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魔族の将軍に捧げられた人間の少女のお話  作者: るいす
十六章 少女、千年を遡る(後編)
505/506

10.ラウフェイ


「私の姪だ」


 ラウフェイが膝の上に座るアリスにそう紹介すると、アリスは目を見張りながらも知っているようだった。

 シギュン。

 薄茶色の長い髪をうなじで束ね、肩に流した彼女は、酷く細身ですらっとしている。碧眼の優しげな垂れ目だが、その顔に表情はない。

 廊下から入ってきた彼女は、すいっとアリスに視線を向けた。


「随分と綺麗で元気そうな食糧ですね」


 シギュンは不思議そうに首を傾げた。

 このあたりにいる人間は、食糧だ。魔族に喰われると恐怖すらも諦め、呆然としていることが多い。そのため、シギュンの疑問は当然だった。


「姪?」


 アリスがラウフェイの方を見て問うてくる。


「あぁ。シギュンは私の姪、妹の娘だな」


 アリスはその説明にどこか納得したようなそぶりを見せた。

 アリスの話では千年後の未来でもシギュンは将軍としての地位を守り続けているらしいから、あまり驚きはなかったのだろう。

 ラウフェイがシギュンに視線を向けると、シギュンは興味深そうに口元に手を当て、アリスを見ていた。


「シギュン、これは私の珍しい来客だ」

「でしょうね」


 ある程度、事情は理解したらしい。当然だ。アリスにはシギュンに対する行動契約がある。アリスを襲わない、守るという行動契約だ。自分で結んだ記憶のない行動契約を説明する術は多くないが、未来のなにかを呼び出す魔導具の伝説は、いくつか残っている。

 そのひとつをオーディンの人間のフリカが有していることも、知っているだろう。人間のアリスとそれがつながっても、おかしくはない。


「シギュン、千年後、これはビューレイストの妃になる」


 ラウフェイが言えば、シギュンはすこし考えるそぶりを見せてから口を開いた。


「ということは、ビューレイストは将軍か魔王なんですね」

「そうだ」

「まぁ、当然の帰結ですね」


 説明する必要もなく、シギュンは納得する。

 もともとシギュンはラウフェイの三人の息子の全員がある程度の年齢を生き残れば将軍になるだろうと予想し、アリスはそれが実際に千年後に真実になると言っていた。シギュンの目は正しかったことになる。

 ラウフェイは椅子に頬杖をつき、もう片方の手でアリスの頭を撫でる。


「シギュン、将来、アリスに会ったら、おまえはアリスにつけ」


 アリスが驚いたように振り返り、ラウフェイを見る。だがラウフェイはシギュンに対価を口にした。


「私の魔力の一部をやる。千年後のアリスから受け取れ。それで二百年ほどは喰わずに済むはずだ」


 シギュンは目を見開いた。だがすぐに怪訝そうな顔をする。


「なぜ」

「おまえは頭もいい。魔力量も悪くない」


 シギュンはラウフェイの親族で、虐殺も生き残った。頭がよく、魔術の素養は高い。ラウフェイほどではないが、魔力量もなかなかのものだ。ラウフェイの一族は思春期後も大幅に魔力が増えるから、これからも期待できる。

 だが、ラウフェイはふうっとため息をついた。


「なのに度胸がない」


 そつがない。将軍になり、その地位を守っている。なのに、度胸がないからすぐにし損じる。失敗する。後ろに退く。


「いいか、シギュン。おまえは賢いが、石橋を叩いて壊すタイプだ。好機を逃すことが多い」


 言えば、シギュンは静かに目を伏せた。自覚はいやというほどあるだろう。

 総じてシギュンは考えすぎだ。頭がいい故に多くの選択肢を想定し、進めなくなる。その結果、機会を逸する。それがシギュンの欠点だった。


「おまえに比べて、これは度胸は一流だ」


 アリスの両肩に手を置けば、アリスは不思議そうに首を傾げる。多分言われた意味がよくわかっていないのだろう。


「アリスは石橋がなかろうがいざとなれば飛び越える。着地点も見ている。だが、そこまでだ。着地点の向こうが確実性があるのか、そこまで見る経験がない」


 ラウフェイの指摘に、アリスがあからさまに視線をそらした。


「おまえがアリスの『目』となり、着地点を作れ。アリスがおまえの『足』となり、障害を蹴散らす。戦力が足らなければ、アリスの後ろにはオーディンが控えている。十分だろう」


 アリスは将来、大きな戦力となるだろう。だが、アリスだけではない。アリスを後見するのは常にオーディンだ。


「それが、私が描く未来の生存戦略だ」

 

