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魔族の将軍に捧げられた人間の少女のお話  作者: るいす
二章 少女、食糧になる
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08.ヴァラ


「聞いてよ、ヴァラああああああああああああ、」


 甲高い声で、シグルズが叫んでいる。それを向けられたヴァラはエルフならではの尖った耳を塞いだ。


「うるさい。」

「そんなことどうでもいいんだよ!・・・あいつ、置いていったんだよぉ、俺を置いていったんだ!」

 

 シグルズが指さすのは、エトヴァスだ。相変わらずちょこんと座るアリスを膝に乗せて、優雅にコーヒーを飲んでいる。涼しい顔で、我関せずだ。


「なにがだ。状況がまったくのめん。」

「死体を操る魔族にアリスが襲われたの!!多分!なのに、あいつ俺を置いてったんだよ!!」


 シグルズの訴えに、ヴァラはそりゃそうだろうなと思った。

 人間の死体を操る魔族がどうなったのかはわからないが、少なくとも利用された人間の死体があったはずだ。そのそばに魔族がいるなど、勘違いされかねない。ましてやまだ魔力制御だけで魔術ひとつ使えないアリスがそばにいるのだ。彼女が巻き込まれる可能性を考えれば、すぐに逃げるだろう。

 それでなくても面倒ごとは逃げるか避けるが基本のエトヴァスだ。他人にまったく興味がない。そんな彼にシグルズを助けるなどと言う考えはあるはずもない。


「マジ大変だった。」

「襲ってきた魔族は?」

「逃げた。騎士団も来てなんか大変なことなるし、死体あるからなんか俺疑われるし、」


 騎士団は人間の死体を確認しに来たらしい。そしてその場にいたシグルズが疑われたと。ただ魔術を使えば人間か魔族かの判別は簡単につくので、無罪放免されたのだろう。面倒事を避けたエトヴァスはある意味で正しい。

 エトヴァスはというと我関せずで、相変わらず今日の夕刊に目を通し、たまにアリスに読み聞かせている。

 もともと結界の動力源として幽閉されていたアリスが外の世界に出てきて半年、恐らくまともな教育は幽閉前の四歳で終わりだったはずだ。そのため読み聞かせの最中にわからない単語を何度も聞く。それをエトヴァスはすべて説明して返す。

 ヴァラなら面倒くさいと途中でやめるだろう。だが感情の起伏が乏しいからこそ、エトヴァスはアリスに不機嫌になることもイライラすることもなく、それに付き合える根気があるのだ。人間やエルフなら不可能だ。

 だからアリスも自分を喰う相手に、愛着を示す。最初はうまくいきっこないと思っていたが、案外うまくいくのかもしれないなとヴァラは感心していた。

 うまくいってほしいと心から思う。でなければ、あの男の努力は何の意味もなくなる。


「聞いてんのぉおおおおお!?」


 エルフには絶対無理だ。事実、ヴァラはシグルズの発言が鬱陶しくてたまらなかった。


「うっさい!」


 思いっきり栗色の髪に覆われたもさもさの頭を殴りつける。


「いたっ!!」


 シグルズは大げさに痛がって、頭を抑えてみせる。だが、痛がる姿を見て、ざまぁみろと少しすっきりできるのがヴァラだ。自分はうるさい子供に付き合っていられないと思う。


「で、結局魔族は見つかったのか!?」

「見つからねぇよ。でも死体は、動物園でいなくなった奴だったらしい。」


 どうやら騎士団から情報を得てきたらしい。ヴァラは新聞を読んでいる男に目を向ける。


「おい、エトヴァス、おまえ、昨日動物園に行っていなかったか」

「行った」

「いなかったのか?」


 エトヴァスは魔族だ。だがアリスという美味しい血肉が傍にいる限り、エトヴァスは人間を襲わないだろう。仮にアリスがいなかったとしても、エトヴァスはただの人間を襲わない。莫大な魔力をもつ生物を狩った方が腹持ちがよいからだ。

