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魔族の将軍に捧げられた人間の少女のお話  作者: るいす
十六章 少女、千年を遡る(後編)
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02.オーディン


 オーディンは宮殿に戻ってことの顛末を聞き、愕然とした。

 過激派の将軍であり長らくのオーディンの妃であるヨルズに襲われた。襲撃を知った養女のアリスが助けに入り命は助かったが、妃のフリカは腕を落とされた。幸い、ヨルズは穏健派でも有数の将軍であるラウフェイの姿を見て退いたそうだが、それでもあまりの惨禍だ。

 アリスはラウフェイの息子ビューレイストの未来の妃でもあるので、アリスの身柄はもともとラウフェイが引き取っている。


「・・・アリスの容態は?」

「もう一週間になるが、熱が下がらん」

「・・・そうか」

 

 ラウフェイの城を訪れたオーディンは額に手を当て、息を吐いた。

 額に冷たい手巾を乗せられ、寝台に座るビューレイストの手にしがみつくように目を閉じているアリスの顔は酷く赤い。息も荒く、それだけで重傷だというのがわかる。

 

「魔術で身体機能はすぐに再生させはしたが、ダメージがどれほど影響を与えているかは」


 ラウフェイも考えるように顎に手を当てている。

 治癒や再生というのは、本当に身体の細胞を再構築するだけで、失われた血や破壊された細胞の瞬時の回復はできないらしい。しかも本来魔力がある限り肉体が再生する魔族にはさしていらない技術なので、魔術に詳しいラウフェイでも人間に対する副作用はよくわからないという。


「シヴには見せたか?」

「あぁ。熱が下がるという薬というものは出してくれた。だが、それの効果もいまいちだ」


 シヴは将軍の中でも身体機能のエキスパートで魔族だけでなく人類の身体機能にも詳しい。ただすべてがわかるわけではないので、打てる手はすでに打ったと言うことだろう。


「人間の体はもともと衝撃に弱いらしい。未来のビューレイストの防御魔術は強固だが、吹っ飛ばされる衝撃までは殺し切れん。・・・相手が悪かったな」


 ラウフェイは冷静にそう評価する。

 アリスには未来のビューレイストが強固な防御魔術をかけている。それは魔術に精通したラウフェイですらも賞賛するほどのものらしく、将軍の攻撃でも数発は防ぐだろうと言っていた。だが、今回、相手が悪かった。

 単純な魔術での攻撃や物理的な打撃などなら、未来のビューレイストの防御魔術がアリスを守っただろう。ただヨルズはその強固な肉体で生み出す衝撃波で、アリスを防御魔術ごと壁にたたきつけた。防御魔術はアリスを壁にたたきつけられることから守りはしたが、その衝撃を殺すことはできなかった。

 しかも脆弱な肉体しか持たない人間のアリスは、対魔族戦闘において長距離での戦略しかとることができない。とくにヨルズは頑強な肉体を持つ魔族の中でもきわめてその傾向が強く、強固な肉体を武器に戦う。アリスにとって室内という距離のとれない閉鎖空間で戦うには最も相性の悪い相手だった。

 

「それでも、あの子は出来る最良の選択をした」


 結果はともかく、ラウフェイは今回の戦いを極めて高く評価しているようだった。

 アリスは恐らく、すぐに自分とヨルズの相性の悪さと実力差に見切りをつけた。いや、もともとある程度予想していたのだろう。

 アリスはバルドルとフリカを連れて逃げることを第一に考えた。

 自分に未来のビューレイストの強固な防御魔術があることをふまえ、衝撃波をくらうこと覚悟でヨルズに隙を作り、まず手負いのフリカを白銀の檻に、バルドルを外へと転移させた。白銀の檻は魔族が入れない魔導具だ。フリカを白銀の檻に移動させたのは、手負いのフリカの血のにおいに惹かれ、魔族が彼女を襲わないようにするためだろう。

 それは正しい。アリスは気づいていないだろうが、あの広間にはフリカを外に出さないための結界もあった。フリカを外に出そうとする転移の魔術は無効化され、もっと厄介な状況に陥ったはずだ。

 ふたりを逃がしたアリスは自分も転移して外に出た。そしてラウフェイやビューレイストと合流して事なきを得た。


「アリスの状態を考えれば、最良とは言えねぇだろ。・・・だがアリスがいなければ、フリカもバルドルも死んでいた」

 

