01.アリス
大きな屋敷の前で花に水をまいていたのは、アリスより少し高い身長の、尖った耳の少女だ。
淡い金色のまっすぐの髪が、風になびいている。このあたりは夏は暑い。彼女は真っ白の布地を鮮やかな腰帯でとめる、アリスが見たことのない民族衣装のようなものを着ている。そして彼女が歩くとそれがひらりとはためいた。
「あの、ここ、杖をその、もらえるところですか、」
アリスは緊張しながら、声をかける。彼女が振り返った。
綺麗な芽吹いたばかりの新緑のまなざしがアリスを映した途端に呆然と丸く開かれる。淡く色づいた薄い唇がへの字にぎゅっと引き結ばれ、悲しみとも喜びともつかない、いや、どちらもあるような不思議な表情をする。これは良い反応なのだろうか。
歓迎されていないのかも知れない。アリスはエルフとはいえ人に声をかけるなどはじめての経験で、どうしたら良いのかわからず、不安になって後ろにいたエトヴァスに助けを求めるように抱きつく。
「なんで抱きついてくる」
「だって、」
「おまえの用事だ」
あっさりとそう言われて、アリスはエトヴァスに抱きついたまま、少女の方を振り返る。しかし彼女はもうアリスの方を見ておらず、興味深そうにエトヴァスを見上げていた。
「まさかだな、・・・おまえが連れてくるのか」
「動物園のついでだ」
エトヴァスは臆面もなくそう言った。だがその答えは彼女にとってあまりに予想外のものだったのだろう。先ほどと同じくらい驚いた顔をしていたが、今度はそのぎらぎらとした興味で光る新緑の眼差しをアリスに向けてくる。
何やら怖くてエトヴァスに視線を向けるが、彼の表情はいつもと変わらず平坦で、宥めるようにアリスの背中をぽんぽんと叩くだけだ。
アリスは彼女の視線が怖くて、ぎゅっとエトヴァスに縋り付く。
この町のはずれには、動物園がある。そしてその動物園に行くついでに、魔術の杖を作りに行こうとエトヴァスが言い出したのは、つい昨日のことだった。
『人間は多くの場合、魔術を杖を通して扱う』
エトヴァス曰く、魔族の使う魔術と人間の使う魔術は少し異なるらしい。そして人間は杖を媒介に魔術を使う。その方が使いやすいというのだ。
そしてその杖をたくさん所有し、それを譲ってくれる可能性のあるのが、目の前の彼女だという。
「驚いた、・・・思っていたよりもずっと可愛らしい」
アリスを見聞するようにまじまじと見てからにぃっと笑う少女を前に、アリスはぎゅっとエトヴァスに回した腕に力を込める。
「まぁ、入れ」
少女は横柄に言って、その細腕で屋敷の重たい扉を軽々と開ける。アリスはぽかんとして彼女に続くのを躊躇ったが、エトヴァスが手を伸ばしてきて抱き上げられてしまった。
入りたくないと思っているのが、ばれているのかもしれない。
高い塀に囲まれた屋敷に入ると、そこは広い空間だった。ほとんどが木目を基調としており、そこにいくつかソファーやローテーブルがおかれていた。不思議な作りに思えるが、壁にはあちこちには武器が飾られている。恐らくソファーはそれをのんびり眺めるためにあるのだろう。
杖を譲ってくれると聞いていたが、掲げられているほとんどのものがどう見ても武器と言うにふさわしい。そのなかにはこの部屋の端から端まであるような巨大な槍や剣もあった。
「これは杖なの?」
アリスはエトヴァスの肩に手を置き、尋ねる。
この間、エトヴァスに読んでもらった歴史書の中に、杖が出てきた。挿絵もあってそれも見た。だがそれはこの店に掲げられているものとは形状がまったく異なる。大きなぼうっ切れのようなものだった。
「私は武器収集が趣味だが、まぁ、そもそも杖の形は様々だ。おおよそ杖とは見えないものもある。持ち主の数だけ、形があるんだよ。使いやすい、イメージしやすければそれでいいんだ。まぁ、ひとまずそこに座れ」
彼女は近くにあるソファーに腰掛け、足を組んだ。エトヴァスも彼女の向かいにあるソファーにアリスを下ろし、なんの躊躇いもなく座った。
