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魔族の将軍に捧げられた人間の少女のお話  作者: るいす
六章 少女、要塞都市を滅ぼす
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プロローグ 春が来た

 エトヴァスの城、エーテル城は山頂にある。青みがかった灰色の屋根の尖塔がいくつもあり、薄く黄色がかった外観の城だ。


「なんか空の上にあるみたいに見えるね!」


 アリスは高い声ではしゃぐ。

 少し遠く見える山の上のエトヴァスの城は、朝と言うこともあり霧がかかっていて、まるで雲のなかに浮いているように見える。春先はよく朝に霧が出る。そのため城は朝に上空から見ると雲の上に浮いているように見えるのだ。

 エトヴァスが魔族の間で天空(エーテル)のビューレイストと呼ばれるのは、その能力だけではなく、この山城に住むからだ。

 

「落ちるから、暴れるなよ」


 言いながらも半分諦めて、エトヴァスは竜の手綱を片手に、もう片方の手で前にまたがっているアリスの腹あたりに腕を回し、落ちないように押さえる。テンションの高いアリスは聞いているのか聞いていないのか、嬉しそうになかば身を乗り出して夢中になって城を見ている。

 魔族のエトヴァスが要塞都市クイクルムの対魔族結界を破壊し、人間のアリスを手に入れてから一年がたった。

 クイクルムの対魔族結界は、千年前に大魔術師ルシウスが張った六つの結界のひとつで、千年間一度も破られたことがなかった。対魔族結界の動力源になるのは、莫大な魔力を持つ人間だ。魔族は魔力の多寡を味覚につなげており、とくに上位の魔族はその魔力を維持するために莫大な魔力を持つ生きものを捕食する必要がある。

 そのためエトヴァスは百年ほど前に人間の街に住んでいた頃、クイクルムの近所だったこともあり十年ほどかけてクイクルムの結界を分析していた。そして一年前、莫大な魔力を持つ食糧を求め、クイクルムの対魔族結界の動力源である人間を目当てに結界を破った。

 人間側も、まさか千年破られたことのない要塞都市の結界を破られるとは思っていなかったのだろう。対魔族結界の動力源だった人間をあっさり差し出し、一年間の休戦を申し出てきた。エトヴァスはそれのおかげで莫大な魔力を持つ食糧を手にいれた。

 ただ、あまりにその血肉が美味しくて、得がたく、エトヴァスは長期的に食べることを目的にその食糧、アリスを飼い始めた。

 アリスの正確な年齢はわからないが、去年2月にエトヴァスのところに来たときに十歳くらいの見た目の少女だった。だから一年たったので今年で11歳と言うことにしている。アリスはエトヴァスが千年生きたなかでも有数の莫大な魔力を持ち主で、魔族であるエトヴァスにとって美味な食糧だ。だから少しでも長生きしてくれるように、エトヴァスはアリスの健康的文化的生活に気を遣っている。

 そのおかげかアリスの成長は素晴らしいもので、一年で身長が8cmのび、130センチほどだった身長は140センチ近くなったし、体重も30キロを超えた。

 重くなったし、力も強くなったように感じる。

 だがどうせ人間のアリスの腕力など魔族のエトヴァスと比べればたかがしれているので、アリスが頑張ったところで揺れたら竜から落ちるだろう。結局頼みはアリスではなく自分の腕だ。そのため、あくまで落ちるなという忠告も注意喚起にすぎない。


「あの一番高い塔がおまえの、・・・語弊があるな。俺たちが使っている部屋だ」


 アリスに与えており、今はほぼエトヴァスの部屋も兼ねているのが、城のなかで一番高い塔の一室だ。

 当初は単純にトイレや浴室などがついており、アリスを守るために結界などを張る場合、空間などを分けるときに塔の方が楽だという理由であそこをアリスの部屋にした。しかし今はエトヴァス自身がアリスの部屋で過ごすことも多く、仕事関係の書き物机も持ち込んでしまったので、もはやエトヴァスの部屋と言っても過言ではない。