 オーディンはぐっと拳を握りしめた。

 バルドル曰く、まさに突然襲われたのだという。フリカが白銀の檻に逃げ込む暇もなかった。オーディンがかけていた防御魔術には綻びがあった。以前から、フリカには結界が薄いのではないかと泣かれていた。オーディンにはそうは思えなかったが、フリカの言葉には部分的に真実があったことになる。

 アリスが助けに入らねば、フリカが失うのは腕ではすまなかっただろう。


「フリカが変えたかった運命とは、これのことだったのか?」


 オーディンはラウフェイに問うても意味などないのに、答えを求めて呟くように疑問を口にする。

 アリスは、フリカが運命を変えることができるというノルンの泉という鏡の魔導具から呼び寄せた、未来から来た少女だ。未来のオーディンの養女であり、ラウフェイの息子ビューレイストの妃でもある。ただ、フリカの従妹の娘というのも真実のようだ。

 フリカは自分の死を予知していて、自分が死なないためにアリスを未来の世界から呼び寄せたのだろうか。


「知らん。私は三ヶ月、未来のビューレイストの妃であるアリスを守るように頼まれただけだ。まぁ、あと二ヶ月か」


 ラウフェイの答えはいつも通り淡々としていて素っ気ない。ラウフェイは相変わらず、アリスを優秀な器と認め、それと自分の息子が番うことで得られる優秀な未来を望んでいるだけだ。

 だが、とラウフェイは続ける。


「だが、私はアリスを知れば知るほど満足だ。時代が違い、私が女であったことが悔やまれるな」

「は?」

「男であるなら、私があの子を得たかった。いや、男でなくとも美味そうだからな。退屈しのぎにでも、この手で飼い慣らしたいと思っただろう」


 さらりと言うラウフェイに、オーディンは目を丸くする。

 彼女は純血の魔族で、食欲と性欲以外にさしたる興味を持たないのが常だ。ラウフェイは単に自分の子供と優秀な子孫を残すという観点で、アリスを認めているだけだ。そう思っていたが、今回の一件でそれだけではなくなったと言うことだろうか。


「ラウフェイ様」


 使用人の老婆が手に果物やスープを持ってやってくる。アリスの食事だろう。


「・・・アリス、食えんの?熱が高いんじゃねぇの?フリカの奴、熱があると全然食わねぇぞ。食っても吐くし」


 オーディンの妃フリカは人間だが、お腹を壊したり熱を出すと食事を一切しなくなる。無理に食べさせても吐くので、オーディンはだいたい気をもみながら放っておくことにしていた。

 だが、アリスは違うらしい。


「アリスは人間にしてはかなり丈夫な子のようだ。熱は高いが、食欲はある。意識もしっかりしているから、熱さえ下がれば大丈夫だそうだ」


 老婆が寝台の近くの机に食事の盆を置くと、ビューレイストがアリスの体を軽く揺らす。するとアリスがうっすらと紫色の瞳を開けた。


「アリス、食事が来た。少しでも食べれるか?」

「ん、う、」


 アリスが気だるそうに頷く。ビューレイストはアリスがよろよろと身を起こすのを支え、自分の隣にもたれるように座らせた。

 オーディンから見ればなにものにも興味がなかったこの甥は、食糧とはいえアリスという生きものに興味を持つと極めてまめで、細やかだ。無愛想で無表情だが、それでもアリスの身辺に目を配り、一見すれば大事にしているように見える。

 それでも食糧だ。魔族は食欲と性欲に固執する。アリスは妃とはいえ、ビューレイストの本能である食欲を満たす存在。のちのちには性欲を満たす存在になるだろう。

 それは、自分の妃であるフリカも一緒だ。情を移し、食欲と性欲を満たす存在として妃にした。だが、それは本当にフリカの幸せだったのだろうか。こうして魔族のなかで閉じ込められ、逃げることもできず、ただ悲しみ、嘆き、恐怖に怯える籠の鳥として生きる生活が。


「あ、おとうさま、おかえりなさい」


 アリスは今はじめて部屋にオーディンがいることに気づいたのか、顔を上げる。

 