アリスは周囲を見回す。
はじめて見るものばかりだ。アリスには用途がわからないものもたくさんあり、こんな物の多い部屋では落ち着けないとアリスは思ったが、隣のエトヴァスをうかがうといつも通りで、危険はないのだと少し安堵する。ただまだエトヴァスにひっついていないと怖い気がして、思わず彼の方に身を寄せた。
座ればどっと力が抜けて、先ほどまでの光景が一気に頭をよぎる。
この屋敷に来るまでに、人のいる通りを抜けてきた。ここは田舎町で人が多いわけではない。通りにいたのもせいぜい両手で数えられる程度だったが、この屋敷に入っても通る人の気配は感じる。アリスは何やら怖くてずっとエトヴァスに身を寄せた。
自分も人間だというのに、人影を見るとどうしても落ち着かない。
「慕われてるじゃないか。まぁ、紅茶くらい飲んでいけ」
酷くおかしそうに少女はエトヴァスを笑い、アリスにお茶を勧めた。
別の耳の尖った少女が紅茶と菓子を持ってくる。だがアリスはなかなか手をつける気になれず、ぼんやりと白地の紅茶カップを眺めた。
「安心しろ。ここは人間も魔族も、彼女を無視して入ることはできない」
「どうして?」
「ここには大魔術師ルシウスの張った結界がある。管理者の彼女が許可した生物以外、誰も入ることはでき来ない」
大魔術師ルシウスと言えば、アリスでも知っている、千年前に六つの要塞都市の結界を張った有名な天才の名だ。
ただアリスとしては大魔術師などエトヴァスが読んでくれた歴史書に出てきた人なだけですごさなどちっともわからない。そもそも彼女自身が誰なのかわからないので、安心できない。ただどう見ても尖った耳から、人間ではない。その点にだけはほっとした。
「ねぇ、だれ?」
「俺に聞くな。疑問に思うなら相手に聞け」
エトヴァスの服の袖を引っ張って尋ねると、淡々と返される。アリスは目の前の少女に向き直ったが、彼女の後ろにある窓を通る人にぞっとした。
人が気になって仕方がない。人の声、影。通りの人間の気配、すべてが気になる。それにまた人間のいる通りを帰るのだと思うと、アリスは杖なんてもうどうでも良いからさっさとこの場から逃げ出して、城に帰りたかった。
「私はヴァラ・ヴォルヴァ。エルフだ。」
少女から笑顔とともに自己紹介をされる。それが、なんとも言えないにぃっと口角の上がる独特の笑みだった。
馬鹿にしているわけではない。歓迎していないわけでも、面白がっているわけでもない。だが、どこか悲しげで、寂しげな笑みだった。
一方的に名前を聞かれたことはあったが、相手から自己紹介をされたのははじめてだ。にぃっとした笑顔の印象もあってどうして良いかわからず、外が気になることもあり視線は勝手に泳ぐ。だが「名前」とエトヴァスに軽く背中を叩かれた。
「・・・アリス」
おずおずと口にする。声こそ小さかったがヴァラは聞き逃さなかったようで、「良い名前だ」と褒めてくれた。
「それにしても、紫色の瞳か」
ヴァラはアリスを興味深そうに眺めながら肘置きに頬杖をつき、ぽつりと言う。
「六人目だ」
「結構、いる…」
アリスが思わず零すと、隣に座っていたエトヴァスが口を差し挟んだ。
「三千年で六人がか?」
「え?」
「彼女は俺の倍は年上だ」
アリスは目の前の、自分より少し上の年頃に見えるヴァラをじっと見据える。彼女はその特徴的な丸い新緑の瞳を瞬いて、にぃっと笑ってみせた。
人間の寿命は百年ない。そう考えるともはやアリスは自分以外に紫色の瞳の人物には会わない計算だ。
「紫色の瞳というのは珍しい色だ。昔、エルフに紫色の瞳をした血筋がいたんだが、ここ千年はルカニアとおまえだけだから、いま会えるとしたらルカニアだけだな」
ヴァラは自分の紅茶のカップに砂糖とミルクを入れ、くるりとスプーンで混ぜる。
