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魔族の将軍に捧げられた人間の少女のお話  作者: るいす
五章 少女、寒桜を見る
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18.バルドル

 バルドルがトールの領地の屋敷に到着すると、そこにはトールの妃であるシヴとヘルブリンディにそっくりの青年がいた。


「・・・あぁ、やっときたのね」


 シヴは美しい、足下まである長い金色の髪をかきあげ、鷹揚に微笑む。


「ヘルブリンディ?おまえ、生きてたのか!!」


 トールはすごい勢いで青年に抱きつく。だが、彼は酷く戸惑った顔をして小さくなっていた。


「違うわよ。息子よ」


 シヴの手が振り下ろされ、手際よく大きなトールが引き剥がされる。

 

「聞いてみたら、母親亡くなってから三百年、結界内で育ったのですって」

「じゃあ、アリスの言ってた大事なものは息子かぁ!ごめん、ごめんなぁ!本当に、本当におまえの母ちゃんを助けてやらなくて!一緒に、一緒に守れば良かったのに・・・」


 トールはお構いなしに青年に抱きつき、子供のようにいい募る。

 青年は戸惑いきりのようだったが、ふたりのやりとりなどバルドルからしてみればどうでもいい。

 シヴを見ると、彼女はバルドルの気持ちを察したのだろう、ため息をついた。


「転移の魔術で送ってきたわ。もともとヘルブリンディはトールと仲が良かったから、トールの屋敷へのマーキングがあるのよ。他の将軍の領地なら、手を出せないと思ったんでしょう」


 シヴはすでに事情をきちんと把握していた。青年から聞き出したのだろう。


「それにしても良かったわね。あんた、アリスに感謝すべきよ。あの子に逃がしてもらえなけりゃ、ビューレイストに殺されるか、遅かれ早かれ飢えたヘルブリンディに喰われてたはずよ」


 シヴは感情の起伏に乏しい純血の魔族らしく青年に淡々と事実だけを言う。

 エトヴァスはもともと魔族の間では「ビューレイスト」と呼ばれていた。シヴは変わらずエトヴァスをそう呼んで、ふたたびため息をついた。


「どうせヘルブリンディは助からないわ。三百年も食べてないんだもの、アリスを喰ったってどうにもなりゃしない。殺してあげた方が幸せよ」


 青年にとってヘルブリンディは父親だ。

 納得できる別れではなかったかも知れない。アリスかエトヴァスのどちらがヘルブリンディにとどめを刺したかは知らないが、離れなければ、飢えたヘルブリンディは自分の息子に、牙を立てただろう。

 アリスはあらゆる点でこの青年を助けたと言える。


「・・・アリスは?」


 バルドルはシヴに尋ねる。するとシヴは肩をすくめた。


「決まってるでしょ。ビューレイストのもとよ」


 あの子が来るはずがないとでもいうような口調だ。それはバルドルの予想どおりでもあった。アリスはエトヴァスの意向に逆らいながら、それでもエトヴァスのもとに残ったのだ。


「あの男、ものすごく怒ってた・・・あの子、殺されちゃうかも」


 青年はぎゅっと自分の体を抱きしめる。エトヴァスがよほど恐ろしかったのだろう。

 バルドルが最後に見たとき、エトヴァスはアリスが勝手にヘルブリンディとその息子に相対したことをかなり怒っていたし、不愉快だとも口にしていた。あの機嫌を思えば、アリスが彼を殺して欲しくないと言っても、アリスを狙った限り軽く承服したとは考えづらい。

 アリスもそれがわかっていたから、エトヴァスに黙って行ったのだろう。

 

「あんたを庇ったからよ」


 純血の魔族で共感性の乏しいシヴは、容赦なく青年に事実を言ってソファーに座り、足を組み直す。


「・・・」


 青年はアリスを父親の餌にしようとしていたのに、事情がわかればアリスを生け贄に自分が安全な場所にいるのが、心苦しいのだろう。アリスはあくまで十歳の子供だ。能力が優れていようがなんだろうが、小さな子供を置いてきたという事実は、冷静に考えれば心が痛むものだろう。