「お、おぅ」


 オーディンはあまりに普通に言われ、返事に困った。ただ、言わなければならないことがある。


「今回は、おまえのおかげで助かった」


 フリカとバルドルが生き残れたのは、間違いなくアリスのおかげだ。だがアリスは首を振った。


「・・・ごめんなさい。わたしがもっと早く気づいて、もっと強ければ」

「あのな。相手はまがいなりにも将軍だぞ?逃げおおせただけで上々だ。フリカとバルドルも感謝してた」


 将軍相手に手負いのフリカをつれた状態でまだ若年のアリスが逃げおおせることができたのは、まさに奇跡に近い。そう思ったが、アリスの顔色は晴れない。


「ふ、フリカお母様は・・・?」


 アリスは倒れていたため、フリカの容態を詳しく聞いていない。だから心配しているのだろう。


「肘から下の腕はなくなった。だが熱も下がっている。おまえより元気だ」


 フリカはもうある程度今回の一件から立ち直ったのか日中はいつも通りだ。

 フリカは腕を失ったし、不便はあるようだが、命に関わるような事態ではない。怪我と失血から翌日と翌々日は熱を出したが、すでに今は落ち着いている。オーディンの宮殿には結界を張り直したし、部下たちのなかで信頼できる者を配置した。

 逆に言えば情勢が落ち着いてきたからこそ、アリスのところに来られたのだ。


「おまえに会いたがっていた」


 フリカはアリスを心配していた。フリカにはアリスの容態は詳しく伝えていないが、アリスが来ないと言うことから状態が良くないことは予想しているだろう。夜中に突然泣き出し、アリスを呼ぶこともあった。

 傍にバルドルがいるので今は落ち着いているが、アリスの熱が長引けば業を煮やして外に出たいと言いつのるかもしれない。


「そっか。早く元気にならないとね」


 アリスはふわりと笑う。まだ熱があるのに平気そうで、オーディンは拍子抜けしつつ頷いた。

 

「あぁ」

「お父様も襲われないように気をつけてね」


 誰の心配をしているのだろう。オーディンは呆れて、腕を組んでため息をつく。


「俺が負けるわけねぇだろ。おまえじゃあるまいし」


 一瞬、アリスの笑顔が凍った気がした。だが、アリスは「う、うん」とぎこちなく笑って、頷く。その表情に違和感を覚えた。オーディンが違和感の正体を理解する前に、低い声が部屋に響く。


「出て行け」


 隣でアリスを支えていたビューレイストが言い放った。その静かな翡翠の瞳でオーディンを射抜くようにうつし、「アリスの体に障る」と続ける。


「ビューレイスト?」


 アリスが顔を上げ、ビューレイストを不思議そうに見上げる。だがオーディンが何かを言う前に、ラウフェイがオーディンの肩を叩いた。

 

「オーディン、外で話すぞ。アリスはひとまず食事をしなさい」

「うん」


 アリスが明るい声で応じる。オーディンはラウフェイとともに廊下に出た。ラウフェイはじっとその紺碧の瞳でオーディンを見たが、唇に人差し指を当て静かにするようにオーディンに促す。


「なんだよ」

「ゆっくり魔力を消せ」

「は?」

「そして少し静かにして待っていろ」


 オーディンは唐突に言われ、釈然としなかったがここはラウフェイの城だ。仕方ないのでラウフェイに従って魔力を消し、腕を組み、壁にもたれる。

 ほどなく、ビューレイストとアリスの部屋からか細い泣き声が聞こえた。


「・・・ふっ、ぅ」


 部屋のなかを垣間見れば、アリスがビューレイストにしがみつき、声を押し殺して泣いていた。ビューレイストはただ黙って小さな背中を撫でている。

 オーディンは目を伏せることしかできなかった。


「人間は精神的に弱い生きものだ。アリスも戦いでは気丈だが、生活に戻ればあのとおりだ。あれほどぐっすり眠っていたのに、あの一件からは夜中に飛び起きることも多い」


 ラウフェイはアリスが今回の一件に精神的に相当堪えていることを示唆する。


「・・・そんなの、知ってるさ。フリカだってよく泣く。人間は感情的なのさ」


 オーディンも人間の妃フリカがいるのでよくわかっている。

 人間は感情的で、よく泣く生きものだ。笑って、泣いて、そういう感情豊かで、感情の起伏に乏しい魔族や激しやすい巨人などとは違う。そういう生きものだ。だからこそ魔族と人間が生きるなど、幸せなことではないのだ。

