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魔族の将軍に捧げられた人間の少女のお話  作者: るいす
十六章 少女、千年を遡る(後編)
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09.アリス


 変だと思った。


「ビューレイスト?」


 目が覚めると、隣に身を横たえている彼が、眠っているようだった。

 魔族は基本的に一日に一,二時間しか眠らない。だから彼が眠るところをアリスは見たことがなかった。だから寝台から身を起こし、ゆさゆさと肩を揺さぶるが、やはり反応がない。温もりはあるので生きている。でも、眠っている。

 そこでふと、周囲にある魔術に気がついた。


「・・・ラウフェイお母様」


 振り向けば、そこには亜麻色の髪を一つに束ねた儚げな女性が笑っている。


「話がある」


 そう言われて、アリスはどうすべきか迷った。

 ラウフェイはわざわざビューレイストを眠らせたということは、彼には聞かれたくない話なのだろう。だが、アリスの伴侶はビューレイストだ。ただその逡巡はラウフェイにも見抜かれていたのだろう。


「おまえは、知らないことが多すぎる」


 くしゃりとラウフェイの細い手がアリスを撫でた。

 

「そして将来的にもこいつはおまえになにも話さない」


 アリスは平坦な声音と温かい手の感触に、静かに視線を落とす。そこには精悍なビューレイストの顔がある。

 未来の世界で、アリスは彼が眠っているところを見たことがない。もちろんこの世界でもないけれど、今のビューレイストなら時々勝てるのではないかと思うときがある。だが、千年後は違う。

 いつも隙がなく、アリスがなにをしても及ばない存在、それが彼だ。彼がアリスの行動を許容することはある。だが、彼が今日しなければ、アリスはなにもできない。多分、アリスは彼の弱みを知らないし、危ないことも、彼はなにも話さないだろう。

 アリスを危険から極力遠ざけよう、いつも彼はそうする。

 

「私は、おまえも一定ビューレイストへの対抗手段を持つべきだと考えている」


 アリスが顔を上げると、ラウフェイはわずかに口角をつり上げた。そして近くにあった椅子に座る。

 

「・・・お父様?」


 最初に浮かんだのは、オーディンだ。未来の世界でオーディンは魔王で、魔族で一番強い。そう首を傾げれば、ラウフェイは首を横に振った。


「おまえは未来の世界でオーディンとビューレイスト、どちらが強いと思う?」


 まっすぐ問われ、アリスは少し考える。


「一対一なら、お父様が強いと思うよ。でも、経済力とか軍隊とかもあるから、いざとなったらどうなんだろう?」


 千年後の世界で将軍同士の争いは、複雑化している。

 この時代は、あまり大きな軍隊がないように見える。将軍や魔族は単独で争い合い、領地の管理もあまりされていない。ヨトゥンが勝手にオーディンの領地に入ったりできるように、各将軍の領地の間に防衛戦がないのではないのではないだろうか。生活の基本が狩猟で、定住していないからだろう。

 それに比べ、千年後の世界では人々は家畜を喰って暮らしており、定住している。そのためそれを守る大規模な軍隊が組織され、領地管理は厳密だし、大規模な軍隊を支える経済力も重要な要素だ。他の領地の将軍は簡単に侵入できないし、予告なく侵入すれば敵意があると見なされ、下手をすれば戦争になるだろう。


「経済力と軍隊か、・・・頭のいいビューレイストに有利だな」


 複雑化すれば、それを把握する頭脳が必要になる。そうすれば単純に強いオーディンより、頭の良いビューレイストが圧倒的に有利になる。

 

「・・・ということは、クヴァシルやヘイムダルあたりは死んだか」


 ラウフェイが僅かに口角を上げた。アリスは目を丸くする。


「クヴァシルさんはバルドルお兄様に殺されたよ。ヘイムダルさんはなんとか領地経営を変えようとしてるけど」

 

 過激派のふたりは千年後、領地経営がうまくいかずに穏健派の領地から略奪しようとした。その結果、クヴァシルは穏健派のバルドルに殺され、ヘイムダルは周囲からの監視の下、領地経営の立て直しを試みている。

 そう、狩猟から家畜を主食とする定住へ、千年後までに世界は大きく動く。それに合わせられない魔族は、落ちぶれていく。


「誰が将軍になっている?」

「私がビューレイストに差し出された頃は、穏健派のお父様が魔王で、穏健派はバルドルお兄様を筆頭にヘズ、フレイヤ、フレイ、過激派はロキさんを筆頭にクヴァシル、ヘイムダルさん、トールお兄様、ヘルブリンディ、中道派はビューレイストを筆頭にシギュン、シヴ」

