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魔族の将軍に捧げられた人間の少女のお話  作者: るいす
十六章 少女、千年を遡る(後編)
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04.バルドル


 バルドルは、久々にオーディンの宮殿を訪れたビューレイストとアリスに呼びされ、庭に出た。


「バルドルお兄様に協力してほしいの」


 真剣な顔でアリスがそう言って語ったのは、未来の世界の話だった。

 今までバルドルも、恐らくビューレイストも特別アリスに未来がどうなっているのか聞かなかったが、未来から来たアリス自身も多くを語らなかった。だから、アリスがまとまった「未来」の情報を語るのは、これがはじめてだった。

 ただ、それはあまりに断片的な情報だった。


「つまり、お母様が自殺するってこと?」


 バルドルはもう実の落ちきったヤマモモの木の近くで腕を組んで額を抑える。

 アリスの話は、にわかには信じがたい話だった。

 オーディンの不在時にヨルズが襲撃をしてくることをアリスは知っていたのだという。だから、バルドルと母のフリカを助けることができた。ここまでが今、起こっていることで、これからが重要なのだという。

 オーディンは妃と息子を襲撃したヨルズへの報復のために、ここからヨルズとその一族を族滅にかかる。そのなかには、ヨルズとオーディンとの間に生まれたトールも含まれていて、バルドルの母フリカは彼を庇う。ここまではありそうな話だと思う。

 だがオーディンがそれを強行し、母は魔王のファールバウティに片腕を引き換えにトールの保護を約束させる。オーディンは母が他人にその身を切り売りしたことに怒り、母を閉じ込めたまま訪れなくなり、そのいくらかあとに再び母の元を魔王ファールバウティが訪れたときに、何故か白銀の檻の中で自害する。

 アリスはそのことの顛末を未来のバルドル本人から聞いたと話した。


「うん。どうして白銀の檻は魔族が入れないのにフリカお母様が自殺したのかは、わからないけど」


 アリスは正確には千年以上後の未来から来たらしい。だから当然、この時期の人の生き死にや状況は、すべてバルドルやビューレイストなどからの又聞きでしかない。ましてや自殺の理由など、本人から来科なければわからないだろう。

 だが、バルドルは根本的に自分の母親が自殺するという話自体がにわかには信じがたかった。


「それに、アリスはお母様を助けたいってことだよね」

「うん。だって、生きてる、まだ、生きてるから、」


 アリスは俯き、祈るようにぎゅっと胸の前で両手を握りしめる。バルドルは自分より少し小さなアリスの亜麻色の頭を眺めながら、それが可能なのだろうかとちらりとビューレイストを見た。彼はアリスが自分の方を向いていないのを確認してから、首を横に振った。

 それを見て、バルドルはやはりなと目を閉じた。次の瞬間、高くも平坦なラウフェイの声が響く。


「アリス、こちらに来い。フリカが呼んでいる」


 声の出本を追って庭の端を見ると、ラウフェイがアリスを呼んでいるのが聞こえた。バルドルはビューレイストと少し二人で話したかったため、「行っておいで」とアリスの背中を押す。


「あ、うん」


 アリスはビューレイストの方を見て確認をしたが、彼が小さく頷いたのを見てラウフェイの方へと駆けていった。


「・・・」


 バルドルはため息交じりに気持ちを落ち着けるように息を吐く。

 

「どう思う?」

「わからん」


 ビューレイストの答えは、いつもはっきりしている。すべてが未確定、だから「わからん」。それはそのとおりだ。


「間違いないのは、どういうかたちであれ、アリスの言うとおりおまえの母親は死ぬだろうな」


 ビューレイストは未確定のうち、確定されている事実だけを口にした。

 アリスは千年後に生きている。だからバルドルの母の顛末もあくまで人聞きだ。真実など他人の目から見える程度にしか知りはしない。

 だが、未来のアリスはビューレイストの妃であり、同時にオーディンの娘であり、バルドルの妹でもある。それなりにそれぞれと親しい立場にあるだろう。そのアリスが知る情報はある程度周囲が信じる「真実」を反映しているはずだ。

 

「・・・そうだね」


 バルドルは頷きながら、納得も覚悟もできなかった。

 母は短命の人間だ。魔族の父や自分たちとは寿命が短い。だからいずれは母を見送るのだろうという覚悟はあった。だが、人間が短命とはいえ、平均的に四、五十代までは生きる。長生きする者は九十年、百年生きるから、数十年単位で先だと思っていた。

 

「アリスの知る未来は、・・・確定だよ、ね」


 バルドルはわかりきったことをビューレイストに確認してしまった。だが、感情の起伏に乏しい純血の魔族の彼は静かにそれを肯定するのみだ。


「過去の上に、未来がある。ノルンの泉は運命を変えるが、それを踏まえた上での未来だ。アリスの知る未来は変わった後、つまりアリスが知る未来は変わらない」


 アリスは未来から来た。そしてアリスがどれほど過去を変えたいと思っても、過去を踏まえた上で未来はできている。


「絶望の鏡、だもんね」


 ノルンの泉は一般的に運命を変える魔導具だとされるが、それにはふたつの解釈がある。ひとつは運命を変える「希望の鏡」、もうひとつが運命を受け入れる手助けをする「絶望の鏡」。