 だが、他の魔族がいれば気づいているだろう。彼の魔力探知は精密で、しかもアリスがいるためいつも以上に慎重なはずだった。


「いたな」


 案の定、エトヴァスはそう答えた。エトヴァスの膝の上にいるアリスも知っていたのか、目が泳ぐ。


「え?」


 シグルズはぽかんとその藍色の瞳を丸くしていたが、「なんで」と呟いた。

 それは何故魔族がいることを騎士団に伝えないのかと言うことなのか、自分で退治しないのかということなのか。ヴァラにはわからない。だが、僅かながら、シグルズの眼には非難の眼差しがあった。それが人間というものだろう。彼らにとって魔族は天敵だ。

 ただヴァラとしても面倒なことになるかも知れないなと嘆息した。


「どこで見たんだ」

「ダチョウのところにいた従業員。男だったな。ただそいつひとりではないだろう、・・・だろうは違うな、ひとりではない」


 複数犯は確定だ、とエトヴァスは答える。


「何故そう思う」

「そもそも一日にひとりペースで7人は、魔族ひとりにしては多すぎる。快楽殺人をするタイプなら、逆に少なすぎる。それに、俺が殺した魔族は動物園の奴とは別の奴だった」

「え?殺した魔族って、いつ殺したの?わたしといっしょにずっといたのに?」

 

 アリスが驚きの声を上げる。

 それはアリスがエトヴァスとともにここに帰ってきたからだろう。ただし魔術とは遠隔操作もできるものだ。さらに言うなれば、エトヴァスはそういうことの方が得意だった。


「当たり前だ。俺は来た奴には容赦しない」


 感情のない淡々とした口調に、シグルズはぞっとしたようだった。アリスも酷く驚いた、うろたえたような顔をしている。だがヴァラは別に驚かない。

 魔族は同族を殺すことを一切躊躇わない。魔力の多寡で共食いするくらいだ。ましてやエトヴァスは食糧を独占できる上位の魔族だ。自分の食糧であるアリスに手を出したのが故意でなかったとしても、許すはずがない。

 魔族のエトヴァスには、アリスを襲ったという事実だけで許しがたい行為だったはずだ。さきほど襲われたばかりでも、魔術で殺せるなら殺していてもおかしくない。そういうところが魔族は野蛮だと言われる由縁だ。

 エトヴァスは丁寧に新聞を畳みテーブルに置くと、アリスを膝の上から床に下ろす。


「部屋に戻る」

「わたしも、」

「おまえは少しここにいろ」


 彼は有無を言わさずそう言って、アリスを置いて客間へと戻っていった。ヴァラはため息をつき、すいっと入り口の方へと目をやる。この応接間は屋敷の構造上、出入り口とつながっている。案の定、どんどんっと大きく扉を叩く音がした。

 立ち尽くしていたアリスがびくっと肩を震わせる。


「アリス、」


 シグルズがエトヴァスにおいていかれ、呆然と立ち尽くしているアリスに座るよう促した。だが、アリスはシグルズも怖いのだろう。眉をハの字にし、今にも泣き出しそうな顔でソファーに座り、クッションを抱きしめた。

 ヴァラはそれを見てため息をつきながら扉を開ける。そこにいたのは長い薄茶の髪の男で、聖職者らしく白く裾の長い服を着ていた。


「・・・なんだ」

「すいません。こちらに神威(アルマハト)のヴァラさまがお住まいだとお聞きしまして。少しお話をさせていただければと」

「・・・」


 彼の後ろには騎士団と、魔術師と思しき黒いマントを羽織った男がいた。

 

「あ、動物園で会ったお嬢さんですね」


 なかにいるアリスが見えたのか、聖職者の男は手をぶんぶんと振る。アリスはその細い眉を寄せたが、会ったことがあるらしい。ただエトヴァスが離れた上に人間が来たのだ。酷く怯えたそぶりでクッションを抱きしめている。

 持ち路にまだに聖職者の男だけでなくシグルズの行動もおどおどと追っている。本当に人間はだめらしい。シグルズはアリスを安心させたいのだろうが、こればかりはすぐにどうにかなる話ではないので、おびえられ、困っているようだった。


「ひとまず入れ」


 ヴァラは追い返しても良かった。だが、魔術師と思しき男もいる。変に疑われるのが面倒なので、中へと招き入れた。心得てはいるのだろう。さすがに聖職者の男以外は全員屋敷に入らず、帰っていった。