「意外だな。シヴはビューレイストについたのか。まぁあの女はしたたかだからな」


 ラウフェイは椅子の上で足を組み、ふむと顎に手を当てる。


「今はヘルブリンディさんとクヴァシルが死んだの。ヘイムダルさんとトールお兄様はわたしと動いてくれることが多くて、」

「過激派は随分削られたな。ファールバウティは死んだか」

「うん。わたしのお父さんとお母さん、えっとルカニアに殺されてる。お父様も協力したって」

「・・・ほぉ。そのルカニアがフリカの従妹でおまえを捨てたと言うことか」

「うん」


 金色がかった紺碧の瞳が、宙に向けられる。


「おまえの実父は人間だな?どういう血筋の人間だ」


 アリスは問われ、父について考えて見る。

 ルカニアは魔族狩りで有名なエルフで、同じエルフのヴァラからも話を聞いたことがある。フリカも人間だが、従姉だ。


「・・・え?要塞都市クイクルム支配下の田舎町出身で・・・」


 父は田舎町出身の魔術師だった。

 未来のビューレイストと出会い、十年後に自分が死んだらビューレイストの食糧にしていいから一緒に暮らそうとビューレイストを誘い、その田舎町で一緒に暮らしていた。その十年の間に父は魔王を倒しに行ったり、別居したりしたと聞くが、最終的にビューレイストに喰われて死んだ。

 先賢の目を持っていたとされる父は、アリスのために自分の身を餌にビューレイストに人間と暮らす知識を与えた。


「・・・あれ?」


 だが、よく考えて見ればあまりに不自然だ。

 父とビューレイストが過ごした田舎町の家で、アリスは過ごしたことがある。本当に一般的な市民の家だったし、周辺の家々とも変わらなかった。だが、父が生まれたのは要塞都市クイクルムの支配下の田舎町だ。クイクルムは騎士団が魔術教育を独占しており、一般市民が魔術教育を受ける機会はない。

 彼は、どこで魔術教育を受けたのだろう。


「え?」


 彼は二十歳を超える頃には、将軍たちと争うような高名な魔術師になっていた。父が仮に高い素養を持っていたとしても、魔術教育もなく大成できるだろうか。そもそも、「基礎的な高い素養」を持つ人間が、なんの関係もない家系にぽっと出で生まれるだろうか。


「・・・おとうさんは、亜麻色の髪で、空色の瞳で、二十歳は越してたと思うけど・・・」


 アリスは父が死んだとき四歳だった。その記憶は朧気で、魔王を倒したというその偉業はあまりに大きく、ビューレイストと同居していたという過去も、すべて疑問に思っていなかった。その朧気な存在に、疑問を抱く余地がなかった。

 そしてアリスが疑問を抱くような簡単な事実を、未来のビューレイストが調べなかったとは思えない。


「落ち着け」


 ラウフェイがぽんっとアリスの頭に手を置く。


「ビューレイストはなにも話さん。だが、おまえをなにからも守ろうとしている。それは変わりない」

 

 平坦な声音が、アリスに前提を疑うなと告げる。

 ビューレイストはなにも話さない。隠し事が多い。だからと言って、ビューレイストはアリスの敵ではない。問題がなければ聞けば教えてくれただろうし、基本的に嘘はつかない人だ。


「私はそれだけおまえは抜けが多いと言うことを指摘したいだけだ」

「・・・」


 アリスは多角的に物を見ることができない。視野が狭い。それはきっと年齢もあるだろうが、だからといって未来のビューレイストは千年の時を生きてきている。今の十二歳のビューレイストを見ても、アリスなど比べものにならないほど頭がいいし、アリスは人間で百年も生きない。

 指摘されてもどうすればいいのか。


「私は無駄な話がしたいわけではない」


 ラウフェイはそう一度話に区切りをつけてから、あらためて口を開く。


「オーディンはバルドルにおんぶで抱っこだろう」

「・・・うん」


 ラウフェイの推測は、正解だ。

 どうしても経済的、軍事的に優れているのは未来のビューレイスト、バルドル、ロキの領地だ。いずれも頭のいい将軍で、オーディンは経済圏としてはバルドルに依存している。オーディン自身は強いが、ビューレイストと本気で争ったとき、実際にはどうなのだろう。

 少なくとも経済力と軍事力が考慮されるなら、オーディン単独ではビューレイストに歯が立たない。アリスは多分、オーディンの助力を得ても、ビューレイストひとりにすらも対抗できないだろう。