 エトヴァスの赤い竜は朝の霧のなかでも力強く飛び、楽しそうに鳴き声を上げる。アリスも嬉しそうに竜の首を撫でる。それにまた、竜は喜んでばさりと大きく翼を震わせた。エトヴァスはそれにともない若干ずり落ちたアリスの体を自分の前に戻して、口を開いた。


「このエーテル城は魔族と人間の争いが激しい頃の城でな。防衛のために好都合だ。なぜだと思う?」


 アリスは要塞都市の動力源として四歳過ぎから幽閉されており、エトヴァスのところに来るまでまともな生活はしていなかった。当然言葉もあまり出てこないような状態だったが、この一年で普通の会話ができるようになってきている。

 だからエトヴァスは最近、単純に物事を教えるのではなく、アリスに考えさせるようにしていた。アリスはその紫色の瞳を伏せ、真剣に考えてから答えた。


「・・・山の上にあって、見渡しが良いから?」


 知識不足の11歳なのでたいした答えは返ってこない。ただ頭は悪くないのか、妥当性のある答えが返ってくることが多い。だからエトヴァスはそれにアリスがわかりやすいような知識を付け足す。


「そうだ。霧がない限り、山だから攻めてくる奴らを一望できる。魔術で山上だけを指定すれば結界を張りやすい。あの城壁も下から攻めるのは厳しいだろう」


 エーテル城は、魔族の12人の将軍の城のうちもっとも堅固であるとも言われる。その最大の理由は立地だ。見渡しのよい山の上にある。自然が最大の守りになる。魔術で結界を張るにしても山の上にあるため空間などを隔絶しやすいため、強固な結界を作ること立地的に可能だった。

 

「エトヴァスは攻められにくいからこの城を手に入れたの?」


 アリスは風になびくその長い亜麻色の髪を押さえながら、その丸くて大きな紫色の瞳をエトヴァスに向けてくる。


「・・・どうだったか。なにぶん九百年前だからな」


 この城を、領地を手に入れたのは、もう九百年も前の話だ。前の将軍だった男を始末して、エトヴァスは将軍になった。

 

「そういえば、領地も城も将軍の地位についてくるんだった?でも将軍って・・・?」

「前の将軍を倒すか、将軍会議で決まる。俺は前の将軍を倒したはずだが、」

 

 現在は将軍会議で空席になった将軍を決めるという平和的な方法がとられるようになったが、エトヴァスが将軍になった頃はまだ純血の魔族が多く、強さがすべてだった。

 当時はすべての将軍がその強さで将軍にのし上がっており、もっと魔族内で戦争やもめ事も多い時期だった。強いと少し噂になれば殺されることも多かったから、エトヴァスは自分の実力がばれないように警戒していた。

 もともと争いごとなど好きではなかったし、食糧さえ取れれば将軍の地位も面倒くさいのでほしくなかった。そんな性格だからエトヴァスは食糧が関わらなければ戦わない。なのに、どうしてここの領地の将軍に襲われたのか。


 エトヴァスは思い出そうと少し考える。ただ記憶というのは誰かに話してはじめて再生産され、定着するものだ。

 エトヴァスは千年生きてきて妃はおろか、誰かと長期にわたり一緒にいたことがない。当然、他人に自分のことを話すなど千年生きてきて数度くらいで、記憶力の良いエトヴァスでも再生産されない記憶を思い出すには時間がかかった。


「・・・あぁ、そうだ。俺が喰おうと思ったエルフを、横取りされそうになったんだった」

「エルフがご飯だったの?」

「あぁ。襲ってきたやつなんだが、なかなかの魔力だったからな。ただそれは将軍の獲物だったらしい」


 魔族は莫大な魔力を持つ生きものを美味に感じる。

 当時エトヴァスは自分を襲ってきたエルフを倒し、喰おうと思っていた。そこで偶然運悪く、そのエルフを狙っていたこの領地の将軍に会ってしまったのだ。恐らくエトヴァスが倒したエルフは前の将軍に狙われていて、エトヴァスを自分を狙っている将軍と勘違いして襲ってきたのだろう。