もう紫色の瞳をした血筋は、そのルカニアという人物だけらしい。どんな人物だろうとアリスが少し顔を上げると、ヴァラは片手で頬杖をついたままにやりとエトヴァスの方に意味ありげに視線を投げかけた。
「エトヴァス、ルカニアが気になるんじゃないのか?」
意味ありげな視線で、アリスも一緒になって隣に座るエトヴァスを見上げる。しかし真剣に見ても彼の表情はまったく変わらず、「何故?」と逆にヴァラに問いかけてみせた。
「おまえの唯一負けた相手だろ」
「生きているなかではな。それに常に負けているわけじゃない。相性が悪いだけだ」
「え・・・」
さしたる反応のないエトヴァスのかわりに、アリスが酷く狼狽えた顔をする。
彼に守られている身としては、彼が負けた相手と聞くとなんとなく怖くなってしまう。それにエトヴァスがいつもどおり焦る様子もなく口を開いた。
「安心しろ。おまえには絶対、襲ってこない」
「どうして?」
「ルカニアはエルフだ。ヴァラと同じな。だからおまえに興味はない」
意味がわからない。アリスが首を傾げると、エトヴァスの言葉にヴァラが肩をすくめて付け足した。
「魔族はエルフも喰うからな。エルフのなかには魔族を強烈に嫌うものも多い。まぁ魔族にとってかなり危険な食糧だ。そうだろう?」
「そうだな。エルフは魔力が高いことが多いが、戦闘力も高い。襲うのはせいぜい上位の魔族だけ、それでもリスクが高い」
「じゃあ、エトヴァスはそのルカニアをご飯にしようと思ったの?」
アリスは大きな紫色の瞳を瞬く。
魔族にとって魔力が高いというのは、美味しいと聞いている。そのルカニアという人物が魔力も戦闘能力も高いエルフで、魔族のエトヴァスと戦ったことがあるというなら、エトヴァスがルカニアを襲ったと言うことだろう。
そう順を追って考えたつもりだったが、ヴァラがぶっと吹き出して肩を震わせた。
「あははっは、おまえ、面白いな!」
突然ヴァラは笑い転げる。勢いに任せて机を叩いたせいで、かたりとティーカップとソーサーが擦れ合う音がした。
「そんなリスクの高い餌はごめんだ。無酔のルカニアは魔族狩りで有名なエルフで、昔から勝手に襲ってくる」
エトヴァスはわずかに眉を寄せて説明した。ただアリスはなんで勝手に襲ってくるのかがわからない。するとアリスが理解していない原因を察したヴァラが、目元を指でこすりながら説明してくれた。
「ルカニアの両親、一族は魔族に殺されてる」
「エトヴァスが食べちゃったの?」
「俺じゃない。別の奴だ」
「?」
エトヴァスが殺していないのに、魔族だと言うだけで襲われるなどと言うのは理不尽ではないだろうか。
「エトヴァスは必要にならねば肉を食わんが、普通の魔族は人類、つまりエルフや人間をよく喰う」
「普通の魔族?」
「おまえはエトヴァスしか知らんのだろ」
ヴァラは柔らかに微笑んだ。
「おまえの血肉を食いものにしているがな」
その笑みは慈愛に満ちていて、同時にアリスを哀れんでいるようでもあった。そう言えば、アリスの世話をしてくれている、鬼のメノウも同じようなことを言っていた気がする。
『・・・でもきっと、他にもたくさん楽しいことがあるんですよ』
メノウは悲しそうに、アリスに言った。
でもアリスには何も想像できない。半年前まで閉じ込められていた狭いあの部屋に戻るくらいならば、血肉を食われるとはいえ今の生活はずっと快適で、とても楽しい。だから哀れまれるのは、まったくわからなかった。
「さぁ、飲め。冷めるぞ」
ヴァラが優しくアリスに勧める。話をして少し落ち着いたアリスはそのティーカップに手をつけた。その紅茶はアリスがカップを持ち上げただけでもわかるほどどこかほんのり甘くて柔らかな香りのする紅茶だった。
急速に緊張がほぐれていく。
「まぁ、おまえと戦場で顔を合わせるのはつまらんが、最近昔なじみも減ったもんだ。ルカニアもここ百年見ていない」