「なんだ」


 ヴァラはソファーに腰を下ろし、目の前の男に問う。柔和な笑みを浮かべた男は、ヴァラが席を勧めなかったせいか立ったままヴァラに恭しく頭を下げた。


「はじめまして、要塞都市フェーローニアの女神騎士団所属の聖職者フロールフともうします。」

「・・・」


 シグルズの顔色が変わったのがわかった。彼はもともとフェーローニアと敵対している要塞都市エピダムノスの出身だ。反感があっても仕方がないだろう。


「この町に滞在させていただいておりましたが、魔族がいるということで、お役に立てればと思い・・・」

「たいそうなことだな」


 ここはしがない田舎町だ。ただもともとは半年ほど前に結界を破られた要塞都市クイクルムの支配地域で、田舎町はだいたい要塞都市から騎士団などを派遣してもらい、魔族を退治する。クイクルムがその結界を失った今となっては、他の要塞都市の支配下に入るしかない。

 今、存在感を見せ、町を取り込みたいというところなのだろう。


「ただなかなか魔族が見つからず、ご協力いただけないかと思いまして、訪ねさせていただきました」


 フロールフは丁寧な口調でそう言った。だがヴァラは自分のエルフらしい薄い金色の髪を指に絡め、くるくると回す。

 エトヴァスは、魔族は複数だと言っていた。ひとり彼に殺されているとは言え、それなりに人数は残っているのだろう。ただその中にヴァラが興味を持てるほど強い魔族が含まれるだろうか。こんな田舎町でたいした魔力を持たない人間を狩っていることを鑑みれば、実力などたかが知れている。


「興味がないな」


 ヴァラは探す気にもなれず、自分の金色の髪の毛に枝毛を見つけ、それをぷちっとむしる。


「・・・自分の知り合いの方が襲われて、なんとも思わないのですか」


 どうやらシグルズが魔族に殺された人間の遺体の近くにいたことも、そのシグルズがヴァラの元に滞在していることも知っているらしい。それで声をかけてきたのだろうが、ヴァラには関係がない。


「その程度で死ぬなら、どうせ人間の寿命は短いんだ。死ねば良い。なぁ・・・」


 にいっと笑ってシグルズを振り返ると、硬い表情をしていたシグルズが「そりゃそうだな」と苦笑した。

 アリスは、そもそも先ほど魔族を殺すという残酷な行為をしたはずのエトヴァスと一緒にいるというのに、少し驚いた顔をしている。酷いとでも思っているのか、単純に驚いているだけなのか。ヴァラはアリスの精神性が面白くてたまらない。

 すべてに見捨てられたはずだ。

 父親は亡くなり、母親にも、同族でもある人間にも見捨てられ、魔族のエトヴァスにその血肉を食われ続けている。哀れな奴だと思っていたが、本人は別に楽しそうで、経歴のくせに普通だ。ここ半年どんなふうにエトヴァスに育てられたのか、少なくとも丁重に扱われているのだ。

 捕食者とどんな歪な信頼関係を築いたら、あんなに普通になれるのだろうか。


「そんな言い方・・・」


 フロールフはヴァラに非難がましい目を向けてきた。だが三千年も生きていれば、そんな目を人間に向けられたのは、はじめてではない。戦いを求めるヴァラは比較的穏やかなエルフのなかでは常にはみ出しもので、常に非難の眼差しを向けられてきた。だから良心も痛まない。

 むしろ人間の些末な事態に心を痛めた仲間は、すぐに絶望して死んでいった。長く生きるというのは、鈍感になると言うことだ。

 ここ百年ほどで良心が痛んだのは、アリスのことだけかも知れない。彼女が自分の母親に、そして人間に見捨てられ、あげく魔族のエトヴァスにその血肉目的で飼われていることだけは、やりきれないと思った。

 目的はどうであれ、あれほどあの男は彼女の母親に、そして人間に貢献したというのに、人間の出した答えは、アリスを捨てることだった。


「・・・じゃあ、そこの少年お借りできます?強いんですよね。お嬢さんは、どうなんですか?」


 唐突に、フロールフが言った。どうやらヴァラに説得の余地がないと理解し、他の助力を請うつもりらしい。よほど困っているのだろう。

 ヴァラはちらりとふたりを見やる。

 アリスはぶんぶんと首を振っていた。そりゃそうだ。魔力制御ができるだけで魔術は使えない、杖はない、訓練も受けていない。ただの莫大な魔力を持つ、魔力の餌だ。今のところ囮にしかならないだろうと思うし、そんなことエトヴァスが絶対に許さない。