 ラウフェイは愛情ではなく、完璧な機能美として二人を並べた。それは冷徹だが、この上なく信頼できる保証でもあった。

 シギュンは腕を組み、アリスを見下ろす。


「・・・まぁ、度胸は十分でしょう。恐れずに魔族の前にも出てくるくらいですからね」

「襲わないって行動契約があるからだよ」


 アリスは当たり前のようにそう答えた。ただその答えは、アリスの賢明さを示している。

 アリスは無謀な娘ではない。頭脳という観点ではオーディンよりはるかにいいし、もしもアリスが千年生きれば、多面的にものが見えただろう。だが、アリスにはその経験を積む時間がない。だからこそ、アリスにはシギュンが必要だ。

 そう、アリスは賢明で、どこまでも度胸のある娘だ。


「シギュンさん」


 アリスが魔術をまとった手を差し出す。それは自分の記憶を伝える魔術だ。シギュンはその小さな手に自分の手を重ね、目を見張った。


「・・・」


 なにを伝えたのか、ラウフェイは聞かない。だが、恐らくラウフェイの防御魔術すらもぶち破った、あの魔力砲の映像だろう。魔力を高圧縮し、一方方向に押し出すそれは、恐らくあらゆる防御魔術を紙くずにするだろう。

 ラウフェイの予測が正しければ、人間の要塞都市群に張られた、対魔族結界すら木っ端みじんにするはずだ。

 それは、アリスの賭けだった。

 自分の手札を明かす行為は、本来避けなければならない。だが、ラウフェイが作り出したこの場を利用し、アリスは自分の価値を売り込み、シギュンを自分の側に引き入れようとしているのだ。

 そしてシギュンは慎重すぎるだけで、意気地なしではない。


「いいでしょう」


 シギュンはアリスの手を握り返す。

 弱い将軍ならアリスの能力に怖じ気づいたり、今の時点でアリスやビューレイストを殺そうとしただろう。だが、シギュンは臆病で慎重すぎるほど慎重だが、冷静で、合理的な純血の魔族だ。


「いくつか質問をしてもいいですか?」


 シギュンは少し考えながら、ゆっくりとした口調で問いかけてきた。


「あぁ。答えられる範囲なら」

「この子はなんの目的のもとに?」


 まずなされた疑問に、ラウフェイは僅かに口角を上げる。


「魔族を滅ぼそうとした男の遺物、復讐と言うべきか、意趣返しか」

「なんですかそれ」

「これについてわかる範囲のことは、教えてやる」


 ラウフェイはアリスもビューレイストも知らないアリスの出自のいくつかを知っている。フリカもだ。その情報はシギュンがこれからアリスと組むために、必要な情報だろう。


「・・・この子、どのくらいの魔力量があるんですか?」

「正確にはわからん。未来のビューレイストに隠せと言われているだろう?」


 ラウフェイがアリスに視線を向ければ、アリスがまだシギュンとつないでいた手を握る。


「全部伝えられるところは、伝えちゃうね。多分、未来に戻ったら、下手をすればビューレイストに話したこととかまでばれちゃうと思う」


 未来のビューレイストはアリスに強固な防御魔術をかけているが、ほかにもアリスが抵抗できないようにする魔術や、アリスの居場所を伝える魔術など、多様な魔術でアリスを囲い込んでいる。今はラウフェイがうまく魔術でビューレイストをごまかしているが、それができるのは十二歳のビューレイスト相手だからだ。

 アリスは協力を誓ったシギュンに、今のうちに自分にかんする必要な情報を渡そうとしているらしい。


「本当に、」


 ラウフェイは感心する。

 本当に、アリスは頭の良い娘だ。ラウフェイが用意したビューレイストの監視から離れるこの機会をこれ以上ないほど利用するつもりらしい。


「つまるところ、アリスのブレーンになれってことですよね」


 シギュンは魔術で情報を受け取りながら、ラウフェイに確認する。


「そのとおりだ。千年後、アリスにやりたいことができたとき、アリスではなにもビューレイストには及ばん」


 十二歳の今でも、アリスはビューレイストに勝てるか危うい。莫大な魔力、精密な魔力探知、精緻な魔力制御、いずれも素養はアリスの方がはるかに高いだろう。ビューレイストがアリスに勝るのは、頭の良さぐらいだ。それもさほど大きな差違ではない。

 だが、アリスの感情、それ故の躊躇い、依存心など人間らしい情が、大きな障壁になる。そして千年の蓄積が、それに追加されるのだ。


「オーディンは将来的にアリスにつく。だが、それではまったく足らん」


 フリカの一件がある限り、オーディンはアリスを助けるだろう。だが、オーディンの助力は十分ではない。いや、十分ではあるが、彼にはその武力を生かす頭脳がない。そしてラウフェイがいなくなれば、穏健派でその後を継ぐのはバルドルだ。