ヴァラはエトヴァスを見ながらクッキーをつまむ。市松模様のクッキーは、焼きすぎだったのか彼女がつまむと半分に砕けた。その両方を自分の皿に置き、ヴァラは人差し指でそれをつつく。そうすればまた、クッキーは崩れた。
「シリウスの死は、ショックだったんだろう」
「あぁ、ルカニアの伴侶だったからな」
誰の話だろうか。伴侶とは、なんだろう。
アリスはエトヴァスの方をうかがうが、顔色ひとつ変わらない。興味もなさそうだ。事実、彼はこの会話に何の興味もないのか、会話の相手のヴァラすら見ていない。ぼんやりとティーカップの中身を眺めていた。
だがアリスはヴァラの方に目を向けて、その表情に違和感を覚えた。彼女はエトヴァスを見ていた。彼女はエトヴァスの表情をうかがい、何もないのを見て酷く落胆したようだった。アリスには何故かわからない。ただ彼女は「シリウスの死」に何かを思って欲しかったのだろう。
そして何の反応もないことを理解すると、ヴァラは諦めたように話を変えた。
「アリスは、おまえに魔術を習うのか」
「俺が食糧を手放すように見えるか」
「・・・そうだな。それでこそ魔族だ」
ヴァラは自嘲気味の笑みを浮かべ、くるりとまた意味もなく紅茶をスプーンでかき混ぜる。
「杖は数日でどうにかしてやる。だがこの数日、どこに泊まる気だ。動物園にも行くんだろう?」
「ここの近くはそれなりに宿泊施設がある」
「ここに泊まってはどうだ」
ヴァラは紅茶にミルクを追加し、またスプーンでそれを回す。
「俺は結界もあるからそちらの方が有り難いが・・・」
エトヴァスがアリスの意思を確認するようにこちらを振り返る。
だがどこに泊まるかより、アリスは城に帰らないと言うことにショックを受けた。
「・・・お城に帰らないの?」
「杖は細かい調整が必要だから、数日くらい必要だ」
「・・・え」
それを想像しただけで、アリスは目眩がした。ただエトヴァスはアリスをいぶかしむ。
「おまえの魔力制御は正確で、今の魔力は普通の人間程度。強固な防御魔術もかけた。俺からも離れないなら、人間も魔族もなにかできるわけじゃない。おまえは何にそんなに怯えてるんだ」
エトヴァスに淡々とした口調で対策はきちんと取っていると主張される。
エトヴァスは町へ行くのを渋るアリスに、人間や魔族が簡単に手出しできないよう防御魔術もかかっている。アリス自身、魔力を他の人間と同じ量だけしか出していない。エトヴァスも傍にいるので見捨てられることは絶対にない。
人間であれ魔族であれ誰が襲ってきても、なにも起こることはないのだとそれはすでに何度も説明されている。それにもかかわらず、アリスは怖くてたまらない。町に入ったときもそうだったが、特に近くを人間にすれ違われると、思い出す。
『来い!』
要塞都市の部屋の一室に閉じ込められていたアリスを無理矢理連れ出し、魔族に差し出したのは武器を持った男だった。相手がエトヴァスでなければ、アリスはきっと喰われていただろう。そう思えば、恐怖が戻ってくるようで、アリスは今すぐにでも安全な城の一室に戻りたかった。
大丈夫だということはわかっている、それでも怖い。過去が追ってくるようで、怖いのだ。
「わかってるけど・・・」
どうやったらこの恐怖がなくなるのかがわからず、アリスはエトヴァスの腰に抱きつき、ぐりぐりと頭をこすりつける。だがやはり人間が気になって仕方なくて、通りの物音にびくっと肩を震わせた。
「駄目だな」
エトヴァスはもう諦めたのか、アリスを膝に抱き上げ、ぽんぽんと背中をいつものように叩いてくれた。アリスはエトヴァスのシャツを握り、エトヴァスに身を寄せる。
「笑えるほどなつかれてるな。小猿のようだ」
ヴァラは困ったように笑う。
「なぁ、アリス。魔族しかおまえを拾わなかったことを、私は悲しく思うよ」
柔らかいさみしそうな声だった。
アリスが顔を上げて彼女を見ると、目の前にあるのは酷く侘しそうな、悔しそうな新緑の瞳だ。彼女は心からアリスを哀れんでいる。
