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明神男坂のぼりたい  作者: 大橋むつお01
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82〔迷ってるヒマもない〕

明神男坂のぼりたい


82〔迷ってるヒマもない〕 




 迷ってるヒマもなかった。


 なにがって、AKR47のこと。


 とにかく目の前の競争には負けたくない。その気持ちだけでオーディションを受けてきた。2800人が応募して、100人だけが書類選考に残って28倍の競争に残ったことになる。さらに100人のオーディション合格者から選ばれるのは20人だけ。それに合格したのは140倍の合格率に残ったいうことで、数で言うと、1780人の子を蹴倒して抜かしたことになる。


 大学の入試で、ここまで高い倍率はない。クラスの子たちが騒いでる進学レベルの話とは次元が違う。かろうじて麻友が言ってるアナウンサーの倍率がこれに近いけど、それは、これから大学に入って三年ぐらいになったときの問題で、まだ夢物語と言っていい話。


 だけど心は正直揺れた。研究生になれただけでアイドルになれると決まったものじゃない。これから厳しいレッスンと競争が待っている。


 AKR47は年に二回研究生をとる。合計40人。その中で、将来選抜メンバーに入れるのは二三人。そこから漏れたら、ただのコーラスライン。正直ビビる。


 美枝、ゆかり、麻友なんかには相談しようかと思ったけど、半分自慢になりそうなので、言えない。で、ホントのホントは関根先輩に話したかった。相談じゃない。傍に寄り添っていてほしかったけど、これは、さらに実行不可能。


 で、じっくり考えて迷う暇も無く、合格発表の48時間後には入所式。


 いつになく口数の少ないあたしに、美枝たちはなにか言いたげだったけど、放課後、御茶ノ水まで歩いて電車に乗った。アキバで降りるのには早すぎて山手線に乗り換えて一周してしまう。


 6時から入所式。母親同伴いう子がほとんど。一人で来ているのはあたしぐらいのもの。ちょっと気持ちが軽くなった。


 ところが、合格者の席に座ってる子が22人いた。募集は20人だよ、なんで?


「オーディション合格おめでとう。祝福の言葉は、これだけです。ここから君たちの競争が始まります。だから、言うべき言葉の99%は『がんばれ』です。気が付いた人がいるかもしれないけど、ここには22人の合格者が居ます。そう、定員より二人多い数です。この意味は二つ。一つは、今回の受験者の水準が高く20人に絞り込めなかったということ。もう一つは研究生の平均一割が正規のメンバーになるまでに脱落していきます。その分を見込んだこともあります。AKR47そのものが、他の姉妹グループとの競争の中にあります。力のないものは、個人であれ、グループであれ、没落していくのが、この世界の常識です。学校ではないことを肝に銘じてください。学校では努力を評価しますが、この世界では努力は当たり前。大事なものは結果です。早ければ三か月。遅くとも半年で結果を出してください。一年たって結果が出ない人は先が無いと思ってください。以上。あとは研究生担当の市川が事務的な説明をおこないます」


 みんなの顔が引き締まった。さすがに勝ち残った子たちなので心細そうな子は一人もいない。

 

 レッスンは、月二回の休み以外、平日は2時間、休日は6時間。レッスン用の衣装は無し。と言って裸と言うわけではない。各自がレッスンに相応しいナリをしてくること、で、そのナリも評価のうちになるということ。レッスン料や所属費はとらないが、毎月あたしたちには一人当たり二十万円近いお金がかかっているらしい。


 そして、最後に合格書と保護者の承諾書が配られた。たったA4二枚だけど、めちゃくちゃ重かった。そして、良くも悪くも、あたしの人生を左右する運命の書類だった……。

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