 情に厚い、人間の血をひくならなおさら。


「・・・アリスは」


 バルドルは無邪気に笑っていたアリスを思い出し、どうなるのだろうかと思う。


「安心しなさい。あの子は身の程はわきまえてる。その身に傷ひとつつけていないらしいわ」


 シヴはバルドルの懸念を笑う。

 恐らくシヴもバルドルと同じ懸念を持って、ヘルブリンディの息子に確かめたのだろう。アリスはヘルブリンディを哀れみ、彼に己の血肉を分け与えたりはしなかった。

 アリスはエトヴァスの食糧で、今も変わらずエトヴァスしか手をつけたことのない食糧だ。

 アリスは確かにエトヴァスの意向に逆らい青年を助けたが、自分の体がエトヴァスのものであるという、その前提を揺るがさなかった。


「どのくらい酷い目に遭うかはビューレイストにかかっているでしょうけど、アリスが食糧である限り、あの男はアリスの体を損なったりしないわ」


 アリスがエトヴァス以外触れたことのない食糧であるというその前提がずらされていない限り、エトヴァスもまた、食糧であるアリスの体を損なうほどの酷い目に遭わせるとは考えづらい。

 それは感情の起伏に乏しく純血の魔族で気休めなど言わないシヴの言葉だからこそ、十分に説得力があった。

 バルドルは安堵の息を吐く。だがシヴは首を横にふって嘆息した。


「でも不愉快なんでしょ?いやよね。自分の感情をコントロール出来ない男って」


 シヴはたいしてエトヴァスにもアリスにも興味はないだろう。だがエトヴァスのことをそうしみじみと言うので、バルドルはため息をついてしまった。


「そうだね。エトヴァス、結局アリスに情があるみたいだ」


 エトヴァスは恐らく、急速に変わりはじめている。少なくとも彼の感情の起伏は、千年間共に生きてきたが、ないに等しかった。

 人間との混血で感情的に魔族のなかでは豊かなバルドルは、何事にも平坦な態度でのぞむエトヴァスを時に疎ましく、時に羨ましく思ったものだ。

 それなのに、その彼が言ったのだ。


『思い通りにならないと、不愉快で無性にぶち殺したくなるときがある』

 

 あんな感情的な言葉を彼の口から聞くことになるなど、想像もしなかった。


「これ、アリスだけが貧乏くじじゃないか。・・・僕らには、なにができるんだろう?」


 バルドルはどうすればいいいかわからず、思わずシヴに尋ねる。

 今回、ヘルブリンディの領地の結界は破れ、ヘルブリンディは死んだ。どちらもアリスがエトヴァスを連れてきたからだ。そしてそれができないかと模索し、アリスをうまく動かしたのはシヴだ。

 それにもかかわらず、エトヴァスに逆らったからとアリスだけが罰を受けるのは、あまりに理不尽だろう。

 シヴは眉を寄せその水色の瞳を閉じた。


「どうもできないわよ。フレイヤにも連絡しておいたけど、数週間は手紙を出さないことね。あの男の不愉快を逆なでするわけにもいかないから。今はきっと、アリスに接触する魔族は誰でもむかつくはずよ」

「だがそれではあまりに・・・」

「次にあの子から手紙が来た時に送る甘いものでも見繕うのね」


 今はそれしか出来ないとシヴはその黄金の眉を寄せる。


「甘いもの?ケーキか!おっしゃ!でっかくて美味しそうなのをがんばる!!」


 トールが気合いを入れて腕を振り上げる。

 詳しいことはわかっていないが、なんとなく今回の一件がアリスのおかげで解決したと言うことはわかっているようだ。ただそんなに簡単なことではない。


「あんた馬鹿じゃないの?でっかくてどうすんのよ」


 シヴが腰に手を当てて自分の夫でもあるトールに冷たく言い捨てる。


「でっけぇ方が良いだろ!」

「あんな小さい子がいっぺんにたくさん食べれるわけないでしょ。小さくて日持ちするものにしなさい」


 バルドルはシヴに感心する。

そう言えばシヴが金平糖を贈ってくれたと、アリスからバルドルへの手紙にも書かれていた。そういう細かいところに気づけるのが年齢を重ねているが故なのだろうし、女性だからだろう。

 シヴはトールとのやりとりにため息をついてから、その水色の瞳をバルドルに向ける。


「バルドル、貴方、アリスの魔術見たんでしょ?どうだったの?」

「・・・素晴らしかったよ。ただ、まだどれも底が見えない」


 バルドルは何日間かアリスの魔術訓練の相手になったが、上位の魔族のなかでも有数のエトヴァスと同等とも言える魔力を有し、魔力探知、魔力制御どちらにも優れている。そしてまだ底は見えない。

 あの子はまだ十歳、思春期前の子供で、魔力もここからまだまだ伸び続ける。


「なのに、あの子は自分の底を知っているようだった」


 かなりのものになるのはわかる。だが、バルドルから見ると、アリスの実力はまだ不確定だ。なのに、アリスはいつでもエトヴァスには勝てないと言う。そしてそれが根拠がなさそうに聞こえないのだ。

 

