番外① アリス
手鞠飴作りはおおよそアリスにはわからない巨大な透明な塊からはじまった。
下から熱された鉄板の上には、熱で溶けた砂糖のかたまりがある。透明で薄い黄色に色づいているそれは、何やら弾力があるように見える。
しかもかなりの重量がありそうなのだが、こねる明るい金色の髪の男は相変わらず無表情だ。
「エトヴァス、これが手鞠飴になるの?」
「なる。だが、熱いから触るなよ」
一言注意される。
「うん」
アリスはこくんと頷き、大人しく手鞠飴作成を見守ることになった。
ただ魔族で人間によりもはるかに身体能力の高い彼は、人間のアリスに熱いから触るなと言いつつ、自分は平気でそれに触れる。
エトヴァスは手際よく透明な薄茶色の大きな塊から手のひら大くらいを手に取り、それに魔族の料理人たちが用意した色粉で色をつけていく。
緑、オレンジ、紫、ピンク、黄色。不思議なことに少し薄茶色で透明がかっていたそれは、温度が低くなるにつれて真っ白になっていく。
エトヴァスは色をつけ、それをむらがないように混ぜ合わせると、それぞれ細く長く伸ばす。
それが終わると、もともとあった大きな薄茶色の透明がかったかまりを長い長方形に薄く伸ばしていき、その上から細く伸ばしたそれを間を開け、はりつけていく。
「・・・?」
白地に線が入る形になるので、縞模様になった。
縞模様の生地をエトヴァスはその状態のまま、長い長方形に伸ばしていく。太いリボンのようになったとき、それを四等分してしまった。
「おい、」
近くにいた魔族の料理人に声をかけると、彼はまた最初にあった薄茶色で透明な砂糖の塊を作っていた。
ただ今回は太い筒状の形で、エトヴァスは四枚の太いリボンのようになったしましまのそれを筒状のそれにあうように綺麗に貼り合わせ、縦縞の筒ができた。
「・・・これが、手鞠飴になるの?」
アリスは思わず問うてしまった。
手鞠飴というのはとても小さくて丸くて、綺麗な色の線が上から下にたくさんのびている飴だ。以前シヴが贈ってきたが、美味しくてもう食べてしまった。
ただエトヴァスが転がしている縦縞の筒があの飴になるというのが、全然想像できない。
「なる」
エトヴァスは手鞠飴作成を見たのは百年前に一度きりだと言っていたが、いつもと変わらず淡々とした声音で言う。
エトヴァスはその縦縞の筒を、今度は細くなるようにテーブルの上で伸ばしていく。
「ちょっとさわってみていい?」
見た感じ、綺麗な色のガラスみたいだ。でも弾力がある。不思議な感触なのではないかとアリスはそう思ったが、エトヴァスは一言「駄目だ」と答えた。
「やめろ。熱いといったはずだ。百度を超えてる」
「・・・ちょっとくらい駄目かな」
「おまえ、火傷もしたことがないのか」
視線は飴のまま、エトヴァスが手を動かしながら問うてくる。
「・・・?」
「たまに熱い紅茶飲んで痛いと騒いでいるだろう」
「怪我?」
「熱さでおう怪我を火傷という。人間の表皮は七十度以上なら一秒で皮膚組織の破壊が始まるそうだ」
「・・・その塊って何度って言った?」
「百度」
つまりアリスはそれに一秒も触れないことになる。
だがエトヴァスはどう見ても素手でそれを細い筒にしていて、魔族と人間の身体能力の違いをまざまざと感じさせられてしまった。
最終的にエトヴァスはそれを細く長く鉛筆ほどの筒状にすると、包丁で五ミリほどに切り分け、さらに上からまな板を乗せ、ころころと転がす。
アリスが首を傾げている間に、断面の角が丸くなり、全体的にも丸くなった。
「・・・え。す、すごい、すごいよ!できた・・・!」
ころころと丸い手鞠飴になったそれを見て、アリスは目を丸くする。