 シグルズはというと、少し考えるそぶりを見せていたが、やはり首を横に振った。


「俺はエピダムノス出身だから、おまえらに協力する気はないよ」

「・・・人が殺されてるんですよ」

「だったら自分で魔族を倒す。一応、俺も騎士団学校にいるしさ」


 フロールフの冷たい眼差しを、シグルズは冷静に受けとめた。フロールフは気分を害したようだったが、「わかりました。失礼します」と表面上は穏やかに屋敷を出て行った。

 残されたアリスは青い顔でフロールフが出て行った扉を見ている。


「・・・なに、あの人」


 なんと表現したら良いのかわからない。そう言った顔だった。

 そもそも彼女は幼い頃から要塞都市クイクルムでは結界の動力源として幽閉されていたし、その後は魔族のエトヴァスに差し出されており、穏やかながら要求を押しつけてくるタイプの人間と相対したことがないのだろう。

 礼儀正しく穏やかそうなのに、総合的に不愉快。確かにまだ語彙量の少ないアリスが彼を表現する適切な単語を見つけられないのもわかるなとヴァラは思わず笑う。


「簡単なことさ。効率よく魔族を倒して、手柄にしたいのさ」


 彼らの狙いは、ヴァラに協力させることだった。

 ヴァラは三千年以上生きた。恐らく存在する多くの種族のなかでもそこそこ長生きだ。その知識、能力、それらを協力させたいと思うのは、おかしくない。ただ、協力してやる義理はない。人間が襲われたから、なんだというのだ。

 魔族であれ騎士団であれ、ヴァラにとってはさほど雑魚を相手にする必要性を感じなかった。

 

「アリス、おまえはしばらく外に出るときはエトヴァスから離れるなよ」


 ヴァラは一応アリスに忠告する。

 魔族がいる限り、人間は狙われる可能性がある。それは魔力が低いように擬態していたとしても同じだ。特にアリスはまだ魔力制御の訓練をはじめて日が浅いだろう。一見完璧に見えても、感情の起伏でそれが次の瞬間どうなっているかなどわかったものではない。

 エトヴァスの防御魔術は強固だろうが、アリスの魔力制御が揺らげば自分を守る防御魔術をなかから破ってしまう可能性も十分にある。

 アリスは紫色の瞳を丸くして振り子人形のように首を縦に振った。


「当たり前だろう。俺がそばから離すわけもない」


 落ち着いた声音とともに二階の客間に上がっていたエトヴァスが下りてくる。


「エトヴァス!」


 アリスは途端に駆け寄り、抱きつきに行く。それを抱き上げて、彼は自分の首に腕を回すアリスの背中を軽く叩いた。

 その姿にヴァラは思わず笑いを漏らす。

 おかしくてたまらない。人間から見れば彼はまるで、年の離れた妹をあやす兄か、若い父親のように見えるだろう。それほど、エトヴァスのアリスに対する扱いは優しく、愛情深く見える。ただしその扱いの源泉は食糧を独占しようとする、魔族特有の、他種族の感覚では薄汚れた欲望にある。

 それでも数日ふたりを見ていると、それでもいいのではないかとヴァラは思う。

 母親ですら彼女を守り切る覚悟が出来ず、見捨てたのだ。人間の、他種族の誰が、莫大な魔力を持つアリスを守ろうとするだろうか。親ですらその程度なのだから、人間が彼女を利用したのもわかる気がする。

 ヴァラですらアリスを哀れに思いながら、アリスを守りきる自信がない。

 恐らくエトヴァスは、アリスを守ることに覚悟や自信を考えたことはないだろう。彼は単純にその食欲故にアリスを守っているが、だからこそ少なくとも彼は自分の生存の限界までは、彼女を守る。生存本能に結びついた欲望だからこそ、他人のエトヴァスにそれが可能なのだ。