 しかしながら、ラウフェイはいつもどおり抑揚のない声で言葉を紡ぐ。


「そうだ。だからその感情を逆なでしてはならん」

「・・・?」


 オーディンは、ラウフェイが言う意味がわからなかった。


「なんの話だよ」

「私は今、おまえがビューレイストに部屋を追い出された理由を話している」


 今度はラウフェイの方が訝しげに首を傾げる。だが、オーディンも意味がわからない。


「どういうことだよ」

「そういうことだ。おまえの発言はアリスの感情を逆なでしている」

「どこがだよ」

「俺が負けるわけねぇだろ。()()()()()()()()()()


 ラウフェイの高い声が、さきほどオーディンがアリスに向けた言葉を反芻する。


「おまえの発言は、今回の一件で深く傷ついているアリスの神経を逆なでするとは思わんか」


 アリスは魔族の将軍ヨルズから満身創痍になりながらもバルドル、フリカを救った。だが、アリスは始終自分のふがいなさの方に思考がいっており、自分がいたことを良かったことだとは思い切れない様子だった。

 それなのに「おまえじゃあるまいし」とあてこするのは、神経を逆なでしていると言っているのだ。


「そ、そんなのたいしたことじゃねぇだろ」

 

 オーディンは些末なことだと思う。それは、人間のフリカに対してもよく使う言い訳で、だからこそさらさらと口から出てくる。


「人間はさ、細けぇんだよ。どうせすぐ泣くんだし、気にしても仕方がないだろ!?」

「そうか。そんな些末なことも気をつけられんほど、おまえが馬鹿だと言うことはよくわかった」


 ラウフェイはオーディンを見限ったのか、あっさりとしていた。だがその諦めにオーディンの方が戸惑う。

 ラウフェイは人間の感情を些末なことだと切り捨てるのではなく、逆に些末なことすら気をつけられないオーディンを切り捨て、諦めることに決めたらしい。オーディンは意味がわからず、言葉を重ねる。


「だ、だって細けぇだろ。どうでもいいじゃん。感情なんてさ。事実としてそうならそれで」

「アリスにとっては細かくない。だから泣くんだろう。私は些末ならアリスが泣くようなことは避ければいいと思う」


 その答えにオーディンはどうしてこれほど意見が違うのかと疑問に思った。

 オーディンは細かくて些末な問題だから、気にしなくていいと思う。だがラウフェイは細かくて些末な問題だから、相手が望むのなら気にしてやればいいと言う。

 同じように考えているのに、結論が全然違う。


「な、なんで俺がそんなことを気にしなくちゃ・・・」

「もういい。話しても無駄だ。おまえは根本的に他人と生きていくのに向かん」


 あまりの言い草に、オーディンは思わずぽかんと口を開いてしまった。

 ラウフェイは純血の魔族だ。感情の起伏に乏しく、共感性は皆無。情緒的な形容詞はほぼ理解できない。そんなラウフェイにそこまで言われる筋合いはないのではないか。ふつふつと怒りがわき上がるが、ラウフェイの表情は変わらない。


「ひとまずアリスが落ち着いたら連絡する。それまでアリスの前に顔を見せるな」


 ラウフェイの宣告は、先ほど部屋からオーディンを追い出したビューレイストと同じ響きをもってオーディンの耳に届いた。

 なにを言われているのか、ちっとも理解できなかった。


 オーディンは純粋に無神経。ちなみにこの傾向は異母兄ファールバウティもそっくり。ふたりそろって人と生きていくのに向かないからうまくいかない。


その後のビューレイストとラウフェイ

「奴は帰ったのか?」

「帰った。アリスが落ち着くまでは来るなと言っておいた」

「・・・それは理解できているのか?」

「わからん」

「・・・」

「・・・」

「なんで奴はあんなに頭が悪いんだろうな。勘だけで強いというか、もう少し頭が良ければもっと色々楽だったろうにな」

「頭が悪いからフリカと上手くいかないと思ってるのか?」

「おまえはそう思わないのか?」

「・・・まぁ、かなり」

「なのに、以前それを指摘したらキレたな」

「なんでわざわざ指摘したんだ」

「おまえとアリスがうまく行くはずがないと言われたから、おまえらより素直で頭が良いからうまくいくと言った」

「確かに、それは指摘して当然だな。で、奴はなぜ怒ったんだ?」

「わからん。あとでアリスに聞いてみようと思う。ひとまず、馬鹿はなにを考えているのかわからん」

「考える必要があるのか?」

「生きていると、馬鹿は多いぞ」


 ビューレイストとラウフェイは基本的に考え方がそっくり。

 違うのはたぶん経験のみ。

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