 基本的に上位の魔族同士では他人の食糧を横取りするというのは万死に値する。だがあの場合、どちらが横取りと判断されるのだろう。今考えても首を傾げる状況だが、魔族は力がすべてだ。道理ではなく、強い側の意見が通る。


「えっと、それはどうなったの?」

「エルフも前の将軍も、俺が二日かけて喰ったな。悪くはなかったぞ」


 魔族は魔力が高ければ同族でもおいしいと感じるので、共食いもする。エルフも前の将軍も魔力はなかなか高かったので、滋養のある食事だった。

 アリスはその大きな紫色の瞳をくるくるさせている。自分にない感覚なので不思議なのだろう。


「まぁそれでも、おまえほどおいしい食糧は存在しないがな」


 エトヴァスはアリスの腹にそえた手で、自分の前に乗っているアリスの体を引き寄せる。

 莫大な魔力を持つアリスの肌からは、近づけば魔族の本能をくすぐる匂い立つようななにかがある。ただわからないアリスはくすぐったそうに無邪気に笑う。


「じゃあその将軍と比較して、わたしはどのくらいおいしいの?」

「魔力量だけで、前の将軍の十倍以上だな」


 明確に数値を口にすると面白かったのか、アリスが鈴を鳴らすようにころころと笑った。

 アリスは、エトヴァスの食糧であり、妃だ。

 十一歳の妃などおかしな話だが、対外的に食糧では格好もつかないし、大事にもされない。幸い将軍の妃でも少ないが人間の前例はある。だから将軍の妃であったほうが、他の魔族から手を出されにくいし領民に大事にされるし、立場を守りやすいのでそうしている。

 食糧。それがアリスをそばに置く一番の要因だが、エトヴァスは自分で他の感情が介在していることにもうとっくに気づいていた。


「降りるぞ」


 竜を急降下させれば、アリスは少し緊張したように体に力を入れる。

 どうせなので霧の下におり、山の麓にある村々の方へと飛ぶ。農作業が行われる前の畑は一面蓮華畑になっていた。


「すごい!」


 竜で近くの広めの道に降ろすと、アリスは滑り落ちるように竜からおりて一面の蓮華畑に近づいた。そしてその珍しい紫色の瞳をきらきらさせて、エトヴァスを振り返る。


「すごい!ピンク色だよ!!」


 日頃おっとりしているアリスの口調が早く、しかも弾んでいる。


「見ればわかる」


 エトヴァスはアリスの主張にいつもどおり平坦な声音を返した。

 冬から春の植え付けの間に畑には蓮華の花の種をまく。

 蓮華は特殊な菌を有しており、それが肥料のかわりになって土壌を豊かにする。だからわざわざその期間に蓮華畑を作るのだ。ただそんなことを知らないアリスからすれば、単にピンク色の花が咲いていて、綺麗な光景なのだろう。

 エトヴァスは花を美しいとも綺麗だとも思わないし、アリスがはしゃぐ気持ちもわからない。毎年見る光景だ。

 だから、春になれば毎年見ている光景でも、こんなところにわざわざ来たことはない。


「やはり何も感じないな」


 今とて濃い桃色の花をつける蓮華を見ても、エトヴァスは花だなとは思うが、綺麗だとは思わない。

 花は単に次世代に種を残すために、花をつけているだけだ。それ以上でも以下でもない。そもそも魔族は食欲と性欲以外の感情が乏しいのが常だ。だから、エトヴァスにその花を美しいと感じる感性が備わったわけではない。