まさに以前シヴがアリスに贈ってくれた手鞠飴そのものだ。色とりどりの線が上下に走るその丸くて可愛い飴を、エトヴァスがどんどん製造していく。
「すごい!なんかすごいよ!」
「熱いから念のためしばらくは触るなよ」
エトヴァスは一応注意して、黙々と筒状のそれを細く伸ばし、同じことを繰り返す。
アリスは両手を握りしめ、この胸いっぱいになる感覚を、なんと表現したら良いのかがわからなかった。だが魔法みたいに丸くなる手鞠飴に、アリスは目を輝かせずにはいられなかった。
「・・・お上手ですね」
それを眺めていた魔族の料理人が、エトヴァスに言う。
「あぁ、百年前に人間と暮らしていた頃、一度店先で見た」
エトヴァスは淡々と言うが、普通の魔族でも一度見たものをそのまま再現できるわけではないらしい。魔族の料理人たちはこぞって黙々と手鞠飴を作るエトヴァスを、メモをとりながら真剣な眼差しで見ていた。
「すごいっ、エトヴァス、すごいねっ、」
アリスは正直食事を作るところすら見たことがないレベルなので、鮮やかな手鞠飴がエトヴァスの手で作られていくさまを見て、心が酷く弾む。
「おまえ、語彙量が貧相だな。・・・そんなにすごいか?」
エトヴァスがふと手を止め、翡翠の瞳を向けてくる。
「うんっ!だって、すごい、こんな綺麗な飴を自分で作れるんだよ?」
アリスはどう見ても作れないこんなに綺麗なものが、エトヴァスはあっさり作れてしまうのだ。エトヴァスは翡翠の瞳を二度ほど瞬き、「そうか」といつもどおりの無表情のまま視線を飴に戻した。
「・・・うっそぉ。貴方、なんでそんな女の子が気に入りそうな技術があるのよ」
いつの間にか見に来ていた家令のヴィントがあきれたように頬に手をあて、息をつく。
「別に見れば作れるだろう」
「作れないわよ。魔力探知に温度探知までついてる領主様だけですー」
「そうなのか?」
さほど難しくないとエトヴァスは目線をヴィントに向けることなく言って飴を黙々と作っていたが、魔族の料理人の一部がやってみたかったのか、すぐに交代した。
エトヴァスは手を洗い、自分で作った小さな手鞠飴を指でつまむ。
「こんなもの、ただの塊だがな」
エトヴァスたち魔族は、魔力の大きな生きものを食糧とするのが基本だ。しかも純血の魔族であるため魔力が大きければ大きいほど美味に感じる。
そのため、莫大な魔力を持つアリスの血肉が美味しいわけで、当然手鞠飴は砂糖なので、なんのおいしさもないのだろう。
「失礼ねぇ、混血の私たちはこれが甘くて美味しいことくらいわかるわよ」
家令のヴィントは魔族と巨人の混血のため、魔力の多寡以外の味覚があるらしい。
「エトヴァス、すごいよね!自分で作れちゃうなんてっ!」
「騒いでないで、喰え。これは食いものだ」
エトヴァスがアリスの口のなかに手鞠飴を放り込む。
どこかまだ少し温かいその飴は、アリスの口の中でほろほろ溶けていく。それがまた美味しくて、嬉しくて、アリスは両頬を手で押さえた。
「うん。甘くて美味しい」
「砂糖だからな」
エトヴァスの言葉には欠片の感動もない。でもアリスはいっぱいできた飴にうっとりしてしまう。
エトヴァスは近くにあった椅子に腰を下ろし、魔族の料理人たちが飴をすべて作り終えるまで待つ。アリスがぼんやり立っていると手招きをされた。
「来い」
「うん」
アリスがエトヴァスに歩み寄ると、後ろ向きに膝の上に抱え上げられた。
アリスが落ちないようにお腹をあたりに置かれた大きな手は、アリスより少し温度が低いけれど、アリスと変わりない。
なのに、あんなに素敵な飴を作れるのが不思議だ。
「どうぞ」
魔族の料理人が作り終わり、冬の空気で冷めた手鞠飴をたっぷり入れたアリスの頭ほどありそうな瓶をアリスに渡してくれる。
自分の部屋に持って行けるようにだろう。
「ありがとう」