「バルドルがどうにかするのでは?」


 シギュンはラウフェイの終わりを知っている。その後をどうにかするのはバルドルだとわかっている。だが、彼女も同時に理解している。


「アリスは争いを望んでいない。おまえと同じようにな」


 言えば、シギュンがはぁっとため息をついた。

 バルドルは確かに温厚で、決断を渋るときもある。情にも厚い。だが、いざとなったときにとる手段はなかなかに好戦的だ。戦うことに臆さないし、打って出ることも辞さない。有事になればビューレイストよりはるかに攻撃的だ。

 そしてビューレイストとバルドルはやり方は違えど、目的はよく似ている。

 それでなくともアリスはビューレイストに依存している。しかもアリスとバルドルの相性が良すぎるのがまずい。バルドルは恐らくビューレイストができない感情的な説得で、アリスの言葉を封じてしまうだろう。

 頭がよく、似たような合理性を土台にするふたりが結託した場合、アリスはもはやふたりの正論につぶされるままになる。

 シギュンは納得したのか、静かに頷く。


「・・・付き合いますよ。この子の寿命はたかが百年くらいでしょうから」


 数千年を生きる魔族にとって、百年はさほど長くない。しかも二百年分の食糧がもらえるなら、利益も大きいだろう。

 ラウフェイは黙ったままのアリスを見下ろす。


「アリス」


 紫色の大きな瞳は、ラウフェイをただただ丸く切り取っている。膝の上にある手は、小さい。だが、その才能は、一級品だ。ビューレイストという壁に阻まれ、すべてを諦めてしまうのはあまりにもったいない。


「アリス、おまえはな。なんにだってなれる」


 アリスはただ奪われ、与えられてきただけだ。

 要塞都市の動力源、ビューレイストの食糧、妃、オーディンの養女、バルドルの妹。いろいろな自由を奪われ、いろいろな権利を与えられてきた。いずれも自分で手を伸ばしたことはないだろう。


「力で戦いとるのが、魔族の生き方だ」


 強さが、すべて。強ければなにをしても許され、弱ければなにをされても仕方がない。そうした生き方は、未来では少しは変わっているのかも知れない。だが、奪われ、与えられるがままのアリスは、いつまで生きていられるのだろうか。

 他人に奪われ、与えられ、それがなくなれば死んでしまう。そんな生き方、長続きするはずがない。


「アリス、おまえはなんでもできる」


 そっと小さな手を握れば、その手は温かい。魔族も同じだ。だが、同じではない。

 アリスは魔族ではない。人間だ。たとえ頭が良くても、ビューレイストはそのすべてを理解することはできないだろう。だからこそ、アリスはどうしても嫌だ、気に食わないと思ったとき、ビューレイストを超える術を持たねばならない。


「覚えておけ。なんでもできるんだ」


 きっとこれは、シギュンも同じだ。

 なんでもできる力がある。でも、今、目の前の自分だけを見て、限界を勝手に測って、その可能性を自ら潰してしまうのだ。でも、平穏を望むアリスはいつか、きっと将軍の地位を望む。そしてそれを守り切らねばならない。

 だから、


「頼んだぞ」


 ラウフェイはアリスを抱きながら、シギュンに視線を向ける。小さく頷いた姪に、ラウフェイは小さく笑んだ。

 二人の未来が明るいものであることを、信じたかった。



テイク1

「あぁ。シギュンは私の姪、妹の娘だな」

「え、その人、わたしの弟嫁だよ」

「は?」

「あの、えっと、その人ロキさんの奥さん」

「・・・私、将来ロキと結婚するんですか?」

「なおさらおまえらふたりで手を組んだ方がいい」


 多分、ラウフェイさん、ビューレイストもロキもろくでもないと思っている。多分、生きてたらそれなりに嫁かわいがっただろうね。

 息子はたちへの信頼ゼロ。



テイク2

「アリスは石橋がなかろうがいざとなれば飛び越える。着地点も見ている。だが、そこまでだ。着地点の向こうが確実性があるのか、そこまで見る経験がない」

「・・・あれ?わたし、無謀だって言われてる?」

「おまえ、自覚ないのか?」

「え、」


 アリスは馬鹿ではないので、着地点はちゃんと見てる。でもその先はあまり考えていない。というか、考えられるはずもない。



ラウフェイの本音:+シギュン

「本当にアリスは残念な奴だな」

「そうですか?ビューレイストならなかなかの出来では?」

「わかっている。わかっているが、もう少し強く出ればいい」

「食糧ですからね」

「だが、結局あれしか喰いたくないんだろう?食糧をちらつかせた猛獣など、一番なんでもするぞ」

「それは間違いないですが、あの子、善良そうですからね」

「アリスの好意にあぐらをかいて、精神的に弱いあの子がどうにかなると思うか?」

「まぁ、なりませんね」

「オーディンなんて、頭が悪いのだから細かいところに気づけるはずがない」

「そうですね。私が気をつけるようにします」

「・・・そうだな。おまえの方がまだ当てになるな」


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