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魔族の将軍に捧げられた人間の少女のお話  作者: るいす
五章 少女、寒桜を見る
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番外② エトヴァス


 エトヴァスはぼんやりと目の前のテーブルで美味しそうにおやつを食べている亜麻色の髪の少女を、ソファーから眺める。

 感情の起伏に乏しい魔族であるエトヴァスでもわかるほど少女は幸せそうにスプーンでクリームブリュレを口に運び、嬉しそうに笑う。


「美味しいのか?」

「うん。とってもおいしい」


 そう言って、また口にスプーンを運ぶ。

 エトヴァスはそれを眺めながら、自分がアリスの血肉が美味しくてたまらないのと同じだろうかと、はじめて自分に当てはめて考えた。

 魔族であるエトヴァスは人間と違い、たいした味覚がない。

 とくにエトヴァスは純血の魔族で、魔族は食欲と性欲に固執すると言われるが、生きものの持つ魔力の多寡程度でしか味を感じられない。

 つまるところ莫大な魔力を持つ生きものを美味しく感じ、固執するわけだ。

 アリスは莫大な魔力を持っていて、その血肉の美味さ故にエトヴァスはアリスを飼い始めた。単純には食糧、ただそれだけだったのだが、それにここ最近せっせとお菓子を作ってやっている自分はなんなのだろうなとも思う。


 そもそもエトヴァスは、人間の甘味を作ったことがある。


 百年前、エトヴァスはとある莫大な魔力を持つ人間の魔術師と人間の街で同居していた。彼は十年後自分は死ぬから、魔族であるエトヴァスにその間人間の街で暮らせと言ったのだ。

 魔術で行動契約までしてくれたので、エトヴァスはそれを信じ、食糧目当てでその男と2年ほど同居し、その男が魔王討伐や結婚で別居してからも、彼が死ぬまでは人間の街で暮らした。

 男はエトヴァスに人間の生活や家事を教えると同時に、慣れてくるとエトヴァスにいろいろ要求してくるようになった。

 結構食事を重視するタイプの人間だったらしい。

 別にその男に食糧以上の興味はなかったし、暇だったこともあり、エトヴァスはそれを淡々とこなしていた。

 おかげで自然と若い男性の好みそうなこってりした料理を学んだわけだが、人間のアリスを得て、その知識は役立たなかった。

 アリスはもともと対魔族結界の動力源として幼い頃から幽閉されており、対魔族結界がエトヴァスに破られると用済みとなり、人間から食糧として魔族のエトヴァスに差し出されてきた。

 それを美味さ故に長期飼育することにしたが、アリスの食事は一つの問題だった。

 魔族全体で混血が増えたとはいえ、通常食べる料理の多くは焼く、煮るくらいの料理方法しかなく、レストランなども昨今増えてきたところだが、エトヴァスは今まで食事にこだわりがなく、城の料理人はたいしたことができなかった。

 しかも魔族は基本は肉食だ。それにたいし、人間は雑食で野菜と肉をバランスよく食べなければならない生きものだ。

 エトヴァスはアリスの食事を当初、百年前に得た自分の知識を元に作って食べさせた。

 だが人間から差し出された頃のアリスはあまりにがりがりぼろぼろでまともな生活をしていないみすぼらしい子供だった。

 そんな扱いを受けていた少女が、若い男向けの脂分の多い料理を消化できるはずもない。

 吐いてほとんど食べられなかったため、結局エトヴァスはアリスの世話係として人間との通婚も多く、人間の習性もよく知るはずの鬼のメノウを捕まえることとなった。

 幸いメノウはアリスにかいがいしく、今も健康的で美味しい食事を提供しているが、よく考えてみればあまりデザートや甘いものは提供していなかった。

 エトヴァスもアリスががりがりだったためどうしても食事ばかりを考えていたが、そういえば人間の街で暮らしていた頃、小さな子供はよくおやつといって甘味を親からもらっていた。

 こんなに喜ぶなら、さっさと作ってやれば良かったかも知れない。


「ごちそうさまでした」


 アリスはあっというまにクリームブリュレを食べきるとテーブルの椅子からおり、ソファーに座るエトヴァスのもとまでやってきた。

 

