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魔族の将軍に捧げられた人間の少女のお話  作者: るいす
三章 少女、魔族の将軍会議に出る
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05.フレイヤ


 ビューレイストがいなくなると、アリスは途端に杖を抱きしめたまま黙り込んだ。不安で、怖くてたまらないのだろう。


「少しお庭にでも出ましょう」


 フレイヤは極力優しく、アリスに言った。だがアリスはなかなか動こうとはしない。


「向こうで待ってよう。魔王さまとのお話が終わったら、きっと来てくれるわ」


 フレイヤは杖を握りしめられたアリスの手に自分の手を重ね、ほどく。アリスは拒んだりはしなかった。そのまま杖を小さくして、アリスの黒いマントの内側の、白いシュミーズドレスの胸元にそのブローチをつける。そしてその小さな手を引き、少しは気が紛れるだろうと外に出た。

 フレイヤは結界が破れたことに騒ぐ魔族たちを避け、裏庭の方へ行く。魔王の城のなかでは珍しい花のある場所だった。この時期には三つ葉の草が、白い花を一面に咲かせている。


「おはなだ」


 アリスがフレイヤの手を握ったまま、呟く。やはりまだ子供だ。少し彼がいなくなった不安が紛れたらしい。


「そうね、この草はね、三枚の葉っぱだけど、四枚あるのは幸運の証なのですって」


 幼い頃、フレイヤはエルフの母にそう言われたことがある。だが、花の名前はすっかり忘れてしまったし、かつてフレイヤはそれを鼻で笑ったものだった。ただアリスは素直に首を傾げる。


「こううん?」

「幸せになれるってことよ」

「しあわせ?」

「・・・良いことがあるってこと」

「ふぅん。四つのあるかな」


 アリスは納得したらしい。素直に四つ葉を探し始める。その拍子に下へと三つ編みにした亜麻色の髪が滑り落ちた。


「見つけたら、どうするの?」

「エトヴァスにいいことがあるといいなって思うからあげたいけど、信じないと思うから、わたしがもっておくの」


 それを聞いて、フレイヤはため息をつく。確かに、彼はその話を聞いても迷信だと一蹴するか、「は?」と首を傾げて終わりだろう。


「ビューレイストのことを、エトヴァスって呼んでるの?」

「うん。そう呼べって」


 アリスが四つ葉の草を探しながら、おっとりと答える。

 恐らくビューレイストがアリスに自分を「エトヴァス」と呼ばせているのは、彼が昔人間と暮らしていた頃、人間の間でそう呼ばれていたからだろう。

 フレイヤは要塞都市クイクルムの対魔族結界の動力源の人間を彼が手に入れたと聞いた時、喰われて終わりだと思った。そうして莫大な魔力を持つ食糧を食べて、彼自身はまた百年間自分の領地で引きこもるのだ。そう思っていた。

 なのに、彼は動力源の少女を生かして飼うことにし、恐らくこの少女のために百年ぶりに将軍会議に出てきた。


「たしかに、おいしそうだけど」


 アリスの魔力はビューレイストの魔術で慎重に隠されているが、純血の魔族の食欲へのこだわりは恐ろしいものがあるので、それに値するほどの少女なのだろう。だが、恐ろしいのはビューレイストだけではない。

 あの魔力砲を見れば、この少女はあまりに危険だ。現状の魔族と人間の均衡を大きく覆す能力がある。

 フレイヤはアリスの亜麻色の頭を眺める。ふと気づけばアリスはぼんやりとビューレイストがいる方向を眺めていた。やはり彼がいないのは不安なのだろう。魔族が極力いない、気が紛れるところに来たつもりだったが、やはり彼女にとって彼の存在は大きく、簡単に気持ちが紛れるわけでもないようだ。


「気になるの?」

「うん。あんまりお城の部屋以外で、エトヴァスと離れたことがないから」


 ビューレイストはアリスにとって捕食者だ。命を奪わない程度とは言え、血肉を奪われるのは苦痛がともなうだろう。

 しかしアリスの姿はただ親を待つ雛鳥のようで、哀れにすら思える。


「きっと大事なお話中なのよ」

「・・・うん、わかってる・・・」

 

 柔らかそうな桃色の唇がきゅっと引き結ばれ、紫色の大きな瞳が潤む。

 この年頃の少女ならもう少し反論したり、文句を言っても良いはずだ。なのに、アリスは何も言わない。今もひたすらビューレイストを待っている。

 そのけなげな姿にずきんと心が痛み、フレイヤは目を細めた。


「じゃあ、冠でも作りましょ」

「かんむり?」

「そう、頭にかぶる、王冠とかなにかしら、そういうものよ」

「あ!国王が即位の時にたいかんするのでしょ?」


 しあわせという言葉すらもわからない子供の口からすらすら出る単語は、あまりに違和感があるものだった。フレイヤはアリスに白い花で冠を作る方法を教えながら、日頃の生活を尋ねる。


「アリスはいつもはなにをしてるの?」

「ご飯を食べて、お勉強?」

「勉強?なんの?」

「文字の読み書き、算術、あと・・・魔力制御と魔術。全部エトヴァスが教えてくれるの」

「・・・なにそれ」


 魔族はあまり系統だった勉強はしない。人間はするとは聞いているが、あまりに多過ぎやしないだろうか。さらに教えているのは魔族であるビューレイストらしい。

 フレイヤは自分が幼い頃に何をしていただろうかと数百年前の記憶を掘り起こす。ただ覚えているのは双子の兄と外で転げまわっていたことだけだ。だから、何やら少女が勉強を理不尽を押しつけられているような気がしたが、アリスはニコニコしている。