 この鏡でアリスを呼び出し、アリスによってヨルズの襲撃から助けられたフリカにとって、間違いなくノルンの鏡は「希望の鏡」だ。

 しかしながらアリスの知る未来ではヨルズの襲撃でもともとフリカは生き残ると知っていただろうし、その後、これが原因でオーディンともめ、フリカが自害に追い込まれることも知っている。アリスは最終的に未来に続く運命をすべて受け入れるしかない。

 そう、アリスにとっては「絶望の鏡」になる。どう転んでも、アリスが納得できる過去などありはしない。


「アリスに説明した方が良いのかな」

「・・・薄々わかっているとは思う」

「それでも受け入れられない、か」

「アリスはおまえの母親に懐いている。元々実母には捨てられているから・・・だからなにを言っても諦められないと・・・思う」


 ビューレイストは自分の仮定だと「思う」を付け足したが、バルドルもそうだと思う。

 人間は感情的な生きものだ。過去は変わらないからと、簡単に諦めることなどできないだろう。事実として無理だとわかっていても、わずかでも未来を変えられるのではないか、感情的にそれに縋りたくなる。

 だが、魔族は違う。


「僕らにとってどう転んでも変わらない未来を、受け入れるのは難しくはない」


 バルドルはヤマモモの木を見上げる。もう実は落ちてしまっていて、青々とした葉だけが広がっている。

 混血とはいえ、バルドルの本質は魔族だ。変わる可能性があるなら頑張っただろうが、無理だろう。心は痛む。失われゆく母親の命に、別れを告げねばならない。だが、幸いなことに、その時間は十分に与えられている。突然、死を迎えるわけではない。

 感情の起伏に乏しい魔族にとって心の整理をつける時間は十分すぎるだろう。


「むしろアリスがはっきり言ってくれて、僕は良かったと思うんだけどね」


 アリスには辛い記憶になるだろう。きっと過去になど来たくなかったと思うような記憶になる。

 だが、バルドルはアリスがこの世界に来てくれたおかげでヨルズの襲撃からも逃げおおせた。こうして気持ちの整理をつける時間も与えられた。アリスの役割は間違いなく運命を変える「希望の鏡」の逸話通りの存在だ。

 

「だが、アリスだけ貧乏くじだ」


 ビューレイストはぐっと拳を握りしめる。

 アリスは未来のビューレイストの妃だ。今のビューレイストにとっては食糧でもある。バルドルには今の彼がアリスにどこまで情があるのかはわからない。だが、少なくとも彼はいつもアリスに視線を向け、極力アリスが過ごしやすいように気を遣っている。

 彼はもともとなにものにも興味のない男だ。その彼がアリスに関心のすべてを振り抜いている。同時にそのアリスが陥る苦境は、彼にとって心痛むものだろう。


「アリスを早く未来に帰せないのかな」

「俺もそれを調べた。だが、運命を変えるという性質上、起動者の目的の達成が一つの規準になる」

「・・・お母様の目的、か」


 フリカはもともと、アリスがこの世界にいるのは3ヶ月だと言っていた。すでにもう一ヶ月はたっているが、恐らくその期間の満了が、なにかフリカの目的の達成の時期と同じなのだろう。だが、フリカの目的はバルドルにもわからない。


「どうせアリスを帰せないなら、どうにかアリスが納得できるように自由にさせてあげたいけど、でも、僕らに力がなさ過ぎるんだよね」


 バルドルはこめかみを押さえて考える。

 今のビューレイストやバルドルでもアリスの傍にいてやることはできるし、ある程度の魔族からなら三人ならどうにかなるだろう。だが、莫大な魔力を持ち他の魔族にとって美味しい食糧であるアリスを他の将軍からは守ることができない。

 そうふたりではアリスを止めるにしても、好きなことをさせるにしても力不足甚だしいのだ。

 アリスを好きなようにさせてやるにしても、バルドルにも、ビューレイストにも力がなさ過ぎる。どうしても大人の手を借りざるを得ない。


「しかも頼みの綱のラウフェイはフリカの共犯だ」


 ビューレイストの言葉が吐き捨てるようなのは気のせいではないだろう。


「・・・そうなんだよ」


 魔導具であるノルンの泉を起動したのは、恐らくバルドルの母のフリカだ。だが、それに対価となる莫大な魔力を捧げたのは将軍一の魔力量を持つビューレイストの母ラウフェイだ。そして今、そのラウフェイがフリカの申し出に賛同し、アリスの安全を確保している。


「オーディンはどうにかならんのか?」


 ビューレイストは選択肢として尋ねてくる。

 アリスの安全を確約できる可能性があるのは、穏健派の将軍で随いつの腕を持つオーディンでもいい。むしろフリカのわからない目的を助けているラウフェイよりも、妃のフリカ自身の身の安全を願うオーディンのほうがアリスの目的に合致するはずだ。だが、バルドルは首を横に振る。