「しかも最近、ビューレイストはバルドルお兄様と仲良しだし」


 未来のビューレイストは、最近バルドルと経済的結びつきを強めている。アリスのためだという建前だが、ふたりが手を組んでしまえば、魔族の支配領域のかなりの部分を彼らの意のままにできる。

 穏健派のオーディンと過激派のロキはなにがあっても手を組まないだろう。仮にそれが可能だったとしても、ビューレイストとバルドルの領地と軍隊は魔族の支配領域では一、二を争っている。オーディンとロキでも厳しいだろう。


「やはりそれではオーディン一人おまえに味方したところで、どうにもならん」


 ラウフェイはすでにそれを憂慮していたようだ。

 オーディンはアリスを養女にし、アリスの味方をする。だがいざとなったとき、ビューレイストがアリスの意に反することを阻む力がないと考えているのだ。


「でも、ビューレイストの言うことは、いつでも正しいんだよ」


 アリスはラウフェイがなにを心配しているのか、よくわからなかった。

 ビューレイストはいつでも正しい。判断には感情的な部分がなく常に合理的で、間違うことなどない。頭もよく、感情を理解できなくとも、アリスを蔑ろにしない。アリスの感情にも配慮してくれる。

 だが、ラウフェイは静かにアリスを否定する。


「その台詞がすでにおまえの狭い視野を表している」


 紺碧の瞳が、丸くアリスを映している。その平坦な瞳はほとんど感情を映さない。だからこそ、合理性故の自分の見解を無感情に映すのみだ。

 

「正しいことなど、ひとつではない。なにに立脚するかで完全に変わるものだ」


 ラウフェイの平坦な声音で紡がれる見解が、正しいのはわかる。だが、アリスにはわからない。


「お母様、わたしはビューレイストがいないと生きていけないから、彼の正しさのなかで生きる、それでいいんだよ」


 なにに立脚するのか、ビューレイストのそれでアリスはいい。ビューレイストが間違っていれば、アリスは死ぬんだろう。だが、死すらもそれでいいのだ。


「・・・だからおまえはいかん」


 ラウフェイはふぅっとため息をつく。


「大胆なことができるのに、どうしてそんなに従順なんだ」

「だって、結局ビューレイストに嫌われたくないし、好きなんだもの」


 それが刷り込みなのか、愛情なのか、アリスはよくわからない。だがアリスはビューレイストに見捨てられれば、精神的に生きていけないだろう。だから、仕方がないのだ。


「それがおまえの最大の欠点だ。おまえの好意は重すぎる。好意は命を賭けるべきものじゃない。生存に不可欠でもない」

「仕方ないよ」

 

 アリスは困ったように笑うしかなかった。

 それがアリスだ。とっくに後戻りする機会は失われた。いや、後戻りもなにも、アリスの過去にも未来にも、ビューレイストに喰われる以外の終わりなどないのだから、考えても仕方がないだろう。

 

「頑張ってみるし、できることはしてみようと思うけど、最後はそれでいいんだよ」


 アリスだって多少、自分の意見を通そうと頑張ってみることはある。

 だがどうせアリスの遺体は彼に食われる。死んでも生きていても、アリスは籠の中だ。彼に寄り添い、死ぬのならそれでいい。

 アリスが肩をすくめる。


「そしてだから、私はおまえのできることを増やしておかねばならない」


 ラウフェイはそう言って、廊下に視線を向けた。

 大きな魔力が近づく感覚に、ぞわりと背筋に冷たい物が走る。アリスが警戒の眼差しを向けていると、ラウフェイが手を差し伸べてきた。


「来い」


 アリスはその手に自分の手を重ねる。すると膝の上に抱き上げられた。

 そこにいたのは、長い髪をうなじで留めた、アリスが千年後なら知る女性だった。



テイク1:ラウフェイとアリス

「話がある。少し来い」

「え。ビューレイストがいないから」

「そこの廊下でいい」

「・・・え、」

「・・・」


 めんどくせぇええええええええええええええええってなったら話し終わる。

 でもアリスは絶対にビューレイストなしでラウフェイについて行かない。


テイク2

「最近、ビューレイストはバルドルお兄様と仲良しだし」

「そうなのか?」

「そうなの。夜にわたしをおいて、飲みに行ったりしてるんだよ」

「ほぉ、ふたりでか」

「うん。いやだって言ったらやめてくれたけど、でも二人で話しているときたくさんある」

「昼にか?」

「うん・・・」

「なんでそんなに落ち込んでるんだ」

「さみしいから」

「わからん」


 基本的に二人の時間を奪う者はあんまり好きじゃない。

 ふたりは間違いなく、昼だしいいやと思っている。


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