アリスはエトヴァスの膝の上に座ったままその瓶を受け取り、宝物を抱きしめているような気持ちになった。
「なんか飴を見てるだけで幸せ」
「そんなに嬉しいか?」
「うん!エトヴァスが作ってくれたのが嬉しいから、食べるのがもったいないくらい」
アリスは瓶を大きな窓から入ってくる光にかざす。
ガラスの瓶の中に入っている色とりどりの手鞠飴がアリスには宝石のようにキラキラしていて、とてもかけがえのないように見えた。
「甘いものが好きなのか?」
気づけば、エトヴァスが不思議そうにこちらを見ている。アリスはエトヴァスを見上げ、「うん」と頷いた。
「なんかすっごく嬉しい」
「ならプリンやマカロン、エクレアも作ってやろうか?」
なんだか知らない名前だ。それはなんなのだろうか。アリスが尋ねる前に、ヴィントが「えぇ・・・」と声を上げた。
「なんでそんな人間のお菓子に詳しいのよ」
「百年前、人間と暮らしていた頃、同居人の人間の男が好きだというから作っていた」
「普通、同居人が好きだからって作らないわよ」
ヴィントはエトヴァスを得体の知れないものを見るような目で見ていた。ただ、それはどうやら人間の間で食べられているお菓子らしい。
アリスがぼんやりとエトヴァスの翡翠の瞳を眺めていると、それがこちらに向けられた。
「冬で時間もある。好きなものがあるなら作ってやるが・・・」
どうする?とエトヴァスはあらためてアリスに尋ねてくる。
今は年をまたいだ二月で、エトヴァスの城は山の上にあるためまだまだ外は雪が深く、吹雪の日も多いので、外に出かけられる状況ではない。
エトヴァスとアリスは部屋で一緒に魔術書を読んだりしてぼんやりする日が増えた。とはいえエトヴァスはいつも本を読んでいるか、書類の処理をしている。忙しくないわけではないだろう。
だが、アリスがお菓子がほしいと言えば、エトヴァスはアリスのために時間をとって作ってくれるのだという。
「でも、エトヴァスが言ったお菓子はどれも知らないよ?」
ただアリスはそれが申し訳ないような気持ちになった。
アリスは要塞都市に四歳から幽閉されていたので、人間でありながら人間の文化などなにひとつしらない。
当然、エトヴァスが言った菓子をひとつも知らないので、その価値がわからないアリスが彼に時間をとってもらい、わざわざ作ってもらうのが申し訳ない気がした。
しかしながらその躊躇いを、エトヴァスは理解しない。ものともしない。
「そうか。なら明日から順番に作ってやるから、どれが好きか考えてみれば良い」
エトヴァスはいつもどおり平坦な声音で事もなげに言う。
手鞠飴を作るときも、エトヴァスの手際は良かったが、それでも料理人たちに材料や道具の購入を指示したり、砂糖を熱したり、数時間かかった。エトヴァスはそれをたいしたことではないように言う。
だからアリスはきっとなにがわからなくても、エトヴァスといられるのだろう。
「さぁ、飴も作ったことだし、部屋に戻るぞ」
エトヴァスがアリスを軽々抱き上げる。
「良かったわねぇ」
家令のアルヴィスが金色の瞳を細め、アリスに笑う。
「うん」
アリスは手に手鞠飴のガラス瓶を持ったまま、小さく頷いた。
手の中にある、ただのガラス瓶が酷く温かい物のような気がした。
アリスは多分美味しいのか甘い物が好きなのか、はたまた作ってくれたのが嬉しいのか、感情豊かでごちゃ混ぜなのでよくわかっていない。
エトヴァスさんは、難しいことではないし暇だからできることはしたらいいかなくらいの適当な感じ。
その気まぐれがアリスだけに感じる珍しいものだということが理解できていない
アリス視点なので語彙量が低すぎて説明しがたいのですが、是非手鞠飴の作成動画を確認してください。
作成方法がかなり意外です笑。