 ぐだぐだ言っても理想を振りかざしても、結局アリスのために命を賭けられるのは、エトヴァスだけだ。そして彼が世界でも有数の魔術師であることも、また事実だ。


「探れたか?」

「あぁ」


 エトヴァスが客間に戻ったのは、彼が魔族であると割れれば面倒だというのが一番の理由だが、ヴァラにとってはそれだけではなかった。

 権力を振りかざしてくる面倒くさい、無遠慮な手合いは人間でもエルフでも一定数いる。その時に重要になるのが情報だ。自分ひとりで集められる情報はいつ集めても良いが、エトヴァスがやってくることはめったにない。彼の得る情報の方が重要だ。

 エトヴァスは珍しく懸念でもあるのか、少し考え込むようなそぶりを見せた。


「どうした」

「・・・わからん。だが、彼らの服や武具に、うっすらと魔族の魔術の気配がある。前見たときも思ったが、間違いなさそうだな」


 騎士団が魔族を殺したからではない。

 魔族と人間は別の生きものだ。同じような魔術を使っているように見えて、その魔術の構造式は大きく異なる。逆にヴァラたちエルフは寿命こそ魔族のように長いが、人間とまったく同じ魔術体系を持っている。

 ヴァラは彼の言葉に、首を傾げる。


「人間が使えるレベルか?」

「多分、無理だな。ただ魔族による隠しの魔術も入ってる。俺もあの服が手に入らなければ、詳細ははっきりわからん。だが俺でなければ見逃しただろうな」


 エトヴァスはありとあらゆる魔術に精通している。また彼の魔力探知は極めて精密で、魔術を使うときに展開する構造式を隠していたとしてもある程度は非常に正確に見抜く。その彼がそういうのだから、間違いないだろう。


「でも・・・彼らは要塞都市のフェーローニアの人なんだよね?」


 アリスがおずおずと尋ねる。

 そう、彼らはフェーローニアの騎士団だと言っていた。要塞都市フェーローニアは千年前から大魔術師ルシウスの作った結界を有しており、人間が住む最大の都市でもある。魔族に襲われたこともない。なのに、魔族の気配のする武具を持っているとは、どういうことなのか。


「要塞都市が魔族に牛耳られてるとかか?」


 ヴァラが半笑いで言うと、エトヴァスはそれを一笑に付した。


「斬新な発想だな、ヴァラ。それなら、フェーローニアが魔力の高い人間を探しているというのは納得できるが、そんなことあり得ないのは俺が一番知っている」

「だろうな」


 ヴァラもわかっている。そんなことありはしない。千年間健在の大魔術師ルシウスの結界は今も機能している。破られたのはエトヴァスが破壊した要塞都市クイクルムの結界だけで、他の五つはいまだに健在だ。そしてそう簡単に破れるものではないというのは、クイクルムの結界を破ったエトヴァスが一番知っているだろう。

 ましてや外から魔族が持ち込まれるなど、不可能だ。


「さて、あのむかつく聖職者の言っていた魔族はなんなのか、・・・犠牲者はどのくらいだったか・・・」


 ヴァラは椅子に座ったままこめかみを押さえ、少し思いだしてみる。

 自分が襲われたとしても叩き潰して終わりだったので、危機感を考えることどころか、何も記憶していなかった。ただ牛乳売りの女は怖い怖いと言っていたかも知れない。

 エトヴァスはアリスを抱えたまま近くのソファーに腰を下ろし、口を開いた。

 

「一週間で、7人だ。ひとりは死体で見つかったなら、6人。だが今はもっと増えているかもな」

「多いな」


 単独ではないとヴァラにもわかる。エトヴァスにひとり始末されていたとしても、ふたりだけというわけではないだろう。


「どうやって探すんだよ」


 シグルズは困ったように腕を組んだ。


「おまえがやりたいんだろ?」


 ヴァラは薄笑いを浮かべたまま、シグルズに言い捨てる。シグルズの顔が凍った。だが、自分で魔族を倒すと言ったのは、他でもないシグルズだ。


「騎士団の前で大見得を切ったんだ、体を張って倒せよ」


ヴァラは軽い調子でシグルズの背中をばんばんと叩いた。


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