「寝る前に本もよく読んでくれるよ」

「どんな本?」


 フレイヤは教えながら白く丸い花の茎が短すぎてあまりうまく王冠にならず苦戦していたが、アリスは存外器用な方なのか、うまく花の茎を利用して巻き付けて冠を作っていく。


「きのうは大魔術師のお話を読んでくれたよ」

「あ、大魔術師ルシウスの話?有名な物語もあるわよね」


 千年前に生きた、人間の英雄の話だ。


「太陽暦520年に大魔術師ルシウスが生まれて、六つの要塞都市に結界を張って・・・それが、エピダムノスと・・・」

「それもう歴史の勉強じゃない・・・?難しすぎない?」


 先ほどの戴冠云々の話もしたのは絶対にビューレイストだろう。

 フレイヤは小さい頃、エルフの母に本をよく読んでもらったが、絶対そんな難解な本を読んでもらったことはない。だがアリスはまったく気にした様子はなく、楽しそうに笑う。


「そんなことないよ。エトヴァスはひとつひとつ、説明してくれるんだよ。だから毎日一頁くらいしか進まないこともあるの」


 アリスの語彙量は足りない。拙いのは、フレイヤにもなんとなくわかる。あきらかに十歳の子供のそれではない。難しい話であれば、単語だけでもどれほど説明せねばならないだろうか。フレイヤはそれを億劫に感じるが、彼は恐らくそれを感じないのだろう。

 純血の魔族であるビューレイストは感情の起伏が乏しい。それは欠点でもあるが、利点でもある。

 前提として、彼は暇だ。長く生きるため時間がある。そして感情の起伏が乏しいからこそ、アリスのわからない単語を説明するというある意味で億劫な作業を“億劫”と感じない。


「そっか」


 フレイヤはアリスの頭をそっと撫でる。


「お散歩はしないの?」

「うん。部屋から出たらだめだから」

「・・・お部屋は広い?」

「広いよ。ベッドも大きな鏡もあるし、勉強するための机も、トイレやお風呂もあるし、」


 ビューレイストの支配領域は魔族のなかでも広く、魔族だけでなく他種族も多く住む。だが城には多くの魔族が出入りするだろうから、まだきっと魔力制御も魔術もうまくできないアリスがふらふらしているのは危険だ。

 だから外には出られない。仕方ないことだとは思うけれど、切なくなる。


「いやじゃないの?おそとにでたくない?」


 同じ年頃の頃、自分は外を駆けずり回って遊んでいたからこそ、悲しくなる。だがアリスはおっとりとフレイヤに返してきた。


「出たくないよ。わたしもともと、要塞都市でも外にでたことないし」


 アリスは笑って、上手に白い花を長く太い綱状につなげていく。その長さはもう教えていたフレイヤよりもずっと長く、十分冠になりそうだ。フレイヤがそれを最後に輪の形にするように教える。アリスはそれに素直にしたがって、丸い冠を作った。


「人がたくさんいるところは苦手だし怖いから、今もはやくお部屋に帰りたいんだよ」


 そういう声音には、低く真剣さが込められていた。

 フレイヤはエルフだった母親を思い出し、子供は太陽の光をいっぱい浴びて自由にあるべきだと思っていた。外に出ていっぱい遊んで、いっぱい寝て、また翌日には外を駆けずり回る。それが楽しくて、たまらなかった。人にたまに会うのも楽しかった。

 だが、アリスにとって楽しいのは城の一室で勉強をしたり、本を読んでもらったりすることで、他者に会うことは、アリスにとっては負担以外のなにものでもないのだろう。そうしたアリスの性質の理由は幼い頃から閉じ込められて育ったという哀れな境遇にある。

 しかし、あのすべてを打ち破る魔力砲の持ち主だ。

 先ほどの魔力砲を思い出せば、フレイヤは恐怖を覚えるし、きっと誰でもそうだろう。魔族であれ人間であれ、同じはずだ。この少女の力は、変化をもたらす。例えこの少女がただの哀れな境遇の同情すべき存在でも、身震いするほどの恐ろしい力を持つのは事実だ。

 あの魔力砲は間違いなく、人間の対魔族結界を簡単に破るだろう。


「はい」


 アリスが立ち上がり、物思いにふけっていたフレイヤの頭に作った花冠をのせる。


「うん。やっぱり綺麗だよ。そのキラキラした金色の髪には、緑と白がとっても綺麗」


 花がほころぶような笑顔とともにふりそそぐのは、あまりに素直な賞賛だ。どんな美しい言葉より価値があるだろう。フレイヤは自分も笑ってそれを受け取り、複雑な心境を押し隠すように少し意地悪く笑った。


「ビューレイストに渡したいんじゃないの?」

「え?エトヴァスは全然似合わないよ」


 アリスのいうことに、確かに、と納得してしまった。

 同じ金髪ではあるが、長身で体格も良い彼にこんな繊細な冠を乗せたところで、不釣り合いだろう。

 

「そうね」


 フレイヤも肩の力を抜いて笑う。だが、楽しすぎて、油断していたのだろう。


「やあ、」


 その声に背筋が凍る。それでも体はすぐに反応した。

 アリスの着ていた黒いマントのフードを被せ、その場に座り込んだまま強く抱きしめる。小さな体から戸惑いの声が上がったが、気にしている様子はない。後ろを振り返ると、そこには男がいた。

 ビューレイストに似た、でも似ていない男だった。


多分、フレイヤも白詰草という名前を知らない


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