 なのに、どうしてこんな場所に来ているのか。


「ほら見てみて!いっぱい!」


 アリスが花を摘んで笑っている。

 さらさらした長い亜麻色の髪が白いシュミーズドレスと一緒に春の優しい風に揺れた。キラキラ輝きながら細められた紫色の瞳は、アリスの感情を生き生きと表す。

 エトヴァスは蓮華の花に何も感じない。なのに、アリスをここにつれてきたかった。

 何故こんなところに来ているのだろうと疑問を感じると同時に、嬉しそうなアリスを眺めていると胸に温かななにかがあふれてきて、次はどこに連れて行こうかと考える。

そんな自分を、エトヴァスは不思議に思う。

なぜ、そんなことを思うのだろう?アリスが、こんな小娘一人が喜ぶことに意味などないのに。


「こけるなよ」

「はーい!」


 エトヴァスが注意をするとアリスは笑って返事をし、今度は座り込んで近くの花を集めながら何かを作り出した。


「なにをしてるんだ」

「冠を作るの。まえにフレイヤさんに教えてもらったんだ」


 アリスは途中までできた冠を見せてくる。前に魔王城でエトヴァスと同じ将軍の地位を持つフレイヤに預けたときに、教えてもらったのだろう。魔王の城には白詰草が咲いており、蓮華とよく似た花を咲かせる。

 エトヴァスは立っていても仕方がないので、ひとまずアリスの近くに腰を下ろしてぼんやりと地平線を眺めた。


 エトヴァスの城のほど近くにあるこのあたりは今こそ蓮華畑だが、秋になれば麦畑になる。エトヴァスの領地でも有数の穀倉地帯だ。

ひとつ山を越えた先には魔力を持つ家畜を多く抱える地域もある。もともとエトヴァスの領地は魔族の支配領域でも南にあり、温暖で土壌が豊かだ。農作物や家畜は領地で消費する以上に生産される。そしてその余剰分はだいたいほかの将軍の領地への輸出品になるのだ。

 ただ今年は要塞都市クイクルムの攻略をするため、輸出を制限している。

 クイクルムは二十万人もの住民を有する世界で六つしかない巨大都市の一つで、その支配領域全体では300万ほどの人口がある。もちろんそのすべてをものにする気はないが、都市を攻略するのならば、エトヴァスもさすがに軍隊を動員せずにはできない。

軍の動員には食糧も必要になるため、昨年に引き続き今年もエトヴァスは他の領地への食糧の輸出を減らすつもりだ。


「そういえば、フレイヤさんも要塞都市クイクルムの攻略に来るつもりだったみたいだけど、来れないんだって」

「そうか」


 アリスはフレイヤと文通をしているので、そう書いてある手紙が来たのだろう。それをフレイヤがアリスに話したかは知らないが、エトヴァスは彼女が来られない理由を知っている。


「隣のクヴァシル、ヘイムダルの領地が死にそうだからな」


 エトヴァスは目の前にあった蓮華を眺めながら、ぽつりとつぶやく。

 魔族にいる十二人の将軍は全員自分の領地を持っている。そして、基本的に将軍の領地のことは魔王でも口出しできないのがルールだ。

そのため将軍の資質によって領地の豊かさは異なっている。

 中道派の筆頭であるエトヴァスは幸い領地経営が上手く、領地自体の立地も良い。恐らく将軍のなかでも穏健派の筆頭バルドルの次くらいには豊かだろう。その次が恐らく過激派の筆頭であり、エトヴァスの弟でもあるロキの領地だ。

 それに対してヘルブリンディのように領民を皆殺しにした例もあるし、クヴァシル、ヘイムダルのように領地経営がうまくいかず、自分の領地で食糧を確保できず、領民が飢えている場合もある。そして、そういう場合、ほかの将軍の領地が食糧の輸出を止めると、命取りになる。

