたしを、また閉じ込めるの?」


 アリスが近づいてくる闇に怯えるように、一歩下がり、涙でいっぱいに濡れた瞳でフレイヤに言う。

 また、と言われれば、フレイヤの心がまた痛む。彼女は母親によって要塞都市クイクルムの一室においていかれ、ずっと魔力の動力源として閉じ込められて育ってきた。そんな少女に、フレイヤはこんな暗い場所で息絶えろと言っているのだ。


「おいて、」


 おいていかないでと擦れた声が呟く。

 それが夜に魘されて泣いていたアリスに重なる。泣きじゃくっていた姿を思い出し、フレイヤは踵返そうとした。その服を、アリスが掴む。

 空虚な紫色の瞳。唇が何かをまた呟く。小さな泣き声が空間に響く。

 こんな小さな子供をいじめて、何をしているのだろうかと思う。だが、もう戻れないのだ。始めてしまった限りはもう、終わりだ。ここでひいても、フレイヤはどうせエトヴァスに殺される。どちらにしても、終わりなのに、どうしてこの子を殺さねばならないのだろう。

 フレイヤは迷いを振り払うように服の裾を引くアリスの小さな手から自分の服の裾を取り戻した。

 そしてアリスの声や気配を拒絶するようにきつく目を閉じた。

 アリスに感じた恐怖を思い出さねばならない。自分は正しい。この少女の能力は絶対に魔族に戦いを持ち込む。恐ろしい力だ。

 だからと一歩踏み出す。でも擦れた声に、振り返る。振り返ってしまう。


「おいて、」


 ぼうっとした瞳からボロボロと涙がこぼれる。おいていかないで、わたしをおいていかないでと、アリスは魘されていた時のように呆然と泣く。

 だがその言葉をアリスが放った途端、フレイヤの背筋に冷たい何かが走る。


「・・・ぇ、?」


 アリスが何故か紫色の瞳を瞬き、首を傾げた。フレイヤもだ。ぞわりと、何かが自分の方へとやってくるのを感じる。

 

「え、」


 フレイヤはまともな言葉を口にする暇もなく、吹き飛ばされた。ここは異空間だ。どこに風があるのか、疑問に思うと同時に、地面に叩きつけられた。


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