「どうだった?」

「すっごく美味しかった」

「プリンとどちらが良かった?」

「こっちのほうが好きかも」

「そうか」


 エトヴァスはアリスの小さな体を膝の上に横向きに抱き上げる。

 ここ一週間ほど、エトヴァスは毎日アリスに甘味を作ってやっている。人間のアリスには繊細な味覚があるので、同じ甘いものでも好みがあるだろう。

 そう思ったがそれは正解らしく、アリスは先日食べたプリンよりも今日食べたクリームブリュレの方が好きらしい。


「なんかあのパリパリしたのが美味しいの」


 クリームブリュレの上に砂糖をまぶし、上をあぶると飴状になる。アリスはそれが美味しいらしい。

 アリスたち人間は単純な味だけでなく食感も重要な要素だ。そしてアリスは飴状のものが手鞠飴といい、どちらかというと好きなようだった。

 次はイチゴ飴やリンゴ飴のようなものを作ってみても良いだろう。


「エトヴァスはなんでもできて、すごいね」


 いつもはおっとりしているアリスは、甘いものを食べるときだけテンションが高い。いや、作るのを見ているときもだ。

 冬場なので決して温かいわけではない調理場で何時間でも、本当に楽しそうにエトヴァスが作るのを見ている。

 危ないので手伝わせてはいないし、幼い頃から幽閉されていたアリスには食材も何もかもさっぱりわからないらしい。

 だから多分、エトヴァスが動くのを見ているだけだ。

 それでもアリスは笑ってエトヴァスが菓子を作るのを見ている。多分、エトヴァスがアリスのために作るというという、それが嬉しいらしい。

 感情的な人間らしい喜び方だ。


 ただエトヴァスもおかしい。


 そうして笑っているアリスを見ると、次は何を食べさせてみようかと意味のわからないことを思う。

 同居人に求められて甘味を作っていた頃は、本当に料理本の一番上から淡々と作っていただけだった。だから同居人が何を好きだったかすら覚えていない。

 なのに、アリスに対してはどれが好きなのか、どうしても考えてしまう。


「今まで食べたもののなかで、どれが美味しかった?」

「全部おいしかったよ。でも、今日のまた作ってほしい」


 アリスは嬉しそうにエトヴァスの胸に頬を寄せてくる。見下ろせば紫色の瞳は瞳の色がわからなくなるほど細められていた。


「そうか」


 エトヴァスは胸に広がるよくわからない感情を自覚しながら、自分より少し体温の高い体を抱きしめ、亜麻色の長い髪を撫でた。

 するとアリスがそっとエトヴァスの頬に口づけてくる。


「エトヴァスがわたしのために作ってくれるのがすごく嬉しい」

「よくわからんが、外に出かけられないしな」


 エトヴァスは自分でも誤魔化すようにそう言って窓の外に目を向けた。

 雪がまだ降っているのか、景色すら見えない。

 アリスの部屋は城の中でも一番高い塔の上にあるから、常日頃なら見渡しが良い。バルコニーに面した大きな窓からは外の様子が見えるが、城は山の上にあることもあって木々まで樹氷で真っ白だ。

 庭すらも散歩に出られないほど雪が積もるので、冬になれば数ヶ月どこにも出られない。

 とくに2月は酷く、ここ一週間は吹雪が続いていて、ふたりで城のなかに完全に引きこもることになっていた。

 今までは本を読んだり、勉強を教えたりばかりだったが、菓子作りも暇つぶしとしては悪くない。

 

「次はどんなお菓子かな」


 アリスが無邪気に笑う。


「そうだな。・・・なににするか。おまえの知らない菓子など山のようにある」


 エトヴァスは言いながら、「次」を考える。

 温室で育てられた果物が届いたと料理人が話していたから、それを飴状の砂糖でコーティングすれば、アリスが好むおやつになるだろう。

 

「本当?」


 アリスはそのくるくるした紫色の瞳をエトヴァスに向けてくる。自分を丸く映すその瞳を見下ろしながら、エトヴァスはアリスの頬に口づけた。アリスも嬉しそうに笑って口づけを返してくる。


「あぁ。かわりにおまえが俺の食糧だがな」


 そのまま唇を白い首筋まで下ろして言えば、アリスがころころと声を上げて笑った。

 余裕なものだ。昨年ならば震えて泣いていたというのに。


「でも、甘いものをいっぱい食べると、わたしも甘くなる?」


 ふとアリスが不思議そうに尋ねてくる。


「・・・甘いとは、なんだろうな」


 言葉としては知っているが、実際にはわからない。エトヴァスが言えば、アリスが紫色の瞳をまん丸にする。


「え?甘いものはこんなにおいしいのにわからないの?」

「俺にとってはおまえが一番美味しい」

 

 アリスが言う、「甘い」という感覚はわからないが、アリスが甘いものを美味しいと感じるように、莫大な魔力を持つアリスは魔族のエトヴァスにとっては美味しい。

 そう言えばアリスはおかしそうに笑って、エトヴァスの頭を自分の方へと引き寄せてくる。


「どうぞ」


 アリスの唇がエトヴァスの耳元で囁く。

 ふたりしかいない静かな部屋で、邪魔する者はいない。アリスのこの小さな体は、エトヴァスのものだ。首元を牙で食めば、エトヴァスの肩あたりのシャツをぎゅっと小さな手が掴む。

 それを感じながら、エトヴァスはアリスの首元に牙を立てた。

 まだ雪は降っているようだった。


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