 クヴァシル、ヘイムダルは過激派の将軍だが、今回ロキはこれに乗じて争いを誘発したいのか、領地を接している両者の領地への食糧供給を控えている節もあった。

 飢えた領民や将軍は人間の領土か他の将軍の領地に侵入して手当たり次第に魔力ある生きものを襲う以外に選択肢がない。ただ人間も対魔族結界がある要塞都市にすぐに逃げ込むので、簡単に捕らえられない。他の将軍の領地に侵入すればそれはそれで大事になる。

 ただ今回飢えることになるクヴァシル、ヘイムダルの領地はどちらもエトヴァスの領地とは接していない。困るのはそうした領地の魔族が押し寄せる可能性のある隣の領地、それがフレイ、フレイヤ兄妹の領地だった。


「下手をすれば・・・戦争か」


 クヴァシル、ヘイムダルは昔の名残の、力がすべてだった頃の過激派の将軍だ。年齢も両者ともに5000歳を超えている。仮に戦争になれば、将軍同士の戦争はかれこれ300年前の大戦ぶりになる。

 それを警戒して、フレイヤは動けないのだ。

 エトヴァスは領地が離れているし、基本は中立無関心の中道派で、300年前の大戦も、中道派は傍観だった。

 今回も直接巻き込まれることはないが、他の将軍たちがどう動くかは確認しておかねばならないだろう。昔ながらば力がすべてであるため、放っておかれたはずだ。ただ昨今はそういうわけではない。

 三百年前、過激派と穏健派では、過激派の方が強かったし、魔王ファールバウティも過激派だった。だが百年前に彼は殺され、その結果、穏健派であったオーディンが魔王となった。協調性の高い将軍も増えた。魔王のオーディンは常に魔族全体のことを考えている。

 無関係、無関心を貫いてきたエトヴァスも進退を決めねばならないときが来るかも知れない。

 ちらりとアリスを見ると、冠を作るのに夢中でエトヴァスなど気にしていない。ただ上手く作れているふうはなく、冠は円どころか線にもなっていない状態だった。


「アリス、来い」


 エトヴァスはあぐらをかき、アリスを呼ぶ。

 前は平気な顔をしてエトヴァスの膝に上ってきていたが、行き違いで喧嘩をしてから、アリスが自分でそうすることはなくなった。

エトヴァスに甘えるのに躊躇いが出たのだろう。

それでもくっつきたい気持ちに変わりはないのか、だいたい呼ばれれば喜んでやってくる。

 だからエトヴァスも気をつけて自分からアリスを呼び、抱き上げるようにしている。

 

「うん」


 やはり今回も彼女は顔を上げて作っていた花冠を持ったまま、嬉しそうにやってきた。エトヴァスは小さな体を膝に乗せ、作りかけの花冠を確認する。

 

「前はものすごくうまくできたんだけど。何か忘れちゃったのかな」

「・・・なるほどな。まず茎を長く摘み取れ」

「でも短いのおおくない?」

「短いからうまく巻き付けられないんだ。できる限り茎が長いのを探せ。前に教わったときは、魔王城にある白詰草だったんだろう?あれは茎が蓮華より長いことが多いからうまくできたんだ。それを意識しろ」


 アリスは子供だが、フレイヤから教えてもらったやり方を完全に忘れたわけではないだろう。ただうまく作れないには原因がある。比較的頭がいいエトヴァスにとって、アリスがやろうとしていることから正解を推測するのはさほど難しくない。さらにエトヴァスは手先も器用だ。


「いいか、ここを交差させて」


 アリスの目の前で手順を確認しながら作っていく。そうすればものの数分で花冠ができた。


「わぁ、すごいね」


 アリスは手を叩いて喜ぶ。それをアリスの頭にのせてやると、アリスはもっと嬉しそうに笑った。

 エトヴァスにとっては造作もないことだ。

 こうして花冠を作ることも、蓮華畑を見せてやることも、なにもかもたいしたことではない。なのに、アリスは酷く喜んで、嬉しそうに笑う。


「今度、蓮華と似たような髪飾りを作らせてもいいかもしれん」

「かみかざり?」


 アリスはやはりわからないらしい。

 幼い頃から幽閉されていたアリスは、多くのものをしらない。当然装身具も知らない。興味もない。基本的にエトヴァスと城の使用人しか見ないので、そもそも装身具自体をつけるという文化自体をほとんど知らないだろう。