「無理だね」

「何故だ。あの男は自分の妃に納得できる終わりを用意してやりたいと思わん」


 自分の妃のことだ。しかも寵愛深い妃の終わりが近いと知れば、できる限りのことをしてやりたいと思うのが自然ではないのか。感情の起伏に乏しい純血の魔族であるビューレイストですらも、そう思うのだろう。

 常識的に考えれば、バルドルもそう思う。だが、あの男は常識の通じる男ではない。


「思わないね」

 

 バルドルは確信していた。

 そんなことをオーディンが思うのなら、母のことを広いとはいえあんなふうに部屋に閉じこめてはいない。外に出たいと言う母に、少しでも配慮を見せただろう。

 

「あの男、お母様がアリスを娘にするって言ったらなんて言ったと思う?人間の子供が魔族と生きるなんて、良いことあるわけないってさ」

「どういう意味だ?・・・あの男は一緒に生きようと思って人間のおまえの母親を妃にしたんじゃないのか?」


 至極不思議そうにビューレイストは尋ねてくる。それにバルドルも力強く頷いてしまった。


「頭悪いのさ。ありえないだろ」

「おまえの父親は自分を棚に上げて、何を言ってるんだ。意味がわからない」

「そういう奴なんだよ」


 あの人は自己中の塊だ。自分の生きたいようにしか生きない。だからどれほど母のことを言ったとしても、自分の望むようにしかしない。母が納得して死ねるようになんていう視点がそもそも出てこないし、それを言えば激高するだけだろう。


「だが手をこまねいている時間もないぞ」


 ビューレイストは腕を組み、考え込む。そう、本来手札のあまりに少ないふたりでどうにかできる問題ではないのだ。お互いにわかっている。わかっているからこそ、答えなどない。


 バルドルは沈黙をうめるように風に揺れる木々を眺める。

 どれほどそうしていただろう。


「バルドル様、」


 中庭の端から呼ばれ、バルドルは顔を上げる。そこにはオーディンの部下でもある黒髪の双子の青年フギンとフニンがいた。


「どうしたの?」


 バルドルは首を傾げる。すると二人は顔を見合わせてから、こちらに向き直った。


「ビューレイスト様もおられたのですね」

「ちょうど良かった。オーディン様が、バルドル様もビューレイスト様もご一緒に来られるようにと」


 フギンとフニンは酷く慌てた様子で、用件が出てこない。ただふたりそろって呼び出されていることがわかり、何事かとバルドルとビューレイストが顔を見合わせると、やっと自分たちが用件を言っていないことに気づいたのだろう。フギンとフニンは頭を下げた。


「広間までおいでください」

「ヨルズが捕まえられました」


 それは、フリカが仕掛けた運命の連鎖の、続きだった。

過去では後手にばっかりまわるビューレイストさんとバルドルさん。

頭がいいので、ふたりとも周囲の動きや状況の変化を敏感に感じています。

ただ先手は常にお母さんズの手の中に。

多分オーディンさんは巻き込まれていることすらわからず「・・・?」ってなってるが、感覚でなんでこんなことになってるんだろう、嫌な感じのまわりだなとはわかっています。

強いことも相まって、今まではだからこそ死なずに来ている感じです。

なお、フリカは喧嘩っぱやくて感情的ですが、頭はかなりいい方です。

兄姉と比べて魔力量や魔術の才能にはさほど恵まれませんでしたが(それでもそこそこ)、美貌と頭の良さは兄姉以上でした。

ただファールバウティ襲撃の頃にはまだ子供すぎて、それを生かすレベルになかったことは不運ですね。

またフリカはきわめて良い「眼」を持っているため、魔術の構造式なども隠してあってもかなり見えています。

そのためオーディンと結婚した当初は理解できなかった魔族の魔術の構造式も、長年視ているうちにある程度理解できるようになっています。

最初から閉じ込められて育って外に出たアリスと、最初は自由に育ち、閉じ込められたフリカは、性格なども含めて、対比になっています。

アリスにフリカが一生懸命これからも魔族と生きていくつもりなのか、大丈夫なのか、問いかけたのも、フリカはある程度何かも理解して好きだからオーディンのそばにいますが、アリスはいまだに全くなにもわかっていません。なので、フリカが愛も恋もわからない状態のアリスが後悔する日が来るのではないかと不安に思っているからです。

ただ、真っ白だからこそ少しずつわかって、それにあわせて育っていくことができる、ということもあります。理解や知識が和解や未来につながるわけではないという、そういう話ですね。


ちょっと穏やかなテイク1。

「オーディンはどうにかならんのか?」

「無理だね」

「何故だ。あの男は自分の妃に納得できる終わりを用意してやりたいと思わん」

「そんな頭、あいつにあると思う?」

「ないな」

「だろ?強さだけなら期待できるけど、馬鹿は馬鹿だよ」

「そうだな」


 話し終わっちゃうよね・・・。

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