「・・・魔力探知が優れすぎているのね。それがあの聞き分けの良さにつながっているわけだわ」


 アリスは十歳の子供の割に非常に聞き分けが良いし、エトヴァスにあまり逆らわない。

 バルドルが思うにエトヴァスは手の内を見せない男だ。シヴも同じ意見だろう。トールは本能でそう感じている。だから将軍たちの全員が、極力エトヴァスとのもめ事は避けたい。それは彼が強いと知っていると同時に、彼の底が見えないからだ。

 エトヴァスは賢く、魔族のなかでも一番慎重で、見せている魔力も嘘ではないかとバルドルは疑っていた。


「アリスは恐らく、自分にも魔力探知がかけられるタイプなんでしょうね」


 シヴはその長いまつげを伏せる。

 魔力探知には二種類ある。目と感覚。アリスはそのどちらも持っている。そしてそれを他者だけでなく自分にも使うことができるのだ。恐らくアリスは常に自分とエトヴァスをその徐々に正確になる魔力探知で分析し続けている。

 そしてアリスは自分の寿命や閾値とエトヴァスの深淵を比べているのかも知れない。だから基本的にどうしてもつらいことでなければすべて飲み込む。


「でもそのアリスを思い通りにならないと、不愉快でぶち殺したくなるって言ってたよ」


 バルドルが思うに、エトヴァスはアリスが聞き分けが良いんだなどと、欠片も思っていないだろう。出なければあんな発言は出てこない。ただシヴは目をむいた。


「はぁ?何言ってんの、あの男。人間はおろか魔族とすら一緒に生きたことがないからそんなこと言えんのよ。こっちはトールなんていつでも殺したいと思ってるわ」

「俺ぇ?!」


 シヴが冷たく言い捨て、トールはとばっちりに振り向く。だがシヴはもう半ばあきれたように脱力し、頭を抱えていた。

 

「あの子がどんだけ聞き分けがいいか」


 シヴにはトールとの間も含めて、子供がいる。自分の子供に比べたら、アリスなどかわいいものなのだろう。バルドルには子供はいないが、それでもアリスが大人しいことは見ていたらわかる。指示も守る、聞き分けの良い子だ。

 注意せねばならない部分はあるが、たいしたことはない。今回のことも、少し厳重な注意レベルで終わることだが、エトヴァスの怒りっぷりをみれば、間違いなく注意では終わらないだろう。

 シヴは足下を見て、ふぅっと息を吐く。


「まぁでも、若いって良いわねぇ。若いってだけで変われる気がするんだからさぁ」

「・・・あいつはもう千歳を越えてるんだが・・・」


 こんな年になって今更変われるのがいいことなのか、バルドルにはわからない。だが、シヴは胸を張り、鷹揚に笑う。


「あら、あんたらの倍生きてる私からすれば、あんたらみんなお子ちゃまよ?」


 こういう事柄は比較するものだ。バルドルやエトヴァスに比べると、シヴはその倍は生きている。彼女にとっては、自分たちもまだ若いのだろう。


「まったく」


 バルドルは小さく息を吐く。どれほど年を重ねても、現実とはままならないものだ。

 エトヴァスはアリスを閉じ込めるだろう。このまま二度と会うことはないのではないだろうか。閉じ込められたまま自分の母のように衰弱して死ぬのではないのだろうか。

 バルドルの頭のなかでは、いまも最悪の想定が回る。それがわかっていても、なにもできない。


「ひとつだけ言えることは、今は静かにして、あとでアリスに貢ぐことよ」


 今はそれしか出来ない、とシヴはあっさり言い切る。

 その思い切りの良さが純血の魔族らしいと思いながら、バルドルもそうしようと思った。たいしたことがないと、信じたかったから。


そしておおいにこれから「人間の妃」におどらされる人たち


中途半端なところでぶっ混んでしまったので、小話的なものをいれると、シヴはエトヴァスやバルドルなどよりも長生きなので、魔族の将軍や魔王に人間が関わると、周囲も巻き込まれて大変なことになることを彼らよりもずっとよく知っています。

ただシヴ自身も純血の魔族なので自分の保身しか考えていません笑


基本的に将軍たちのアリスに対する感情は

バルドル→文通もしてるし、ちょっとかわいい。人間だった自分の母親みたいにならないか心配

トール→おいしそうだし、なんかわからないけど、バルドルの母親みたいにならないか不安

シヴ→おいしそうだけど、大事にしないとビューレイストがこっちを巻き込んできそうなので、穏便にいてほしい

エトヴァス→美味しいから、長生きしてほしい。ただアリスを心も含めて思い通りにしたい

ロキ→なんかおもしろそうだし、おいしそうだし、兄の食糧だし、ほしい

です。

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