 だから先日エトヴァスの妃になったことが公表されて様々なところから宝飾品が贈られても、キラキラすると言うこと以外なにも理解していなかった。

 だが年頃になれば、女なのだから髪飾りのひとつも身につけて当然だ。

 実際にエトヴァスが百年前に人間のあいだで暮らしていた頃、女は子供でも「おしゃれ」だと言って髪をいじったり、服にこだわったりしていた。そう言った少女たちに比べれば、アリスはあまりに疎いし、そもそも服装などについての好みも言い出さない。

 こういったことは性別故に自然にわき上がる感情ではなく、植え付けられるものなのだろう。

 

「フレイヤがおまえの髪にリボンをつけてくれただろう?あれも髪飾りの一種だ」


 エトヴァスはアリスの長い亜麻色の髪を手に取り、まとめる。

 アリスの髪は長く、さらさらしていて柔らかいが、量はかなりある。エトヴァスの金色の髪のように目立つ髪色ではないが、逆に鮮やかな色の髪飾りが際立つだろう。


「できた!」


 アリスは自分でも蓮華の花冠を作っていて、できたそれをエトヴァスの頭の上にのせてくる。そして小首を傾げた。


「なんか、あんまり似合わないね」

「何を似合うと言うのかは知らんが、人間の女はこれを頭にのせて結婚するらしいぞ」

「そうなの?でも、けっこんってなんだろう」

「おまえは俺の妃だから、もう結婚している」

「でも、花冠はのせてないよ」

「さっきのせてやっただろう」


 どうせアリスは「結婚」の意味などわかっていない。それに魔族は人間のように「結婚式」はせず、エトヴァスの領内の場合は役所に届け出、それが一斉に領地全体の役所で公示される。将軍の結婚は一応他の将軍にも通達する。

 アリスの場合は他の魔族にアリスが食われないようにするために妃にしたので、エトヴァスはアリスがエトヴァスの妃になったと他の将軍や領内に広く公示した。おかげでアリスを知るバルドルやフレイヤあたりからは非難の手紙が来たほどだ。

 だがアリスはそんなことなど知らない。結婚がどういうものなのかわからないので、花冠をかぶせたら結婚。それでもいいだろう。

 実際にアリスは紫色の瞳を細めて笑った。


「そっか、よくわからないけど、エトヴァスがしてくれるなら何でも嬉しいよ」


 太陽と蓮華草に揺られて笑うアリスを、エトヴァスはぼんやりと眺める。

 なぜこんな無駄な時間を自分はすごしているのだろうと頭の片隅では思う。だが同時にエトヴァスの頭は領内のどの職人にアリスの蓮華草の髪飾りを作らせようかと段取りを考える。アリスに似合うかはわからないが、贈ればアリスはきっと喜ぶだろう。


「本当に、」


 エトヴァスは膝の上にいるアリスをうしろから抱きしめ、息を吐きながらアリスの頭に自分の頬を寄せる。腕のなかにある温もりが、エトヴァスが名前を知らない感情を確かにエトヴァスに与える。

 鼻腔をくすぐるのは、淡い蓮華の花冠の香りだ。

 それに千年以上生きてきて生まれてはじめて、春を感じた。エトヴァスの春の到来だった。

 

 

エトヴァスさんにとっては、すべてを変えるような一年の幕開け

エーテル城のイメージは全体的にホーエンツォレルン城。

興味があるかたは是非検索を

いったことありますが、不便なとこでした笑

竜ほしい

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