「もっといろんな人生があるのになぁ」
悲しみと愛情、それらが伝わるような、悲しみと寂しさを内包したような、こちらの身に染み渡る声音だった。その声は少女のように高いのに、落ち着いた不思議な声だ。それに惹かれるように、アリスはまっすぐ彼女の新緑の瞳を見据える。
「かわいそうにな。おまえはこんな奴に捕まったばっかりに、人間としての営みを全部捨てていくことになる」
エトヴァスに一瞬視線を向けて、ヴァラが言う。
「人間としてのいとなみ・・・?」
「なんだろうな、恋愛とか結婚とか出産とか、なんかそんなのだろう」
アリスはそれの具体的に指すところがまったくわからない。そしてヴァラの言うこともかなり適当だった。
ヴァラはエルフだ。知識として「人間としての営み」を知っていても、寿命が長く、それを前提としない生き方をする彼女には説明は難しかったのだろう。しかし、ヴァラは少なくとも長い人生のうちにそれらが存在することを理解したが、アリスは違う。人間でありながら人間社会で育った記憶がない。
だからアリスは人間として当たり前の恋愛や結婚などがなんなのかわからないし、未来に何があるのかも想像ができない。そもそも予想できるよう人生のモデルを知らないので、人間の営みが魅力的なのかもわからなかった。
それに気づかず、ヴァラは続ける。
「魔族と人間の通婚は少数ながらあるが、最期は喰われるんだ。寿命も違う。ろくなことにはならん」
ヴァラは穏やかに諭すように言った。アリスにはわかる部分が少ないが、きっと彼女は真剣にアリスを心配しているのだろう。
ただそんな壮大な話をされても、まだ十歳のアリスにはわからない。人間の営みはおろか、まともな生活すらはじまったばかりなのだ。アリスはまだエトヴァスに血肉を与えるのと引き換えに得られるようになったその生活が楽しくて、嬉しいだけだ。
「・・・わからないけど、でも、エトヴァスといるのが好きだし、好きだって思ってもらえるように、頑張る」
アリスは自分の気持ちと心意気だけを口にした。
エトヴァスが魔族で、ヴァラがエルフで、両方とも長い寿命を持つのに対して、アリスの寿命は短い。それがどういうことなのかは十歳のアリスにはわからないが、エトヴァスがアリスの命の短さは口にするので、なんとなく理解しはじめていた。
彼らには、アリスが死んでからも長い人生がある。
だから、確定的なことは言えない。彼らにはきっと、アリスがする永遠の約束など信じてもらえない。その永遠はアリスたち人間には一番ないものだ。
だからアリスが見せられるのはその意気込みと姿勢だけ。
アリスが真っ直ぐヴァラを見てそう返すと、彼女は驚いた顔をした。そして泣きそうな顔で新緑の瞳を細めて笑った。
「おまえは良い子だな」
彼女は何を思っているのだろう。どうしてそんな顔をするのだろう。
アリスにはわからない。ただ彼女が真剣に自分を心配してくれたことだけはわかって、少しだけ安心する。きっと彼女は、アリスに酷いことはしない。
「よくわからんが、ひとまず杖がないと何もできないから、一週間はここに滞在するぞ」
話が終わったと判断したエトヴァスが、容赦なく結論を口にする。それにアリスはぶんっと彼の方を振り返ってしまった。
「・・・え?帰らないの?」
「くどいな。万全の体制はとっている。他に何かできることは?」
魔族の彼は感情の起伏が乏しい。だがアリスの感情を無視しない。ただし彼がいつも口にするのは感情への共感ではなく、感情に対する現状での対策だ。抱きついても許してくれる。寄り添ってもくれる。だが必要なことは絶対に動かさない。
「・・・」
彼は彼なりに精一杯アリスを尊重し、気をつかってくれている。それがわかるから、アリスはエトヴァスの決定に従うしかない。ヴァラは何故か腹を抱えて笑っている。
アリスは口を引き結び、渋々人間の町での滞在を受けいれたのだった。